第3話

 坂を下りきると、海沿いの踏切からカンカンという警報音が聞こえてきたので、竜樹は急ブレーキをかけて自転車を止めた。

「沙羅」

「なあに?」

「華の島の由来って、知っているか?」

「それはたしか……夏になると花々が咲き誇る綺麗な島だから、いつしかはなの島と呼ばれるようになったんだっけ」

「それは違う。あの島はわざわいをもたらすの島、の島が語源だ」

「そうなんだ」

「お前の実家の天鱗てんりん大社とうちの華島かのしま神社は縁が深いのは知っているな」

「うん、なんか遠い親戚だって聞いたことがある」

 踏切の遮断棒が下がると、目の前を大きな音をたてて電車が通り過ぎていく。

「華島神社は天鱗大社に祀られる天嬢様てんじょうさまを守護するのがお役目。お前の命を守ることが俺の使命だし、生き甲斐だと思っている」

「え? よく聞こえない」

 遮断棒が上がると竜樹は再びペダルを強く踏み込んだ。踏切を渡り、海沿いの道路を走り始めると、遠くに華の島が浮かぶのが望めた。


「明日は会えないかもしれないから、今言っておく。沙羅、俺にとってお前は大切な存在だ。俺の命に代えてでも守ってみせる」

 沙羅の心臓は破裂しそうなほど強く脈を打った。

「今、私のことって……言った?」

 沙羅の胸の内でその言葉だけが幾度も反復された。竜樹からの返事はなく、しばらく沈黙が続いたが沙羅は照れる気持ちを隠しながら竜樹に顔を寄せて、こそりと耳打ちした。

「聖観橋で待っているからね。私も竜樹に伝えておきたいことがある。もし気が変わったら来てくれる?」


「着いたぞ、お前の家」

 松林が並ぶ閑静な屋敷の前で自転車を停めると、沙羅は両足を地面に降ろした。夕陽が二人に黒い影を落とす中、竜樹は柔らかな口調で返事を告げた。

「ごめん、俺は行けない。ほら、花火大会で観光客たくさん来るだろう? 色々祭りの手伝いで忙しいんだ。でもこの手伝いも今年で終わりにしたい、来年まで待っていてくれ」


 竜樹は自転車のハンドルを固く握ると、赤く染まる海に浮かぶ華の島へ向けてペダルを踏み出した。

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