第5話 短い勝負

 店に着くなり、先に二人分のカクテルを注文したのはなゆの方だった。


「ここの苺のカクテルめちゃくちゃ可愛くて美味しいんです」


  出てきた苺のカクテルは本当に可愛くて味も美味しかった。細いグラスに凍らせた苺がたっぷりと入ったソーダカクテル。甘くていい香りがする。


「本当だ、美味しい」


「でしょう? ね、美優さんこっち見て」


 なゆは既にスマホを構えていた。小首を傾げて、手にはカクテルを持っている。


「写りどうです?」


 なゆの良い所はSNSに美優の写真を載せる時、必ず確認を取ってくれる所だ。しかも、写真うつりもちゃんと気にしてくれる。

 こちらが半目になっていようが、ブレていようが、自分の写りさえ良ければ載せるような女の子も少なからずいるというのに。


「いいじゃん、私のでも撮ろう」


 カメラを持ってない方が盛れる、それは常識だった。これまでは敢えて進んで撮ろうとはしなかったが、今夜は、なゆの写真も撮ってあげたいと思った。


 元々、美優は絆されやすい性格だった。


なゆはすぐに嬉しそうな顔で画面に入った。さっきまでの作られた表情ではなく、本当に嬉しそうに笑っている。


「それじゃ、早速載せますね 」


 カタカタっと素早く何かを打ち込むと、なゆはさっとスマホを鞄に仕舞った。普段口数は少ない方なのに、ハッシュタグでは饒舌になる。以前そのことを揶揄ったら、「これも仕事ですから」と冷たく言い返されたこともあった。


「これ……結構強いお酒だね」


 甘くて口当たりも良く、ついつい飲み進めてしまうが、鼻に抜けるアルコールがカッ熱くて頭がクラクラする。見た目に惑わされると痛い目見そうだった。


「そうですか? 美優さん、かなりお酒はお強い方だと思ってたんですけど……。あまり無理はしないでくださいね。すみません、この苺のカクテルもう一杯お願いします」


 なゆは心配そうな表情を浮かべながらも、挑発するようにそのすらっとした細い腕を小さく上げた。


 先程のはつらつとした若い店員がにこやかに注文を受ける。


「平気、私も彼女と同じものを」


 彼女はそんなつもりないのかもしれない。だが、どこかカチンとくる物言いに乗せられ、思わず同じように注文してしまった。これでは完全に相手のペースになってしまっている。


 なゆは二杯目のカクテルをくるくると混ぜている。その仕草は気品があって、Night Lilyでなゆを指名する客の気持ちがよく分かる。ずっと見ていても飽きない。


「……どうしました?」


「別に、綺麗な顔してるなーと思って。いくら掛けたの?」


 なゆの目が一瞬戸惑ったように揺れた。しまった、そう思った時にはもう遅い


「何もしてません、病院全般が怖いので」


「なんか……ごめん。クソ客みたいなこと聞いちゃった」


 思わず口を吐いて出てしまったデリカシーの無い言葉に、みゆは自己嫌悪に陥った。酔っているとはいえ無遠慮にもほどがある。


「いいですよ、別に。綺麗だって言ってもらえて嬉しいです」


 なゆはにこやかにフォローしてくれたが、きっと内心は良い気分では無いだろう。


「本当にごめん。ついつい、当たっちゃう。だって美人で性格も良いなんて……あんたなんか弱みとかないの?」


 思わずポロッと出てしまった本音に、美優は頭を抱えた。酔っ払っているのは完全に自分の方だった。


(これで何杯目だっけ……いつもこんなに酔わないのに )


「……あれ?」


 なゆの手元に、また新しいカクテルが見えた。彼女は頬をほんのり赤く染めているだけでニコニコしている。


「そういえば、なゆって、何県出身って言ってたっけ……?」 


 ほとんど回らない頭でふと思い出したことがあった。嫌な予感がする。


「高知です」


 艶やかな髪を耳に掛けながら、串に刺さった大きな苺を一口で頬張った。口元の汚れを赤い小さな舌でぺろっと舐め取る。まだまだ余裕そうだった。


(……ああ、道理で)


 そういえば、以前店長から聞いたことがあった。


 この勝負、どうやら最初からなゆの勝ちは決まっていたようだった。僅か数十分と持たなかったが、美優はとうとう作戦を放棄することに決めた。

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