第43話 駆け出し冒険者の長い夜

「サクヤ、そいつがドロンジョって本当なの?」

 エルシーはサクヤがいること自体には驚かず、女魔法使いの名前に驚く。

「この、普段から美容に気をつけて鍛えたプリッとした意識高いお尻はドロンジョで間違いない!」

「本当にドロンジョなの? 何でこんなことを」

「ああ、うるさい、うるさい。サクヤ、あんたがいるっていうことは、あの粗チン勇者もここに来るって言うことよね。トンズ、逃げるわよ!」

 ドロンジョはトンズに声をかけると、操られている兵士は二人を守るように移動する。

 そして、そのまま逃げるのかと思いきや、ドロンジョは両手を貴族たちへ向けた。

「何をする気?」

「もらう物もらったから、あんたらも含めて、死んでもらうわよ!」

 ドロンジョの両手に炎の塊が現れ、それはどんどん、大きくなる。

「オルちゃん!」

「だめ、あんな魔法を防ぐだけの魔力も魔法もない!」

 オルコットは残った魔力を絞り出してマジックシールドを張ろうとするが、到底防ぎ切れそうになかった。

「やめろ、お前たち! 話が違うじゃないか!」

 ダニエル・ベンデルフォンが急に叫び始めた。

「こっちにはこっちの事情ってもんがあるのよ。悪いけど、あんたも一緒に死んでちょうだい」

「ふざけるなー! 俺は依頼主で次期領主だぞ!」

「どういうことだ! ダニエル!」

「もう、うるさい! インフェルノファイアボム!」

 ドロンジョの手から人の大きさほど膨れ上がった炎の塊が、おびえて部屋の端に固まる貴族たちに向かって投げられた。

「ウォーターマジックシールド!」

 爆発すればこの大きな部屋全てを吹き飛ばす威力を持った炎の塊は、巨大な水の膜に包み込まれて消滅する。

「ま、魔法が……」

「……」

 魔法の混乱で逃げ出す予定だった二人は、突如現れたマジックシールドに言葉を失った。

 ドロンジョの渾身の一撃。並の魔法使いで防がれるはずはなかった。

「トリステン君、今よ!」

 一陣の風が叫んだ。

 それに答えるように、賊二人を守る護衛兵に剣を振るうトリステン。

 蝶子の超スピードを模した運足からの連撃。

 蝶子のように正確性のないトリステンの剣撃は、レイス兵の腕や足に当たる。そして、その攻撃は痛覚のないレイス兵には効果が薄かった。受ける傷を無視して上段からの必殺の一撃がトリステンを襲う。

 しかし、トリステンはその一撃を待っていた。その剣を自分の剣で受け流す。

「うぉーーー!!!」

 相手の力を自分の剣撃に乗せながら、トリステンの体重を乗せた強烈な一撃の複合技。

 全身、金属防具に包まれ、正規剣術を身につけ上に、力のリミッターが外れているレイス兵。それはたった一体でそのあたりのモンスターなど比較にならない強敵。それがトリステンの一撃で縦に真っ二つに切り裂かれた。

 ただの一撃にできることではなかった。今、トリステンが持てる力と技とタイミングを全て合わさった会心の一撃。トリステンの今できる最高の一撃だった。

「できた!」

 対蝶子用に密かに練習していた複合技。蝶子と同じ戦い方を磨いても、経験の差は縮まらない。それならば、蝶子とは違う方向で蝶子を超える。その結論がこの最強のカウンターだった。

