第4話 帰りたい
ーーどうしてこんなことになってしまったのだろうか。
自宅とは反対方向に向かうタクシーの冷たい窓ガラスに頭を押し付けながら、流れる街並みを恨めしげに眺めていた。
チラッと隣の彼女の様子を伺う。上機嫌でスマホを一心に操作している。暗闇にぼんやりと照らされる横顔は憎らしいほど綺麗だった。
「……彼氏?」
だったら、彼氏の為に早く帰ろう。そう言うつもりだった。
「えっ、違いますよ。インスタに載せてたんです。今日テーブルで美優さんと撮った写真と、これから二人でご飯だって。ほら、見てください。ジュンさんが早速コメントしてくれたんです。"ツーショット、待ってます"って」
「……あぁ、そう」
これはもう絶対に逃げられないパターンだ。美優は隠すことなく、むしろ察してくれと言わんばかりに盛大な溜息を吐いた。
「お店に着いたら早速撮りましょうね。嬉しいな、お店以外で二人で過ごすの初めてですよね」
本来ならば、こんな言葉を言ってもらえたらすごく嬉しいのかもしれない。もちろんお世辞だとわかっている。さすが店長が認めるほどレベルの高い接客スキルを持っているだけある。
「この美優さん、めちゃくちゃ可愛いですね」
なゆはいつの間に撮ったのか、自身の写真フォルダをご機嫌に見せてくる。写真のほとんどが美優の写真だった。
「……あ、その写真」
それはジュンさんが下ろしてくれたシャンパンをなゆと二人で持っている写真だった。
「これもいい写真ですよね……あ、これも見てください」
なゆの細い指が忙しなく画面をなぞる。爪の先まで完璧に綺麗。彼女に何か欠点はないのだろうか、何か弱点とか。
ふと、街頭ビジョンに映画の予告映像が映った。確か、ある大学生のグループが酒を飲みながら、これまで黙っていた秘密を打ち明ける。酒に酔っているため饒舌になって思わぬ罪まで告白してしまう……。そんな話だったと思う。
「……それだ!」
「やっぱりそう思います? じゃあ、これにしようかな……」
「ごめん、なんの話だっけ?」
「私の新しいアイコンの話です……。ちゃんと話を聞いてくれてないってわかってましたけど」
なゆは拗ねたように口を尖らせると、再びスマホへと視線を落とした。
「ごめん、ごめん……もうすぐお店着く頃かなって思って。急にすごく楽しみになってきちゃった」
「えっ、本当ですか? 私なんてずっと楽しみですよ」
そうこう話をしている内に、本当に店の前に着いてしまった。店長がこっそりと握らせてくれたお金からタクシー代を払う。
すでにこの時、美優の頭の中にはある作戦のことしか無かった。
そう、名付けて"なゆを酔わせて弱点を探るの会"だ。
美優はNight Lilyの中でも酒が強い方だった。元々酒好きというのもあるが、遺伝のおかげでもあるかもしれない。今日みたいな夜は、正直まだ飲み足りないくらいだった。
なゆの方は正直言ってどれほど酒に強いのかまだ未知数だった。これまで他のキャストの女の子のように泥酔したり、トイレを占領するような大惨事になっている所は見た事がない。
口ではいつも弱い方だと言っている。だが、それを鵜呑みにはしない。強いと豪語するより、弱い振りをしてる方が有利だということは誰でも知っている。
(絶対に何かしらの秘密があるはず……)
秘密を知ったとして、暴露サイトなどに投稿しようと思っている訳ではない。
ただ、安心したい。完璧な彼女にも何か問題があると知れば、美優自身が少しは救われるはず……。と、勝手にそう思っていた。
そして、あわよくばそれを理由に百合営業の解消を解消したい。
まずはプロフィール欄の変更からだろうか。美優の好きなタイプは"仕事の出来る人、お金持ちな人、優しい人"の基本的三拍子から、"芯のある人"に変更させれた。店長曰く、なゆのイメージだそうだ。休日の過ごし方についてはノーコメントを貫いていたのに、"基本的になゆと遊んでる"に変更された。そのおかげで客に休日誘われることも少なくなったというメリットもあるが、なんだか解せない。
なゆの方は憧れの人に"美優さん"と書いてある。これはこのままでも別に構わない。悪い気はしないし、確か店長の指示でもなかった。
(それから、いちいちフルーツやお菓子を食べさせ合うのもやめる。あとは……)
俄然、やる気が出てくる。チラッとなゆの顔色を伺う。これからどうなるのかも知らず、彼女はご機嫌な表情で美優に微笑みかけた。
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