第2話 決まり事には従順に
「美優さん、次回のドレスどうします? 」
なゆは毎回律儀にドレスの色について相談してくれる。これは店長がアイドルみたいに色味を揃えて欲しいと言うからだ。
面倒極まりない決まりだと思っていたが、一つだけ利点がある。
Night Lilyは基本的に黒のドレスを禁止している。全員が黒のドレスを着ていたら葬式みたいだからというのだ。その意見は尤もだとは思うのだが、黒が一番綺麗に見える気がする。と、美優は思っていた。
なゆと衣装を相談して揃える代わりに黒のドレスの着用を許可して欲しいと言うと、あっさりと許可された。毎回はダメだよ、と釘を刺されたけど。
「……別に、そっちの好きにして」
最初のうちは仕方ないと思って百合営業に付き合って来たが、正直面倒に思っていた。少し素っ気無い返事だと思われるかもしれないが、この営業スタイルにノリノリで参加していると思われたくない。
『美優ちゃん、百合営業って知ってる? 』
なゆがNight Lilyに入ってすぐの頃だった。突然呼び出され戦々恐々としていると、店長は屈託のない笑顔を浮かべてそう訊ねた。
店長は見た目はいかつい強面の男性だが、物腰は驚くほど柔らかい。仕草も上品で、噂によると売れっ子ホストの彼氏がいるらしい。
『知ってますよー、最近アイドルの子にも多いですよね』
『可愛い女の子が二人できゃっきゃっうふうふしてるのって癒しだものねぇ、どう?』
『どうって……何がです?』
嫌な予感がした、直感的に。
『なゆちゃんと、百合営業してみない?』
『なゆちゃんって、あの新人の子ですよね? 他を当たってください。それにあの子だって一人の方が稼げるのでは?』
『あの子、美優ちゃんに憧れてNight Lilyに入ったの。仲良くなれると思う』
『まだ一言も話したことないんですけど……』
その頃、彼女とは挨拶程度しか会話をしたことがなかった。美優自身が他の女の子たちとも仲良く話すようなタイプではなかったからだ。
それはなゆも同じで、女の子とは挨拶程度で最初から馴れ合う素振りも見せていなかった。
お世辞だとしても、"憧れ"と言われて悪い気はしなかった。こちらの微妙な心の揺れに気付いたのか、店長は究極の切り札を出した。
『大きな声では言えないけど……試験期間中は特別手当出してあげる』
これが悪魔の囁きだった。
『少しの間だけなら……』
今思えば、そんなうまい話ある訳ないとすぐに気付くことができるのに。
特別手当とは名ばかりで、なゆと二人で食事に行く場合(SNS用)の食事代のことだった。普段キャストの女の子に食事を奢るのと何も変わらない。
売上が減ることもないのだからいいじゃない、と店長は言う。むしろNight Lilyとしては前より増えているかもしれない。だが、問題はそこではない。
「じゃあ、黒で揃えますか。美優さん聞いてます?」
周囲が明るい髪色で同じようにふんわりと巻き髪をしてる中、彼女だけは黒髪ストレート。艶やかでうねりひとつないその髪は丁寧に手入れされている証だ。それに加えて気の強そうな瞳に、薄い唇。
一見するとキツそうに見られがちなザ・強い女。自分の意見をはっきり言うタイプに見えるのに、なぜか店長の言いなりになっている。そのギャップのおかげで店長も彼女のことを可愛がっている。
「了解、聞いてたよ。じゃあね、おつかれさま」
話を早々に切り上げて、帰り支度をする。なゆに何か嫌なことをされた訳ではない。
ただ、彼女が来たせいで不動のナンバーワンが揺らいだだけ。
なゆがもっと性格が悪かったらこんな気持ちにはならなかった、と思う。
そういう女なら小手先で上に行けてもすぐに落ちることになると知っているから。
一緒にいると嫌でも彼女の実力を認めざるを得ない。一度ナンバーを抜かれて以来、月末毎に胃がキリキリと痛む。
「あ、美優さん待ってください」
なゆが珍しく慌てた声で引き止めた。まだ他に決めることでもあっただろうか、と露骨に呆れたように振り返ると、思っていたよりも思い詰めたような表情を浮かべるなゆに、美優は少し心配になった。
「どうかしたの?」
「あの……いつにしましょう?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます