似たもの同士の夢
口を開けて、息を吐いて、少年は、ユーファは、小さな声を出した。
「…どこで?」
堂々と立っているネイドに対して、ユーファは怯えたように上目遣いで問いかける。
「大半の授業、被ってるからね。出席確認で」
伸ばされたネイドの手に自分の震えている右手を重ねて掴んで握手をする。震えが止まった気がした。
「いつ、気づいたの?」
握手をして満足したのか、ゆらっとネイドはベンチに腰を下ろした。ふわっとネイドの羽織っている上着が揺らめいた。遠くの宙を舞うボールを眺めながらユーファはまた尋ねる。眉を下げながらネイドは答えた。
「きみが秘密基地に来た日」
「…僕、どうして気づかなかったんだろう」
「うーん…わかんない。ユーファのことあんまり知らないからなぁ」
「僕もニ…ネイドのことよく知らないよ」
「そりゃそうだよ。知り合えないんだから。『約束』のせいで」
笑みを浮かべながら、そうっと息を吐いて、ネイドは続けた。
「ねえ 『約束』がいつできたか、予想できる?」
ちょっと考え込んでから、ユーファは言葉を口にする。
「…二年前、とか…?」
まあ普通に考えたらそう思うよねー、とゆるく笑って、ネイドは膝にひじを立てて頬杖をついた。えくぼが深くなる。
「実はね、君が来る一週間前に、決まったんだ」
今までで一番強く、一番重い衝撃がユーファを襲った。ぐわっと両目と心を覆った感覚に体が硬直する。だって、ネイドの、ニゲラの表情は苦しそうで。今にも泣き出しそうで、表面張力で耐えているだけのコップに入った大量の水のようだったから。そんなニゲラは話を続けた。
「きみが来る一週間前、ネモネとデンファレが外で遊んでたんだ。楽しかった、って言ってた。そしたら、それがデンファレの親かなんかにバレたらしくてさ。『二度と関わるな』って、デンファレが言われたんだ」
ニゲラの白目が赤みがかった。下瞼に薄く涙がたまる。ノラが手を伸ばそうにも、ニゲラはしゃべる速度を上げて続けただけだった。
「それで、みんなで集まって、どうしようってなって。それで決まったのがあの『約束』。バレないように、見つからないように、そう思って決まった」
息継ぎもせずに、ニゲラは捲し立てた。口の端が歪んだ。ノラが声をかけても、今の彼の耳には届かない。
「そこで、きみが来た。ネモネは焦ったんだろうな。いつもより動きが大きかったから。結局、ぼくたちは六人がかりできみを騙していたんだ。ぼくらは、きみが何も知らないことにつけ込んで、ぼくらのエゴのために、きみと外で関わらないようにしたんだ」
「……」
「ぼくらは、ただ、怒られたくないからなんていうくだらない理由で、本当は全部知ってるくせに、『知らない』って、知らないふりをしたんだ。本当はきみと、遊びたかったのに。何も触れずに。知りたかったのに。仲良くなりたかったのに。友達になりたかったのに。それよりも大人の目を怖がったんだ」
「いや、違う。ぼくらじゃない。ぼくだ。ぼくが、もっと早くに伝えていれば、そしたら。だって、きみと一番近い場所にいるのはぼくだ。結局、ぼくは」
そこで、やっとネイドの口は止まった。ずるずると重い息を口から引きずり出して、両目を両手で隠す。
「…みんなは耐えれた。隠せたんだ。きみから、本当のこと」
足元の土の地面に、数粒のしみができた。
「でも、ぼくには無理だった。無理だったんだ」
「ぼくは、隠し方なんて知らない。大切な友達に、本当のことを伝えれないとか、苦しいだけ!」
「だから、だから…!」
腕で顔をぬぐって、ネイドは顔を上げた。
「だからぼくは、みんなにこのことを伝えたい。みんなと、ノラと、外でも会いたい。遊びたい、って伝えたいんだ」
藍色の彼の心から溢れ出てくる感情は、どこまでも強く、澄み渡っていて、対照的な日の光とともに槍のようにユーファの心を貫いて抉った。
数秒の間、沈黙が耳を塞いだ。諦めたように、ニゲラは目を伏せる。
「…怖がりなのは、僕も一緒だよ」
耳の膜を掻っ捌いて、飛び込んできた声にネイドは顔を上げた。
「え?」
「僕も怖がりだ。何回か君を学校で見かけたのに、声をかけなかった。『約束』にこぎつけて、知ることを怖がる自分を隠したんだ」
明るく笑う。
「僕も君も同じだよ。ふたりとも怖がりだ。似たもの同士」
呆然と、ニゲラとネイドはユーファとノラの言葉を聞くことしかできなかった。内容を頭の中で確認しているのかなと思いながら、少年は友人の手を取る。
「それで、僕は何をすればいい?」
「僕は、何をしたらニゲラの力になれる?」
木漏れ日よりも強く、挑戦的にきらめく星色の瞳が、バチバチ弾けたようにニゲラを見つめる。素直な感情の返しで送られてきた決意は、消去されかけていた願いを瞬く間に復活させ、伝播した。
何かを問い返すわけでもなく、ニゲラは赤らんだ目をもう一度乱暴にふいて、ノラと同じ希望に溢れた顔になって、話し始めた。
いつか見ていた楽しい夢の復興計画を、その夢を見たことのない大切な同志に。
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