第五章 スズランの芽
ネイド
本当に、僕はまた行ってもいいのだろうか。僕に、資格はあるのだろうか。
「また悩んでる」
隣に立つネイドが言った。真昼の空と溶け合ってしまいそうだけど、でもネイドの髪は夜だから、大丈夫だろうなと思いながら、ネイドから森の方に目を向けた。
「悩むよ、でも、自分から動くネイドを見たらぐずぐずしてられないから」
そう言ったら、ネイドが笑った。背後の入道雲みたい。
僕はもうぐずぐずできない。いや、ぐずぐずしない。もう決めたから。
「それじゃあ、ぼくはもう行くよ。お悩みユーファくん」
軽い足取りで歩き出したネイドが楽しそうに言う。これから友情が壊れるかもしれないなんて、到底思えないな。
「ちょっと、置いてかないでよ」
僕も笑って、ネイドと並ぼうとする。そういえば、誰かと一緒に森に入ることは今までなかった。なんだか新鮮な気持ちだと思いながら、久しぶりの土を踏みしめる。たった二週間なだけなのに、懐かしい気分になる。
前よりも深まった夏と森の匂いが混ざり合って、くすぐったい。背中を押された気分になる。一緒に行こう。
夏と手を繋ぎながら、僕はネイドと秘密基地に向かった。
◆
「…って感じ」
ぼくの話を聞き終えたユーファの顔はびっくりしていて、面白かった。そりゃそうだよな、と勝手に納得する。『約束』をぶち壊したい、だなんて。変なやつだよ。
「なんというか、やっぱり、いやでも言うべきじゃないかも」
口元を手で押さえながらユーファが言う。
「超気になる」
ぼくがそう言うと、困ったような顔をしたユーファがぶらぶら揺らしてる足を見ながら、静かになって考え始めた。自分の意見を言うかどうか、結構とまどうのがユーファの癖だと思う。
「僕とちょっとだけ似てるなー、って。ネイドの方が計画性あるけどね」
にぱ、と笑って、ため息を吐いた。
「あー、あれね」
「…恥ずかしい」
「懐かしいじゃん。スカッとしたよ、あの時」
「ほんとやるんじゃなかった〜」
あはは、とぼくが笑ってもユーファは恥ずかしそうにしたまんまだ。
「それで、僕はどうすればいいかな」
それを聞いて、ぼくは悩む。そういえば、どうして欲しかったんだっけ。あれ。
「えーっと。…ちょっと待っててくれる?」
「いいよ」
「ありがとう」
働け、脳みそ。お前は優秀なんだから。
Q、ぼくはユーファに何を手伝って欲しいのか。
最終目標:秘密基地を居心地の良い場所に戻す。
現在の手段:ネモネとの相談。
現在の状況:ぼくはユーファに何かを手伝って欲しい。
最後が議題。じゃあ、今までの行動を思い返そう。今日じゃないことは確定している。思い切って二週間前。通話の日。あの日はどうして話した?
1、いつもの会話。2、アルガへの説明。3、これからどうするか。
3には結果がある。それでぼくはこうしている。こうやって、ユーファと話している。
そういえば、元の目的は「ユーファがまた秘密基地に来てほしい」だった。ぼくは目的を見逃している? でも、今の秘密基地が心地よくないのは本当。いや嘘? そういえばずっと続いてほしいと思ってたこともあった。
つまり。
「ユーファに、秘密基地に来てほしい」
「元の心地いい秘密基地に戻ってほしい」
「ずっとみんなと、一緒にいたい」
声に出して言うと、はっきりと輪郭を掴めた。
これが僕の目的。一番目はユーファを説得すれば済む。でも、後二つはぼくの行動に結果がかかる。やっぱり、約束はぶっ壊れる。
そんなのもう、やるしかないだろ。
「ユーファは一緒に来ればいいみたい」
ユーファの方を見た。
「誰かに教えてもらったの?」
確かに、今の言い方だと誰かに教えてもらったみたいだ。くすくすユーファが笑った。
「あ、間違えた。ユーファには、一緒についてきて、ほしい」
言い直すと、ユーファは申し訳なさそうに眉を動かして「それだけでいいの?」と首を傾げる。
「むしろ、ノラに来てもらわないとぼくは満足しないよ」
「え?」
「だって『ユーファに秘密基地に来てほしい』と『みんなとずっと一緒にいたい』が達成されないから」
