第44話 駆け出し冒険者の後日談
お祭りの最終日に起こった『びっくりアンデッド流入事件』のあと、スティーブンは正式に冒険者となった。マリアーヌの武器としてではなく。
そして、マリアーヌとスティーブンもエルシーの家に一緒に住むことになった。
マリアーヌは一人の冒険者として独り立ちするために家を出て、そして、ベンデルフォン家の仕事を辞めてしまったスティーブンもマリアーヌについてきたのだった。
エルシーは飲み友達が一緒に住み始めたのに非常に喜んだ。どうやら、一人で酒を飲んでいることに小さいながらも罪悪感があったらしい。
二人が増えたことにより、部屋割りも変わった。
これまで家主のエルシーは一人部屋で、兄妹が各一部屋に住んで居たのだが、エルシーはそのまま、オルコットとマリアーヌ、トリステンとスティーブンの男女で部屋を分けた。
マリアーヌは当初、エルシーと同室を望んだのだが、エルシーの寝相の悪さを知っているオルコットが猛反対したのだった。
街はアンデッドの後始末に三日かかった。
その間、ダニエルを初め、ドロンジョとトンズの取り調べが行われていた。
ダニエルは実兄モーリスを失脚させるために、ドロンジョとトンズを雇い今回の計画を企てたのだった。
今回の計画の内容はこうだった。
パーティーに集まった貴族を殺害することにより、モーリスの責任を追及する。
そのために、領主邸の警備を薄くする必要があった。
そこで、アンデッドを街に引き込み陽動をする。
しかし、アンデッドが暴れるのに、ドラゴン騎士団が邪魔な存在だった。
ドロンジョはドラゴン騎士団に潜入して、仲違いを目論み、ドラゴン騎士団を解散させる。ドロンジョの計画とは少し違う形になったが、ドラゴン騎士団を解散させることに成功した。
その上、ドラゴン騎士団の解散により、他の冒険者パーティがダンジョンで全滅する割合が上がり、アンデッドの材料が予定以上に集まり計画の準備は滞りなく進められた。
ドロンジョ達に都合が良いように、実行当日はダンジョンの入り口の扉が壊れており、アンデッドたちの進軍はスムーズに行われたのだった。
しかしご存じの通り、エルシーを初め、多くの冒険者の活躍でこの計画は失敗に終わったのだった。
取り調べの結果、首謀者のダニエルは永久に牢獄にて過ごすことになった。本来は死罪であるが、死人はほとんどおらず、被害が少なかったため、罪は軽減された。
そして、ドロンジョとトンズは見張りのスキをついて逃げ出してしまい、そのまま指名手配犯となったのだった。
騒動が収まったある日のことマリアーヌが個人的にみんなにお礼をするため、エルシーの家でパーティーを開くことにしたのだった。
あの夜のパーティーとは比べるまでもなくささやかだが、暖かなホームパーティー。
マリアーヌはオルコットと二人で料理を準備する。
エルシーとスティーブンは自主的にお酒を準備していた。それはもう楽しそうに。
トリステンはテーブルのセッティングや料理を運んでいると、玄関から声が聞こえてきた。
「こんにちはー」
「ご招待いただいてありがとうございます」
蝶子とバードナが二人でやってきた。
「あら、一緒に来たの?」
エルシーが出迎えると、二人は顔を見合わせた。
「たまたま、そこで一緒になっただけよ」
「たまたま、そこで一緒になっただけです」
見事にハモったあと、にらみ合う。
「はいはい、喧嘩しないの。あら、お蝶ちゃんそれ何?」
エルシーはめざとく、蝶子の風呂敷を指さす。
蝶子が風呂敷を広げると中から重箱が出てきた。
「招待されたからには、手土産くらい持ってこないとね」
重箱の蓋を開けると、そこには椎茸や人参、ゴボウ、鶏肉の煮物。いわゆる筑前煮があった。
どうよ~と自信満々の蝶子に対し、初めて見る地味な色の料理にトリステンたちはなんと言ったらいいかわからず、ありがとうございますとしか言いようがなかった。
