第一章:来栖の剣姫/03

 ――――それから、少しした後。

「……どうして、こんなことに」

 来栖大社にある邸宅の風呂場、そこで凛はガチガチに固まりながら……思わずそんな独り言を漏らしていた。

 と、いうのも――――。

「ふふっ……♪」

 ……何故か彼の後ろには、咲弥が居るのだ。

 風呂場だから当たり前といえば当たり前だが、凛も咲弥も当然何も身に着けておらず。まあ……要は彼女も一緒に入る、ということだ。

 こうなってしまった原因は至極簡単なもので、いざ風呂が沸けた後、咲弥が一緒に入ろうと言い出したのだ。

 当然、凛もそれは流石にマズいと断ったのだが……しかし「病み上がりなんですから、無理しないでください」と言う彼女の、有無を言わさぬ勢いに押し負けてしまい……なし崩し的にこうなってしまった。

 当然ながら、凛は緊張しているなんてレベルじゃない。石のようにガッチガチに固まったまま、一歩も動けない始末だ。そんな緊張した様子の凛を見て、咲弥はふふっと小さく笑い。

「緊張するのも無理ありません、だって男の子ですものね……♪」

 と、何をどんな方向に勘違いしたのか……いやあながち勘違いでもないのだが、とにかくそんなことを楽しそうに言う。

「でも、今は甘えてください。まだ病み上がりなんですから」

「……だからって、咲弥さん……これは流石に……」

「いいから、今は私に任せてください」

 やはり有無を言わさぬ調子で咲弥は言うと、手早く凛の身体を洗い始めた。

「子供の頃、弟が欲しいなと思っていたことがあるんです。ですから……少しだけ、夢が叶った気分ですね♪」

 なんてことを言いながら石鹸を泡立てて、手拭いを使ってごしごしと、眠っている時では拭い切れなかった汚れを咲弥は手早く、丁寧に洗い落としていく。

 そうしてサッと身体を洗い終えれば、風呂桶に満たしたお湯でサッと泡を流して……すると咲弥はフラつく凛の身体を支えながら、そのまま一緒に湯船に浸かった。

「傷はもう塞がっていますから、大丈夫だとは思いますが……凛、お湯が沁みて痛くはありませんか?」

「あ、はい……その、大丈夫です」

 すぐ後ろから聞こえてくる問いかけに、凛はしどろもどろになりながらコクリと頷き返す。

「温かくて、気持ちいいですね……ホッとします」

 ふぅ、と小さく息をつく咲弥がひとりごちる中、同じ湯船に浸かる凛の顔が真っ赤になっているのは……何も、もうのぼせているからではない。

 なにせ凛は……ちょうど、咲弥に後ろから抱き抱えられる形で湯船に浸かっているのだ。

 温かいお湯が疲れ切った身体に沁み渡って、ホッとしてリラックス出来るには出来ているのだが……それ以上に凛を悩ませているのが、背中に感じるふにふにとした感触だ。

 大変大きくて柔らかい、その感触の正体は……咲弥に背中から抱き抱えられている今、敢えて語るのも野暮というもの。

 ただでさえとんでもない状況だというのに、ましてこんな破壊力抜群なものまで背中に押し付けられているものだから、凛がどうにも落ち着かないのも、のぼせたみたく顔を真っ赤にしているのも、当たり前のことだった。

「…………凛」

 だが咲弥はそんな彼の反応をよそに、そっと凛の名を呟くと……そのまま、後ろからぎゅっと強く彼の身体を包み込む。

「本当に、お辛い目に遭われていたのですね……」

 そうすれば耳元で聞こえてくるのは、咲弥のそんな……まるで自分のことのように悲しむ声で。強く胸を痛める彼女の言葉に、凛は彼女に抱き締められたまま……返す言葉を、見つけられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る