当たり前じゃないか。
「あ、そっか」
納得したように頷く。あっさりだなぁ、と思う。案外淡白なところがあったりなかったり。ユーファはつぶやいたきり、なにも喋らず黙りこくった。
「じゃあ、明日。ちょうど休みだし、昼ごろ集合でいい? 森の入り口」
ちょっと気まずくなって、早口で言う。あ、予定あるかどうかきくの忘れた。
「いいよ。その日なにもないし」
ギリギリセーフ。危なかった。反省反省。
「よし、あとは明日どうするかかな…」
ふー、と息を吐き出して、次の議題に立ち向かう準備をする。計画性のないまま十三年生きてきたツケだろうな。
「遠回りで言ってもね…きっと無駄だよね…」
やっぱり、真正面から立ち向かうしかないんだろうな。
「すっごくいやだな」
つぶやく。夏の真昼は温度が高くて、頭がぼんやりしてきた。
ユーファは
「自分からやるのって辛いだろうな」
と、木漏れ日の影を見ていた。彼も無意識なんだろうな。あの時みたいに。
しばらく、ゆらゆらと遠くの、下の生徒たちが遊んでいる様子を見ていた。久しぶりに一気に話した。頭も久しぶりに使った。疲れる。母さんはいつも、こんな感じなのかな。だから昼寝好きなのかな。甘いものも好きだよね。
「そういえばさ」
ふと、ユーファが口を開いた。
「昼ごはん食べた?」
あまりに深刻な沈黙から切り出された話題は、あまりにも軽くて、笑うのも忘れた。そういえば、購買とか行ってなかったな。
「まだ食べてないや。一緒に食べる?」
ユーファはちょっと驚いて、すぐに笑顔に戻って頷いた。
「終わったと見た」
ベンチの後ろからニョッキと、誰かが伸びて出てきた。
「ケルヴァ!」
驚いた顔をしたユーファと一緒に振り向いてぼくは叫ぶように言った。来るとは思っていなかった。って言うかなんでここ分かったの⁉︎
「ちょっ速い速い!」
十メートルくらい離れたところから、三人くらいの男子生徒が走ってくる。
「おせーぞ、お前ら! 一番遅いのはヴァジのおれのはずなんだがなぁ?」
ニターっと笑いながら、ケルヴァが男子生徒に対して笑った。三人とも追いついて、各々息を切らし、ケルヴァに文句を次々にいった。
「ダルカ、イードゥ、ウヴ」
ユーファが驚いた顔のまんまで言う。そういえば、よくこの三人と一緒にいたな、ユーファ。
「いつの間に仲良くなってんだって思ったか? フーッフッフ…このイードゥ様にかかればこれくらい余裕なのだ!」
自信満々に言い放つイードゥ…?の周りで、ケルヴァと…ダルカとウヴが「いよっ」と口々にはやしたてる。隣のユーファがくすくす笑っている。
「ま、話しかけたのオレだけどね」
「ダルカ! 言うなって!」
なるほど、そっちがダルカか。じゃあ残った彼がイードゥと。
「っつーことで、新しいお友達だ、ネイド。一緒に昼飯食うぞ!」
ぼくの肩を強引に引きよせて組んで、ケルヴァがにかっと笑う。
「ほんと、どうやって短時間で仲良くなれるの? 教えて欲しいよ」
ほんっと、羨ましい。
「おれも知らなーい」
「いいなぁ」
ぶらぶらさせてた足を地面に着地させてぼくは立ち上がった。お昼ご飯の話をしていたらお腹が減った。ダルカに腕を引っ張られて、ユーファも立ち上がる。
「んじゃ、行くかぁ〜」
「おー!」
ウヴが購買の方を指しながら言って、ケルヴァが拳を振り上げた。我先にと、ダルカが校舎の入り口を目指して走り出した。
「一番遅かったやつ、他のみんなにジュース奢り!」
そう叫んで、ユーファがダルカを追い越す。ぼくがそれを追いかける。
「あっおい!」
「前も似たようなことやったぞ!」
ケルヴァとウヴが同時に言っている。
「走り出しが遅いよ〜!」
「だーっ! 待てネイド!」
けらけら笑うぼくを捕まえようと、ケルヴァが走り始めた。たぶん、ウヴも。
「あー、青春!」
先頭にいるユーファが言った。
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