三、うたがいの悪夢
1 出会いがしらの衝突
スライドドアの把手を握り、俺は力を込めた。開いていくドアの向こう、暗がりに中年婦人の背中があった。気配を察したのか、婦人がゆっくりとふりかえる。
人でにぎわう商店街に掃いて捨てそうなほどいる、ありきたりで少し怖そうなおばちゃんの顔。だが、その顔を目にした瞬間、俺は直感した。
(まずい)
こいつは危険だ。なんとかしなければならない。油断すると、この女になにもかも見抜かれる。
「誰だ」
女はクローゼットの戸に手をかけていた。今にもそこを開けようとしていたが、俺の顔をまじまじとみつめるとフッと短く息を吐いた。
「ええと、ごめんなさいね」
「人の家でなにをしてる」
俺は語気を強めた。ほんの数メートル先にいる女は、とりたてて怪しい恰好はしていなかった。藤色の麦藁帽をかぶった小柄なおばさんだ。ぶかぶかのデニムパンツにぶかぶかのチュニックを着て、今すぐサンバのリズムに踊りだしても不都合のない格好をしている。
だが、俺にはわかる。理屈ではない。この女にはなにかある。前世でこいつに親でも殺されたのだろうか。とにかく、こいつに気を許してはならない。
「渕村と言います。飯芝さんから聞いて――」
「いいから、こっちへ来い」
ありったけの不信感を込めた声を発しながら、俺は室内へ足を踏み入れた。渕村は溜め息をひとつ吐いた。クローゼットから離れ、こちらへ歩いてくる。
しかし突如、回れ右した。
「おい!」
俺は駆けだした。渕村の手がクローゼットの戸にかかった。一気に引き開ける。
そこにはなにも無かった。クリーニング店のハンガーがぶらさがるだけの埃臭い空間が広がっていた。
隅から隅までクローゼットを見渡すと、渕村は親切そうな口ぶりで言った。
「たまにはこういうところも掃除をしたほうが良いですよ」
余計なお世話だ。俺はそう返事をした。
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