第一章:来栖の剣姫/02

 そうして家に戻れば、凛は例の客間で彼女と向かい合っていた。

 布団に座らされた凛は、どこか戸惑いを隠せない様子で。巫女はそんな彼の傍らに正座しながら、静かに彼を見つめていた。

「ひとまず、目が覚められて安心しました。お医者様は生命に別状はない、と仰っていましたが……こうして気が付かれて、私もホッと一安心です」

「あれから……僕はどうなって? それに、貴女は一体……」

 彼女に凛が返す言葉といえば、やはりどこか混乱した風な問いかけだ。

 すると巫女は「まずは、少し落ち着いてください」と諭し、ひとつずつ説明をしてくれる。

「まず、最初に自己紹介からですね。私は来栖くるす咲弥さくやと申します。この来栖大社で、見ての通りの剣姫つるぎひめをやらせて頂いています」

 と、最初に彼女はそんな自己紹介から始めた。

 ――――来栖くるす咲弥さくや

 あの時は必死だったから分からなかったが、改めて見ると……本当に、美しい巫女だ。

 背丈は一七八センチと、凛よりも大分高く……女性としても高身長の部類に入るだろう。ぱっちりとした瞳は満月のような金色で、腰まで伸びた長い髪は、海のように綺麗で艶やかな青い髪。前髪は右側が長く、左側が上げ気味の左右非対称……アシンメトリー調に整えている。

 肌は白磁のように真っ白く透き通っていて、慈悲に満ちた顔つきはどこか大人びた風ながら……内側に力強い意志も感じさせる、不思議な魅力に満ちたものだ。

 体つきの方もかなり起伏に富んでいて、具体的な数値にすると……上から九三・五八・八六とかなりのもの。白い肌に艶やかな青髪、そして身に纏う紅白の巫女装束のコントラストは美しく……スラリとした高身長も相まって、彼女はまるでよく出来た人形のような、そんな浮世離れした美しさの持ち主だった。

 凛はそんな咲弥の美貌を間近に見て、思わず見とれていたが……しかしそれよりも、気になることがひとつ。

剣姫つるぎひめ……?」

 彼女の口にした、その言葉。それが凛はどうにも引っ掛かって……思わずそう、彼女に訊き返していた。

 すると咲弥は「はい」と小さく頷き、その剣姫とやらについて話してくれる。

剣姫つるぎひめ。それは魔を打ち払う特別な力……霊力れいりょくを持つ巫女のことです」

 ――――剣姫つるぎひめ

 咲弥の言葉を聞いて、やっと凛は思い出していた。前に何度か耳にしたことがある……尋常ならざる闇の存在、あやかしといった異形を不思議な力で打ち払い、人々を守る巫女の話を。

 それが、彼女の言う剣姫なのだ。通りで引っ掛かっていたはずだ……剣姫のことは半ば常識に近いものだから、引っ掛かって当然だ。

「……貴方が倒れたあの夜から、既に三日が経っています」

 と、凛がひとまず自分のことを理解したと見て、咲弥は改めて事情を説明してくれる。

「三日の間、貴方はずっと眠り続けていました。さっきも申し上げましたが……お医者様に見て頂いたところ、怪我は軽く、生命に別状はないそうです。眠り続けていたのも、極度の緊張状態が続いたが故の……一種の過労が原因だそうです」

「…………三日間も、僕は」

「あの夜、私は尋常ではない闇の気配を感じました。それを辿っていった先で……傀儡に追われている貴方を見つけたのです」

「傀儡……っていうのは、僕を追っていた……?」

「はい。傀儡くぐつ……死人の怨念を宿した土人形です。強い妖力ようりょく……光の力である霊力とは似て非なるもの、闇の力によって生み出される妖怪の一種です」

 と、凛を追っていたあの異形の鎧武者たち……傀儡について、簡単に説明してくれた。

「それで……貴方はどうして、傀儡に追われていたのですか?」

 そんな説明の後で、今度は咲弥の方から凛に質問を投げかけてくる。

 凛はそれに少しだけ言い淀んだ後……震える声でこう答えた。

「僕は……僕は、鷲尾凛といいます」

「凛、ですか……とても綺麗で、素敵なお名前ですね。それで……凛、どうして貴方は傀儡に?」

「…………詳しくは分からない。ある日突然、化け物を引き連れた銀髪の男が、僕の屋敷にやって来て。そして……僕の目の前で、父上と母上を……妹を、殺してしまった」

「……そんな」

 ――――目の前で、両親と妹が殺された。

 凛の口から出てきたそんな言葉を聞いた咲弥は絶句した様子で。しかし凛はそんな彼女をよそに、震える声で言葉を紡いでいく。

「僕は悔しくて……必死に戦ったけれど、勝てなくて。でも僕は何故か殺されずに、その銀髪の男に捕まって。そして……その男は暫くした後、何故だか僕を解き放った」

「自分で捕まえたのに、解放したのですか……?」

 戸惑った風に訊き返す咲弥に「はい」と凛は頷いて、

「解放された僕は……そのまま、銀髪の男が放った化け物に……咲弥さんが言う傀儡に追いかけられた。逃げ切れないようなら、僕を殺せと命じられた傀儡に追われながら……僕は逃げて、逃げて、必死に逃げて。もう駄目だと思った時に……咲弥さんが、来てくれたんです」

「……捕まえた相手を解放して、なのに傀儡に殺せと命じるだなんて……行動がちぐはぐすぎます。貴方を捕まえたその男というのは、一体……?」

 戸惑った様子の咲弥の問いかけに、凛は「分かりません」と言った後で。

「ただ、奴は自分のことを半妖はんようだと言っていました」

 と、震える声で呟いた。

「半妖……ですか」

「咲弥さんは、半妖の意味が分かるんですか?」

「……半妖というのは、文字通りの存在です。人と妖の間に生まれ落ちた、双方の血を分けた存在……とてつもない妖力を生まれながらに身に着けた、恐るべき存在……それが半妖です」

「…………」

「凛、その半妖の名は……?」

 恐る恐るといった風に問う咲弥に、凛は少しの間を置いた後。

「――――――カムイ。奴はそう名乗っていました」

 と、彼の両親と妹を手に掛けた男の、半妖を名乗る男の名を告げた。

「僕からお話しできるのは、これぐらいです」

「……そう、でしたか」

 半妖の名を告げた後、続けてそう言って話を区切る凛と、そんな彼に心から同情し……案じるように呟く咲弥。

 すると咲弥は少しの間そっと目を伏せて……そして閉じていた瞼を開けば。

「でも、もう大丈夫です」

 と言って、布団に座る彼の手をぎゅっと握り締めると。

「凛のことは、私が必ずお守りします。ですから……もう、心配は要りませんよ」

 顔を近づけて、笑顔を浮かべながら……彼女はそう、凛に告げていた。

「っ……!?」

 だが凛の方はそれどころではなく。こんな見目麗しい美女に、急に手を握られてしまったものだから……思わず頬を朱に染めていて。咲弥はそんな彼の初心うぶな反応を見て「ふふっ……♪」と微笑むと、

「ひとまず、今は休んでください。ゆっくり休んで、傷と疲れを癒して……これからのことは、その後で考えましょう」

 と、ゆっくりとした口調で、優しくそう彼に囁く。

 それに凛が「……ありがとう、ございます」と恐縮がちに礼を言えば、次に咲弥はこんなことを言い出した。

「では、少し早いですがお風呂にしましょう。汚れていた着物はお洗濯しましたし、眠られている間に身体も出来る範囲で拭っておきましたが……でも、やっぱりお風呂でさっぱりしたいですもんね?」

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