 しかし、トリステンは次の敵に向き直したとき、思わず片膝をついた。極限の集中力と渾身の一撃を組み合わせたこの技は、思った以上にトリステンの体力を奪っていた。

 焦るトリステンに、なぜか目の前のレイス兵は動かなかった。

 トリステンが慌てて立ち上がると、ズルりとレイス兵の首が落ちた。

 首斬りお蝶。

 他のレイス兵たちの首も同様に落ちる。

 トリステンが一体を倒すうちに、蝶子は十体以上のレイス兵を倒していた。

 目指す頂は霧がかかったように見えず、ただ高く、遠いことだけがトリステンにはわかった。

「まだよ」

 蝶子はトリステンに目もくれず、倒れたレイス兵の警戒を解かない。

 すると、倒れたレイス兵から霊体であるレイスが染み出てきて、次の肉体を探して浮遊する。

「気をつけて、とりつかれるわよ」

「プリフィケイションライト」

 聖なる浄化の光が部屋いっぱいに広がった。

 神父であるバードナの聖魔法。物理攻撃の聞かない霊体を浄化する魔法。

 通常は一体一体魔法をかけるのだが、神父で賢者であるバードナだからこそできる広域魔法。

「……!」

「あー、このスカポンタン!」

 ドロンジョはトンズに文句を言いながらも次の魔法の準備をする。

「エアー……」

「ファイアアロー」

「マジックシールド! そんな初歩魔法が効くか!」

 残った魔力をこそぎとって放ったオルコットの魔法は、あっさりと防がれた。

「効くとは思って無いわよ。ほんの少しのスキができれば十分なのよ」

「バスターサンダー」

 そのスキをついて、バードナが強力な電撃魔法を放つ。

「マジック……きゃー!」

「……」

 ドロンジョとトンズは電撃を受けて倒れる。二人とも魔法使いらしく、耐魔法性のあるローブを着ていたようで、致命傷にはならなかったが、しびれてしまったようだ。

「捕まえて! 殺しちゃだめよ」

 エルシーの一声で、トリステンと蝶子が二人をロープで体も口も縛り上げる。

「どちらへ行くつもりですか? 叔父様」

 マリアーヌは、騒ぎに乗じて逃げようとしていた叔父ダニエルに剣を向ける。

「何をする、マリアーヌ。兄上、あなたの娘は叔父である私に剣を向けるような教育をしているのですか!?」

 ダニエルは両手を挙げたまま、兄モーリスに文句を言う。

 そのモーリスはマリアーヌとダニエルの二人を見比べて高らかに言い放った。

「よくやった、冒険者マリー。ダニエル・ベンデルフォンを今回の騒動の首謀者として逮捕する」

「あなたは実の弟である私を捕まえようというのですか? 今回の騒動の犯人はあの二人だ! 私は関係ない!」

 モーリスはしびれて、ぐったりしているドロンジョたちを指さして罪をなすりつけようとする。

 ダニエルは実弟の醜い言い訳に吐き気を催しながらも、落ち着いた声で断言した。

「当然あの二人の取り調べも行うが、お前の取り調べも行う。いいな」

「……畜生」

 諦めたダニエルは素直に縄についたとき、街の方から大きな歓声が上がった。

「どうやらアルたちの方もうまくいったみたいね。バードナ、お蝶ちゃん、二人ともまだ余裕があるでしょう。わたしたちの仕事はまだ終わってないわよ。残党処理に負傷者の救護。さあ、街に戻るわよ」

「相変わらず、人使いが荒いな」

「相変わらず、人使いが荒いわね」

 三人がパーティー会場から出ようとしたとき、声をかけられる。

「お姉様、わたくしも行きますわ」

「そうだよ、エル姉ちゃん」

 マリアーヌだけでなく兄妹からも、置いてきぼりにしようとするエルシーに文句の声がかかる。

「ドラゴン騎士団の指揮を任された者としてトリ君、オルちゃん、マリーちゃんそしてスティーブンさんの四人は、この場の警護をお願いします。四人にしかお願いできない重要事項よ」

 スティーブン以外、体力の限界に近い三人に対し、事実上戦力外通知である。

 しかし、そうとは言わない。最後の最後までお願いするエルシー。

「特にマリーちゃん。領主様の個人の警護をお願いね」

 そう言ってウインクをすると外に出て行ってしまった。

「……マリアーヌ」

「お父様……」

 父親の顔をしたモーリスがマリアーヌに恐る恐る話しかけてきた。

「……」

「……」

 無言で向き合う親子。

 その娘の背中をそっと押す手が二つ。

 振り向かなくてもわかる。

 ありがとう。リーダー、オルちゃん。

 マリアーヌは瞳を閉じると、意を決したように口を開く。

「お父様、ご無事でよかった。お父様だけじゃない。お母様もお兄様もお姉様も……本当によかった」

 マリアーヌの瞳から自然と涙があふれ出た。

 その娘の肩にそっと手を置いた。

「お前の方こそ無事でよかった。そして、ありがとう……助かった。マリアーヌだけでなく、君たちにもお礼を言わなければいけない。ありがとう」

 モーリスはトリステンたちにも頭をさげた。

「冒険者としてお礼を言われる必要はありません。ギルドからの依頼の仕事ですから」

「お兄ちゃん!」

 トリステンの言葉にオルコットが驚きの声を上げる。

「でも、マリーの仲間としてのお礼であれば、こちらからもお礼を言わせてもらいます。マリーにはいつも助けられています。ありがとうございます」

 トリステンはまっすぐに頭を下げる。

 その、小さな一人前の冒険者を見て、モーリスは心地よく笑い声を上げる。

「スティーブン! これは一本取られたか? はははは」

「ご主人様、トリステン君はただ、自分に正直なだけでございます」

 スティーブンは冒険者から執事の顔に戻り、答える。

「申し訳ない。マリアーヌの父親として再度言わせてもらおう。マリアーヌと仲良くしてくれてありがとう」

 モーリスはこの上ない優しい父親の顔を見せる。

「マリアーヌ、お父様はお前が冒険者になって、危険な目に遭っていないか、いつも心配していたのだぞ」

「アイクお兄様」

 それまで黙っていた、長兄アイクがマリアーヌに話しかける。

「それで、早く冒険者を辞めさせるために結婚をさせようとしたのだ」

「アイク、もうよい。マリアーヌはもう一人前の大人だ。好きにしなさい。ただし、今でもお前はマリアーヌ・ベンデルフォンだ」

「お父様……」

 マリアーヌは素直に愛する父親の胸に飛び込む。

 優しく愛娘の頭をなでるモーリス。

 そのとき、街で大きな音と光が上がった。

「お兄ちゃん! マリーちゃん! 花火だ!」

 オルコットがトリステンの手を引いて、思わず大きな声を上げてテラスに出る。

 その後ろにマリアーヌがついてくる。

「オルちゃん、綺麗だね」

「うん、綺麗だね。よかった。マリーと見れて……」

 長い、長い一日に終わりを告げるように、夜空に花火が鳴り響いた。

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