第一章:来栖の剣姫/01
第一章:来栖の剣姫
――――目覚めると、そこは見知らぬ場所だった。
鷲尾凛が重く閉じていた瞼を開いた時、まず最初に見たのは記憶にない天井。次に感じたのは重くのしかかる重力と、身体のあちこちから伝わるズキズキとした鈍い痛み。そして聞こえるのは……穏やかな、小鳥たちの囁き。
「ここは……一体。僕は……どうして……?」
そうして目を覚ますと、凛はゆっくりと起き上がり、まだ混乱したままの頭で辺りを見回してみる。
すると……どうやらここは、どこかの家の客間らしい。畳張りの部屋で、凛はそこに敷かれた布団に寝かされていたようだ。
「……誰かが、僕を介抱してくれた?」
そうして部屋を見渡した後で、凛は自分の身なりが記憶にあるものと違うことに気付いた。
というのも、誰かが凛を介抱した形跡があるのだ。
凛の華奢な身体、頭や腕といった怪我をした箇所には真新しい包帯が巻かれていて、格好も……記憶にある汚れた着物と袴ではなく、見慣れない寝間着に変わっている。
しかも元着ていた服は布団の隅に、差していた大小の刀と一緒に……綺麗に洗濯された状態で、畳んで置かれているのだ。
これは間違いなく、誰かが傷だらけの凛を保護し、介抱してくれた証だ。しかし……一体誰がこんなことを?
凛はどういうことだろうと思いつつ、ひとまず立ち上がる。頭が混乱しているせいか、未だに状況が呑み込めていないが……とりあえず、自分がどういう状況なのかを把握すべきだろう。
そう思いつつ、凛はふらふらとした覚束ない足取りで、寝かされていた客間を出る。
「誰が、僕を……?」
――――
ふらふらとした足取りで廊下を歩く彼は、一言で言えば美少年だった。
背丈は一六四センチと小柄な方で、顔立ちは少女と言っても通りそうなぐらいに整った中性的なもの。瞳の色はアメジストに似た綺麗な紫色で、長い藍色の髪は今でこそだらんと垂れさがっているが……普段は腰まで伸びた総髪に纏めている。西洋風の言い方をすれば、ポニーテールという奴だ。
……とにかく、鷲尾凛という少年はそんな中性的な容姿の、まさに美少年だった。
「ここは……」
そんな凛は覚束ない足取りのまま、あちこちを歩き回った。
分かっていたことだが、どうやらここは誰かの邸宅らしい。当たり前だが凛の知らない家で、来た覚えは一度もない。知り合いの家でないことは確かだ。
そんな邸宅の中をあちこち探し回ってみたのだが……肝心の家人の姿はどこにも見当たらない。話を聞こうにも、聞く相手が居ないのだ。
とにかく、誰かに話を聞かなければ。そう思いつつ、凛はひとまず家の外に出てみることにした。
「…………神社?」
そうして外に出てみると――――最初に目に飛び込んできたのは、真っ赤な鳥居だった。
次に目に入るのは砂利の敷かれた広い境内と、遠くに見える立派な本殿。境内のあちこちには立派な桜の木が生えていて、ちょうど時期なのか……綺麗な桜の花びらが、風に吹かれて小さく舞っている。
よく分からないが、ここはどこかの神社の境内の一角にある家のようだ。
でも、どうして神社なんかに保護されていたのか。そう思いながら、恐る恐る境内に踏み出した凛が目にしたのは――――。
「……あっ、目が覚めたんですね」
竹ぼうきを片手に、凛を見つめながら微笑む巫女。艶やかで美しい、長い青髪の――――あの上弦の月夜に出会った、不思議な巫女だった。
「あ……っ」
その巫女を見て、凛は何かを言おうとしたが……しかし言葉を紡ぐより前に足の力が抜けて、そのまま倒れそうになってしまう。
「危ないっ!」
倒れかけた凛を、バッと一足で距離を詰めてきた巫女がそっと支えてくれる。
「まだ病み上がりなんですから、無茶はいけません。ひとまずお家に戻りましょう。積もる話は……それからで」
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