けっきょく


 口に入れたサンドイッチを飲み込んで、ダルカがきいた。


「次の授業、どの教室だっけ?」


「次は選択科目じゃね? バラバラだろ」


 ダルカの隣に座っているケルヴァがウロコについたパンのかけらを払いながら言う。地面に落ちたかけらがアリに運ばれていった。


「えー、みんなで授業受けたかった!」


 カッコつけたようにオレンジジュースを飲んだウヴが、そう言ったダルカを鼻で笑い、


「サボる気しかないだろ」

「バレた?」

「その話のった」

「よしきた!」


 ピクニックテーブルの上空で力強く握手する。ウヴの横に座っているユーファが口を塞ぎながら笑った。もう片方の手にはダルカと同じ、購買のサンドイッチが握られている。


「また留年するよ? 平気なの?」


「あっ………」


 そう言われ、そろ〜っとダルカとの握手を解いた。


「あっ! お前!」


 叫ぶダルカ。


「これ以上の留年はマズいだろ!」


 同じく叫ぶウヴ。そっか、とダルカは素直に納得する。


「ウヴ留年してんだ。じゃあ、今…何歳だ?」


 あごに指を当てて考え込むケルヴァに、両手に板チョコを持ったイードゥが答えた。


「十四だよ」

「へー」


 特に興味は無かったらしく、適当な相槌を打った。イードゥの正面にいるネイドが吸っていたストローから口を離した。


「じゃあケルヴァが最年長?」

 ダルカが咳き込んだ。「大丈夫?」とユーファが聞いた。ケルヴァは続ける。


「そうなるな。つかお前それ何飲んでんの」

「え、炭酸いちごミルク」

「まずそう」

「マズいというか…妙な味だよ」

「ちょっと待って!」


 咳が落ち着いたダルカが立ち上がる。


「おー、どうした?」

「ケルヴァって歳上なんだ⁉︎」

「そうだけど…気にすることないぞ」

「あ、ならいいや」


 と、素直に座った。


「もしかしなくてもダルカってものすごく素直?」


 横に座っているユーファにネイドが囁く。その間にも、他の四人は騒いでいた。


「うん、すっごく素直」


 首を縦に振りながら、ささやき返す。その様子を見たケルヴァがふと、ほほ笑んだ。


「どうかした?」


 すぐにそれに気づいたネイドが首を傾げる。ケルヴァは「いや、」と一拍置いてから言った。


「よかったな、って」


 それを聞くとネイドは眉をひそめ、

「こういう時に限って、年上ぶり発揮されるの、ほんとむず痒い」

 とストローに噛みつく。ケルヴァは笑うだけだった。


「つーかさ、今何時?」


 話題が一段落したのか、イードゥが切り出す。ポケットを探りながら「ちょっと待ってろ」と、ウヴが言った。


「今はなー…えーと、2時22分」

「授業始まるまであと何分?」

「8分だね」


 頬杖をついたダルカに、ネイドが答えた。


「…やばくね?」

「やばいねー」

「なんでそう落ち着いてるんだ」

「こういうものなのだよ、ケルヴァくん。仕方がない」


 ポケットにスマホを戻しながら、どこか上から目線でウヴはケルヴァに言った。ため息をついたユーファが立ち上がった。


「はい行くよー。僕だけが進級だなんていやだからねー」

「ちょっとやばいくらいじゃーん」


 ダルカはテーブルに突っ伏したままだ。


「早めに移動した方がいいってなんかの本に書いてあったよ」


 手を叩いてやる気のない三人を起こしながら、ユーファは校舎の入り口に歩き始めた。ケルヴァとネイドも校舎に向かう。その後ろをダルカがのそのそと追い、そんな彼を見て、ウヴとイードゥが笑った。


「じゃーなー。おれ次、必修なんだよ。お前らも急げよー」


 そう言って、ケルヴァはそそくさと走っていった。


「わかってるよそんくらい」

「そーだそーだ! みくびんな!」

「先輩ヅラしやがって!」


 口々にいいながら、三人は走り出す。


 ネイドはユーファの方を振り返って、


「懐いてるね」


 と笑う。ユーファも笑い返した。


 校舎に入り、廊下を歩く。授業に遅れないようにと二人の横をいろんな生徒がびゅんびゅん走っていった。


「…たしかさ、ユーファも、ディダル語だよね?」

「あ、うん。グループワークがあった気がする」

「ほんとだ。一緒にやる?」

「うん、やろう」


 ユーファが頷いたのを見ると、ネイドは嬉しそうな顔をして、話し続けた。


「もっと早くに話しかけておけばよかったなぁ」

「早くっていつぐらい?」


「うーん…転校してきた日くらい?」

「…何ヶ月前? それ」

「さぁ? 少なくとも、半年以上は、棒に振ったよね」

「振りすぎでしょ。ケルヴァとはいつから?」

「知らない。…気づいたらって感じかなあ」


 ぼんやりとした声で首を傾げる。ユーファがつぶやいた。


「いいな、そういうの」

「そうかな」

「うん。いいよ」

「古くからの友人?」

「そうそう」


「あれ、ディダル語でなんだっけ?」

「ユーヒル・ニェイだね」

「………ネイティブ?」

「父さんがディダルなんだよ」

「ハーフ?」

「そうそう」

「へー」


 教室の扉を開けながら、意外そうな声を出した彼に、

「そんなに意外かな」

 と首を傾げる。


「なんで今まで、気づかなかったのかなぁ…って」

「きけばいいのに」


 ユーファはくすくす笑いながら、誰も座っていない、窓の近くにある丸い机の、椅子の一つに座った。その横にネイドも腰掛ける。


「さっきから座って立って…繰り返してるね」


 だらんと背もたれに体を任せながら、ネイドは息を吐いた。ユーファがそれに頷く。


 教室には他の生徒の声がたくさん響く。みんな立って、楽しそうに話していた。


(疲れるなあ)


 行き詰まるほどの声声声。じわじわと水位が上がっていくように、ユーファはだんだん苦しくなっていった。俯いて、自分の靴と床を眺めた。隣のネイドは天井を見上げている。こんな場所には誰も近づきたくないだろう。



「「…秘密基地行きたい……」」



 二人は同時に呟いた。それから顔を見合わせ、同時に笑った。


「なんで被ったんだろう!」

「ね、ほんと」




 けっきょく僕らは、あそこが大好きなんだ。

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