第42話 駆け出し冒険者はレイスにとりつかれる

 ほんの少し前、マリアーヌの先導でパーティー会場に着いたとき、覆面をつけた怪しげな一組の男女と、仲間であるはずの護衛兵が近衛騎士団と戦っていた。

「お父様!」

 そこには剣を突き立てられている父親の姿があった。

 考えるよりも早く体が動いていた。

「わたくしの家族に手出しさせません!」

 無我夢中で剣を振るう。

「マリアーヌ、なんでお前がここに!」

「家族を助けるのに理由が必要ですか!?」

 振り返りもせず、マリアーヌは答える。振り返れない。顔が見られない。今はただ、目の前に敵がいることがありがたかった。

「スティーブン! 剣をくれ!」

「はい、ご主人様!」

 モーリスは剣を受け取ると、息を吹き返したように剣を構える。

「お父様!」

「娘に守られる父親がどこにいる! 領主なんていうのは、そもそもは地域で一番強い者がなっていたのだよ」

 お父様が剣を持つなんて、初めて見た! マリアーヌはびっくりした。

「ああ、ああ、もう、面倒くさい! やっておしまい!」

 覆面をつけた女魔法使いは、もう一人の背の低い男に命令をする。

 操られているとはいえ、正規兵である。正統派剣術。その上、力の制限は解除されていて、人間とは思えない力で剣を振るう。痛覚がなくなっているのか、自分の体が傷つくのもいとわずに剣を振るってくる。

 しかし、マリアーヌにはなじみ深い剣術。

 スティーブンに比べると剣筋が甘い。力だけ強い剣など怖くもない。

 マリアーヌは相手の剣を受け流し、避けて、剣を振るい兵士の一人を倒す。

「こいつの娘だったわね。ちょうどいい、あの娘にとりついて」

 倒された兵士から、レイスがゆらゆらと離れるとマリアーヌに近づく。

「な、何なのですか! これは」

 マリアーヌが振るう剣はレイスに当たっているはずなのに、手応え無くすり抜ける。

「マリーちゃん、そいつに剣は通じないわ。逃げて!」

 エルシーの言葉もむなしく、レイスはマリアーヌの体に入り込んだ。


 暗い、暗い、闇の中。

 あなたは誰の夢を見る。

 あなたはだあれ?

 あなたはわたし。

 わたしはだあれ?

 わたしはあなた。


 あなたは何のために生まれてきた?

 わたくしはベンデルフォン家のため、領民のため生まれてきました。


 それなのにあなたは、自分のわがままで冒険者になったのですね。ベンデルフォン家のわたくしを捨てて。

 わたくしの夢。冒険者になることがいけないことなのですか?


 あなたが嫁ぐはずの鳥かごに、わたくしは閉じ込められる。自由なあなたを恨みながら。

 だったら、あなたも一緒に来ればいいではないですか。


 そうすれば、お父様の面目は丸つぶれ。お兄様たちの努力も丸つぶれ。ベンデルフォン家も丸つぶれ。

 わたくしはそんなつもりでは……。


 でも、あなたのわがままでそうなる。

 じゃあ、どうすれば……。


 眠りましょう。忘れましょう。いやなことは全て。

 眠る? 忘れる? 全てを?


 そう。あの冒険譚を読んだ夜のように。夢の中だけが自由で、楽しい世界。

 ああ、物語の、夢の中の冒険が始まる。


 そう、あなたが望んだ冒険の世界。さあ、勇者が待っている。

 勇者様?


 あなたはお姫様。あなたが望んだお姫様。

 わたくしが望んだ? お姫様?


 どうしたの? あなたは勇者と共に冒険に出るお姫様に憧れたのではないの?

 そう、確かに憧れた。あの冒険譚を読み漁った日々では……でも、今は……何かが引っかかる。


 さあ、冒険に出かけましょう。

 あれは誰だったのだろう?


 さあ、眠りなさい。

 わたくしは誰の隣に並んで居たかったのだろう。


 さあ、早く!

 ……誰だったの?


「マリーちゃん!!! しっかりして! 目を覚まして! みんなを守るのでしょう!」


 ……。

 そうだ! お姉様! エルシーお姉様! 物語の中の完璧な勇者じゃない。ドジで明るくて、優しいエルシーお姉様と一緒にいたい。あんな人は物語にも夢にもいない! わたくしは逃げない! わたくしは冒険者マリーですわ!


 いいの? あなたのわがままでベンデルフォン家は没落貴族になっても。

 わたくしのわがままごときでベンデルフォン家が没落するならば、そんな家は潰してしまえばいいのですわ。そして、わたくしが再建して差し上げます!


 優しく楽しい夢の中にいれば、楽になれるのに……。

 あなたはわたくし、わたくしはあなた。初めにそう言いましたわね。わたくしはもう、迷いませんわ。弱い自分もまとめて受け入れますわ。迷いも後悔も全てわたくしの糧にして生きていきます。だから、もう惑わされませんわよ!


 マリアーヌが目を覚ましたのはレイスにとりつかれて、ほとんど時間がたっていなかった。

 しかし、マリアーヌには長い、長い夢をみた気がした。

 ああ、柔らかい。

 マリアーヌは自分の体と心を支えてくれていたエルシーの体をぎゅっと抱きしめる。

「あ、マリーちゃん! 気がついた?」

「ありがとうございます、お姉様。わたくしはもう迷いませんわ! さあ、あの賊を退治しましょう!」

 マリアーヌは再度、剣を握りしめて立ち上がる。

 戦況的には不利。

 オルコットは敵の魔法を防ぐために、防御魔法を使うので精一杯だった。

 トリステン、スティーブンそしてモーリスもレイスにとりつかれた兵士の相手に押され気味だった。

 それに対して、敵は正規兵の技を持ち、力は人間離れ、疲れ知らず、そして数も多い。

 このままでは、わたくしたちは負けてしまうかもしれない。

 それなのにお姉様の表情には余裕が見える。

 その姿を見て、マリアーヌは理由のわからない安心感を持つ。

「おい、ドロンジョ。なんでお前は覆面なんてしているんだ?」

「きゃー!」

 覆面をした女魔法使いドロンジョのお尻を触っているサクヤがそこに居た。

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