「相変わらず、地味な料理しか作らないわね。それに女の子が手土産って普通、デザートじゃないの?」
「何言っているのよ。ちゃんと、デザートも持ってきたわよ。ほら」
そう言ってお重の下の段を開けると、黒い塊が規則正しく並んでいた。
「泥団子?」
思わずオルコットは思ったままの言葉を発してしまった。
「おはぎよ、おはぎ。あんこともち米でつくる日本が誇るデザートよ」
「蝶子はデザートも地味なのですね」
「何よ! バードナ。そう言うあんた、手土産ひとつもないの?」
「ちゃんとありませんよ。僕だって手土産の一つくらいは持ってきていますよ」
そう言ってバードナが取り出したのはオルコット小さな手よりも小さな溝のついた茶色い円柱状の焼き菓子。カヌレを取り出した。
「あなただって地味なお菓子じゃない」
「うるさいですね。これは教会で昔から作られている由緒正しいお菓子ですよ。あなたの泥団子と一緒にしないでください」
「何言っているのよ。おはぎは故郷でも特別な日にしか出てこない特別なお菓子だからね」
二人の事もその手土産の事も知っているエルシーは心の中でつぶやいた。
おばあちゃんと乙女か!
「まあまあ、二人の手土産が美味しいのはわたしが保証するから、さあ、席についてちょうだい」
蝶子とバードナはお互い、言い合いながらも、用意された席に着いた。
「そう言えば、アルとサクヤは?」
「なんか、少し遅れると言っていましたよ。気にせず先に始めてほしいって」
相変わらず、仲良く喧嘩している蝶子とバードナを横目に、パーティーの準備は整った。
「お姉様、勇者様たちがまだ来ていませんが、どうしましょうか?」
「いいわよ。遅れてくる方が悪いから、始めちゃいましょう」
戸惑うマリアーヌにきっぱりと言い切るエルシーだった。
「でも……」
「いいのよ、いいのよ。アルたちを待っていたらせっかくの料理が冷めちゃうわよ」
「たしかに、そうですわね」
マリアーヌは『びっくりアンデッド流入事件』において家族を守ってくれた、蝶子、バードナ、そしてここにいないサクヤそしてアルスロッドを始め、平和の鐘のメンバーにお礼を述べた。
平和の鐘のメンバーはこのパーティーを開く前に仲間の家族を守るのは当たり前だと何度も言ったのだが、どうしてもということで、素直にそのお礼を受け入れた。
蝶子とバードナもマリアーヌの気持ちを理解しながらも、気にすること必要は無いと明るく答えた。
そして、パーティーは始まり、飲酒組は早速、お酒をコップいっぱいに注ぎ、勝手に盛り上がっていった。
トリステンたちも、それにつられるように大いに飲み食いを始めた。
「そう言えばエル姉ちゃんは、何でパーティをクビになったのですか?」
トリステンはパーティーの盛り上がりに乗じて、ずっと疑問だったことを蝶子にぶつけてみる。
「あれ、トリ君は聞いてないの? それはね、ふふふ」
「やめて! お蝶ちゃん!」
エルシーは蝶子の口を塞ごうとする。
「何よ、これから長くやって行こうって言う仲間に隠し事していていいの?」
「それもそうだけど……バードナからも何か言ってよ」
蝶子はニヤニヤしながら、エルシーの手を払う。
エルシーはバードナに助けを求めると、少し考えた後に答えた。
「僕も隠し事は良くないと思いますが、トリステン君は気をしっかりと持って、聞いた方が良いですよ」
バードナの言葉にトリステンは生唾を飲み込む。
ぎゃあぎゃあ文句を言うエルシーにオルコットが、ちょっと黙って、と静かにさせる。
「捕まった女魔法使いがいたでしょう。ドロンジョって言うのだけど。一年ほど前から私たちの仲間に入っていたのよ。彼女がアルスロッドにちょっかいをかけきてね。男女の関係の意味で」
