第一章:来栖の剣姫/04

 そんなこんなで風呂から出て、暫くした後。二人は家の居間で夕飯を摂っていた。

 ほかほかの白米に鮭の塩焼きやら山菜料理やら、シンプルながら全て咲弥の手料理だ。どうやら料理が趣味のひとつらしく、自分ひとり分だけでもよく作っているらしい。

 だからか、味はかなりのものだ。凛はこれでも武家の端くれ、一応は美食の類をそれなりに食べてきたつもりだが……彼女の手料理はそれに負けず劣らずのもの。変な話、料理屋を開いてもやっていけるんじゃないかと思うぐらいに美味しい。

「どうでしょう凛、お口に合えばよいのですが……」

「凄く……凄く、美味しい。料理上手なんですね、咲弥さんって」

「そうですか? ふふっ……なら良かったです♪」

 居間にある背の低い食卓で向かい合いながら、箸を動かし料理に舌鼓を打つ凛と、そんな彼の美味しそうな様子に満足げな咲弥。

 と、そんな風に笑顔で咲弥の手料理を美味しく食べている最中のことだった。

「あれ……?」

 凛が動かしていた箸が、ふとした時に止まってしまい。どうしてだろうと思っていると……気付けば凛は、知らず知らずの内に涙を流してしまう。

「おかしいな、僕なんで泣いて……?」

 どうして涙が出てくるのか、本当に分からなかった。

 悲しいだとか、辛いだとか、そんな気持ちは一切ないはずなのに。それなのに……突然出てきた涙が溢れて止まらない。箸も動かせないまま、とめどなく流れ落ちる自分の涙に……凛はただ、戸惑ってしまう。

 そんな彼に、咲弥はそっと微笑みかけて。

「今まで張りつめていた心が、やっとほどけてきた証拠です。涙が出てきてしまうのも、正常なこと。ですから……我慢なんて、しなくていいんですよ?」

 と、戸惑う凛に……まるで幼子を諭すように咲弥は言う。

 それに凛は「でも……っ」と声を震わせながら何かを言おうとしたが。しかしその前に咲弥は箸を置くと、凛のすぐ傍まで近づいて……そっと彼を抱き締める。

「凛、今は泣いていいんです。ご両親を、妹さんを目の前で奪われて……辛くないはずが、悲しくないはずがありませんから」

「あ…………」

 ――――今は、泣いていい。

 その咲弥の言葉が、凛の心を押さえつけていた最後の枷をそっと取り払ってくれて。すると凛は――――。

「……っ、うわぁぁぁぁ……っ!」

 緊張の糸が解けるように、胸の奥底に押さえつけていた強い悲しみが、感情が溢れ出てきて……咲弥に抱き締められながら、その胸に顔をうずめながら、凛は赤子のように泣き叫んでしまう。

 そんな凛を、咲弥は強く抱き締めながら……彼の奥底から溢れ出てくる悲しみを、その涙を一身に受け止めながら。赤子にそうするように、そっと彼の頭を撫でて……そうして咲弥は、優しく凛に囁きかけた。

「…………よく、頑張りましたね」





(第一章『来栖の剣姫』了)

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