第3話 喧嘩するほど仲が良い?

「何の話……だっけ?」


 美優は必死に思い出そうとするが、何の話だか検討もつかなかった。


「ヤンニョムチキンのことです」


「ああ……」


 そういえばさっきのテーブルで話していた。あんなの社交辞令中の社交辞令だと思っていた。


 なゆはそんな美優の様子を見てうんざりした様にため息を吐いた。


「ジュンさんとのことだけじゃありません。ご飯一緒に食べてるなんて嘘ばっかりじゃないですか。この前の薬膳鍋だって、私一人でグラスを二つ並べて撮ったんですよ」


(てっきり彼氏でも連れて行ったのかと思ってた。……いや、彼氏いるかなんて知らないけど、興味もないけど!)


「ごめんごめん……でも嘘は言ってないじゃない。さっきも一緒に裏でおにぎり食べたでしょ?」


 嘘つき呼ばわりされるのは心外だった。ギリギリ嘘ではないレベルで"百合営業"に加担しているのだから。


「あれは差し入れで貰ったもので、キャスト全員で頂いていましたよね」


 なゆはピシャリと言い返した。ハキハキとこちらの目を見て正論をぶつけてくる。ただでさえなゆの方が身長が高いのに、今はヒールも履いて完全に見下ろされている。


(……気迫で負けたらだめなやつだ)


 美優は腕を組んで、真っ直ぐになゆと視線を合わせる。揺るぎない真剣な眼差しが少し怖いけど、逸らしたら負けだ。さっさとヒールを脱いでスニーカーに履き替えた自分を少し恨んだ。


「でも、一緒にいれば十分だと思う」


 百合営業について、美優のスタンスは一貫していた。同じ空気を吸ってればそれで良しとする。


「私は週7、21食を共にするべきだと思います」


(コイツ、冷めた目してるくせにとんでもない提案をしてくる……)


「……本当、真面目だよね」


 彼女の仕事に対する姿勢に辟易しながらも感心した。"百合営業"に真摯に取り組んでいる。


「そもそも……さっきのおにぎりは食事ではなく"おやつ"でした」


 感情の起伏が顔に出ないタイプのなゆが久しぶりに眉を顰めて苦言を呈した。だが、それは到底相容れないものだった。


「呆れたよ。価値観の相違ね、もう別れましょう」


「あ、店長」


 なゆの表情がふっと和らいだ。ようやく味方を見つけたとばかりに駆け寄って行く。


「どうしたの、二人とも」


 美優は小さく舌打ちをした。店長が間に入ると確実に"負け"が決まっている。だが、挑んでみないと分からない。


「店長、あのクソダサい挨拶もうやめたい」


「えっ、可愛いよ? アイドルみたいで」


 何の迷いもなく言い切られてしまうと、もう何も言えなくなってしまう。


「……なゆだって本当は嫌でしょ、そんなキャラじゃないくせに。いつも死んだような目で挨拶してるの知ってるんだから」


「美優さんはアイドル顔なのでいつも可愛いなと思って見てます。挨拶もプロみたい。私は別に平気です。これも仕事ですから」


「ほら、なゆちゃんもこう言ってくれてるよ?」


 まるで聞き分けのない子どもを説得するように、店長は優しく声を掛けた。


(……むかつく)


「店長、美優さんがすぐに別れを切り出すんです」


 美優が黙っているのを良いことに、なゆはすぐに店長に言い付けた。いつもと同じパターンだ。


「また? そうだ、カップルセラピーする?」


「"営業"はちゃんとしてるからいいでしょ」


 こうなると黙って従うしかない。どうせ、『喧嘩するほど仲が良いからね』で片付けられると分かっている。前回のカップルセラピーとやらで出た結論だ。差し入れで貰ったドーナツを食べながら、適当に話しただけの本当に無駄な時間だった。


「そうだ、二人で飲みに行ってみたら? 完全にプライベートでさ。仲を深めてみてよ」


「さっきも同じテーブルで同じボトルから飲んだんだから一緒じゃない」


 同じ釜の飯を……という理論を本気で信じている訳ではないが、一応言ってみる。二人はまるで聞いていない。


「私、始発まで営業してる個室の居酒屋さん知ってます」


「あ、いいねぇ。そこ俺も知ってるよ」


 なゆはスマホで検索した店を美優にも見せた。申し訳ないけれど、きっと一緒に行く機会はないだろう。画面はほとんど見ずに突っ返す。


「本当にいいお店。それじゃあ、また近いうちにね」


 心にもない答えだったが、そうでも言わないと引き下がらないだろうとわかっていた。


「何言ってるの、美優ちゃん。このまま行くに決まってるしょう」


「美優さん、この後大丈夫なんですか?」


「えっと……」


「大丈夫、さっき"明日はオフだから帰ったら死ぬほど寝る"って言ってたから。少しくらいいいでしょ、一時間、二時間でも行ってきなさい。そうは言っても二人ともお酒はほどほどにね」


 店長はサクサクと話を進めると、美優の手にぎゅっと"特別手当"を握らせた。


「ちょっと待って……!なゆだって忙しんじゃないの?」


 美優は助けを求めるようになゆの方を見た。


「私は美優さんと過ごしたいです」


 なゆは嬉しそうな顔でにっこりと微笑んだ。


「ほら、これが模範解答。美優ちゃんも見習いなさい。じゃあ、二人とも仲良くね〜」


 店長はそう言い残すと、満足そうに足取り軽く帰って行った。

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