「まさか、エル姉ちゃんと三角関係?」
「ははは、まさか~。それで、アルスロッドも女性に免疫があまりなかったから、ちょっと浮かれていたのよ」
エル姉ちゃんや蝶子さんがいるのに、なんであのパーティは女性に弱い人ばかりなのだろうと不思議に思うオルコットであった。
「そんな中、アルスロッドとドロンジョが、いい感じで話していた時に、ある事件があったのよ」
「やっぱり、痴情のもつれ?」
「オルコットちゃん、あなたは若いのにどこでそんな言葉を覚えてきたのよ。でも、そんなのじゃないわよ」
「お蝶ちゃん、もうそれ以上はやめて!」
エルシーが最後の悪あがきをしていた。
「あのね。エルシーが転んで、アルスロッドのズボンをズリ下ろしちゃったのよ。パンツごと」
「パンツごと?」
「ひぃーーー!!」
オルコットは首をかしげ、トリステンは悲鳴を上げる。
「それって、つまり……」
「意中の女性の前で、フルチンにさせられたのよ」
「え、エル姉ちゃん……」
「わ、わざとじゃないのよ。なんかふたりがいい雰囲気だったから、邪魔しないように気をつけていたら、なぜか足が絡まって、とっさに掴んだのがアルのズボンだったってだけなのよ」
エルシーは真っ赤にした顔を両手で隠しながら、必死で言い訳をする。
だから、変に気をつけると突拍子もないところでドジをするからやめてと、言っているのだとオルコットはエルシーを見ながら心の中で呟いた。
「それで、怒ったアルスロッドが、クビだ~って思わず言っちゃったのよ」
蝶子は酒をあおって、笑っていた。
「それはエル姉ちゃんが悪い」
「それはエル姉ちゃんが悪いわね」
「それはお姉さまが悪いですわね」
「それはエルシーさんが悪いと思います」
平和の鐘のメンバーは仲良く冷たい目でハモっていた。
「その上、エルシーったら、私たちが止める間もなく、逃げ出しちゃったのよ。そこに運悪くモンスターが襲ってきて、エルシーを追いかけるどころじゃなかったのよね。その上アルスロッドの広域視野がなくなっていて、戦闘は長引くし。アルスロッドは拗ねちゃうし。なんとかダンジョンから帰って来られた時には、もうぐだぐだで私も嫌になってパーティをやめちゃったのよね」
「それもエル姉ちゃんが悪い」
「それもエル姉ちゃんが悪いわね」
「それもお姉さまが悪いですわね」
「それもエルシーさんが悪いと思います」
平和の鐘のメンバーは仲良く冷たい目でエルシーを見る。
「それはわかっているわよ。私が悪かったのよ。でも、顔合わせづらいじゃない。さすがに」
そう言って、エルシーは下を向く。
「本当に、反省しているのか?」
「反省しているわよ……って、アル! いつの間に」
そこにはいつの間にか部屋に入っていたアルスロッドとサクヤがいた。
「よう! 遅くなって、悪かった。ダンナがちょっとゴネてな」
オルコットは慌てて、お酒を二人に渡す。
「アル、何をゴネてたのよ! 料理が冷めちゃうじゃない!」
「いや~僕だけ、領主邸に行って無いのに呼ばれてもいいのかなと思ってね。特にほら、今年はギルマスの誘いも断ってパーティー会場に行かなかったし……」
「もう、相変わらず変なところで気が小さいのだから。そんなことはいいのよ。街はアルのおかげで助かったのでしょう。はははは」
すでに酔いが回っているエルシーは、アルスロッドの背中をバンバンたたきながら笑っていた。
酔っ払ったエルシーに負けじとアルスロッドもお酒を一気に飲むと、思い切って気になっていたことを聞く。
「ところで、さっきの話の続きなのだけど、エル。本当に悪いと思っているのか?」
「……思っているわよ。さすがにパンツごと下ろしたのは悪かったわよ。でもわざとじゃないのよ」
大事な話をしている二人に控えめにお酒を注ぐトリステンとオルコット。
