第5話

「あら沙羅。初夏でもないのに、随分晴れやかな浴衣ね。気合い入っているじゃない」

「そ、そう? 私にとっては今日が夏の始まりかな」

 沙羅の紫陽花あじさい模様の浴衣姿を眺めながら、母親は緩んだ口元を手で押さえていた。

「今日は何かいいことでもあるのかな?」

「花火大会で友達と待ち合わせているんだ。たまには浴衣もいいかなって」

 沙羅は手に持ったうちわで、慌てて顔を扇いだ。

「それならこれを挿していきなさい」

 母親は箪笥たんすから木箱を取り出すと蓋を開け、中からひとつのかんざしを取り出した。

「おばあ様から引き継いだ金のかんざし。龍のうろこを模した髪飾り」

「うわあ綺麗。でもこれ、貴重なものでしょう?」

「髪に挿してこそ意味のあるものだからね。古来先の尖った棒には呪力が宿ると言われていてね、魔除けの意味もあるのよ。一切の邪気を払う神器じんぎ、天鱗大社では神挿かみざしと呼んでいるわ。悪い男が憑かないように」

 笑みを浮かべる母親に沙羅はばつの悪さを感じつつ、そのかんざしを髪に挿した。沙羅が体を揺らすと、かんざしは金粉を振りまくように光彩を散らした。

「すごく似合っている。きっといいご縁があるわよ」

「違うんだって。それじゃあ、行ってきます」

「気を付けてね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る