「そうじゃなくて、みんなの話を聞かずに飛び出したことだよ」
「だって、アルが『おまえはクビだ!』って言ったじゃない」
エルシーは空のカップをドンとテーブルに置くとオルコットがそっとお酒を入れる。
「それはドロンジョが日頃から、お前をクビにしろって言っていたから、思わず口から出ちゃっただけだろう。それを訂正する暇無く逃げちゃっただろうが! 昨日今日の仲じゃないんだから、僕が本気かどうかくらい分かるだろう!」
アルスロッドが飲み干したカップをテーブルに力強く置くと、トリステンがたっぷりとお酒をつぐ。
「そんなのわかんないわよ。わたしだってパニックになっていたんだし!」
「だからって、みんなが止めるのも聞かずに逃げ出すなって言っているんだよ! 僕だって謝る暇も与えてくれなかったじゃないか」
アルスロッドはお酒で顔が真っ赤にしながら、あの日からずっと言いたいことを吐き出した。
アルスロッドもあの日のことを後悔していたのだった。
そして、その言葉にエルシーにもその気持ちは伝わった。
「……ごめん」
「いいよ……僕もごめん」
「いいよ」
エルシーの早とちりから始まった『エルシー、クビ事件』はこうして両者のわだかまりが消えたのだった。
「それで、もう一度聞くけど、パーティに戻る気は無いか?」
アルスロッドは真剣な顔に変わり、エルシーに問いかける。
アルスロッドと共に平和の鐘のメンバーは黙ってエルシーの返事を待つ。
アルスロッドとエルシーのわだかまりは消えた。元々他のメンバーはエルシーに対して何の悪意もない。
エルシーのパーティ内での役割。ドラゴン騎士団のギルド内での役割。それを考えるとエルシーがドラゴン騎士団に戻ると言うことが、この街の冒険者たちにとっても有益だと、トリステンたちも理解している。
理解しているが……。
「……無理よ」
戻りたくないではなく、無理だと答えるエルシー。
「理由は?」
納得いかない顔でアルスロッドは尋ねる。
「だって……」
エルシーはトリステンたち平和の鐘のメンバーを見る。
つまり、未熟な駆け出し冒険者を置いて、パーティを抜けられないということか。そう、アルスロッドは理解した。ならば、さっさと一人前に育て上げればいい。幸い、二人はすでに蝶子とバードナの弟子になっている。スティーブンはすでに一人前以上の実力。ならばマリアーヌを自分が鍛えれば……そんなことを考えているアルスロッドにエルシーは言葉を続けた。
「だって、わたしはまだ……トリ君とオルちゃんに恩を返せていないんだもの」
「恩?」
そう言ったのはトリステンだった。身に覚えがない。自分たちのほうこそ、エル姉ちゃんに返しきれないほどの恩がある。冒険者のことを教えてもらった。住むところを提供してくれた。良い師匠とめぐり合わせてくれた。身に余るほどの武器を手に入れるきっかけを作ってくれた。そして何より良い仲間にめぐり合わせてくれた。そのエル姉ちゃんが言う恩とは? トリステンは戸惑った。
「だって、この街の誰もパーティを組んでくれなかったわたしを快く受け入れてくれたのは、トリ君とオルちゃんだけだったのよ。だから、わたしがどうこう言える立場じゃないの。トリ君たちにクビにされたら、その時はまた拾ってよ、アル」
「エル姉ちゃん」
真っ先にエルシーに抱きついたのはオルコットだった。
「絶対、絶対、絶対クビになんかしない! させない! エル姉ちゃんはずっとあたしたちと一緒にいるの!」
オルコットはエルシーの”胸”の中で叫んだ。
それを見たアルスロッドはとうとう、本当の意味でエルシーをパーティに戻すことをあきらめたのだった。
「エル、本当にいい仲間に出会えたな」
「ええ、あなたたちと同じくらいね」
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