第41話 駆け出し冒険者の親子の絆

 平和の鐘のメンバーが領主邸の前に着いた時、街の喧騒が嘘のように静かだった。

「わたしの思い違いだったみたいね」

「いえ、お姉様。おかしいですわ。見張りが誰もいませんもの」

「あ、確かに! ドアも開いているわ。入ってみましょうか」

 ドアを開けると、そこ広い玄関だった。馬車一台悠々入りそうなほどの広さ。壁際に置かれた花瓶もそのまま、特に乱れた様子は見られなかった。

 ただ、人気が無いだけ。

 その静けさが、逆に不気味だった。

 何者かが、隠れているのではないか。そんな疑惑を抱かせる空気。

「とりあえず、マリーちゃんの家族が無事か、確認をしましょう」

 エルシーは周りを気にしながら、提案をする。

 マリーはその提案にすぐに賛同できなかった。

 家族のことは気になる。

 しかし、市民を守ると大見得を切って出てきた。

 何をしに戻ってきたと、言われるのでは無いかとマリーは不安になる。

「マリーちゃん。どんなときだって、家族の安全を確認するのに理由はいらないのよ」

 マリアーヌはまた、エルシーに優しく背中を押される。

「そうよ。マリー、行きましょう。何もなければ、それでいいじゃない。何か言われたら、あたしが文句を言ってあげる」

 オルコットは名残惜しそうに、愛しの兄の背中から降りながら、エルシーの援護をする。

 マリアーヌはみんなの顔を見ると、トリステンも黙って頷く。

「そうですわね。行きましょう……こちらですわ」


「きゃー!!」

 近衛騎士が仲間であるはずの護衛兵に切りつけられて、パーティー会場の床を赤く濡らす。

「何者だ! お前たちは」

 そう叫んだのは主賓の一人である領主の弟ダニエル・ベンデルフォンだった。

 その言葉を待っていたように、覆面で顔を隠した女魔法使いは高らかに叫んだ。

 さあ、茶番の始まりね。

「我々はガタリナ貧民街解放戦線だ! 領主モーリス・ベンデルフォンの悪政に耐え切れず、このたび発起することにした! 我々貧民層からむしり取った税でこのような豪華絢爛なパーティーを開くモーリス・ベンデルフォンに正義の鉄槌を下しに来た!」

「貴様! 何を言っている。兄の施政に何の問題が……」

 何にもないわよ。あなたの筋書き通りのセルフでしょうが。女魔法使いは心の中で笑いをこらえながら、次のセリフを放つ。

「そこのギルド連中とつるんで我々弱い立場の人間から、法外な税を巻き上げているのですよ」

「兄上、本当ですか!?」

 ダニエルは兄モーリスに問いかける。

 嘘に決まっているでしょう。女魔法使いは笑いをこらえる。

「そんなことはない。その女の戯言だ」

「それは本当ですよね」

「本人が認めるわけがないでしょう。いいですよ。私たちは別に謝罪が欲しくて来たのではないのですから」

「では、何をしにこんなところに」

 ダニエルは兄モーリスの代わりに犯人の要求を聞き出そうとする。筋書き通りに。

「まず、金品を要求する。われわれ、貧民層から巻き上げた金を返してもらいましょう」

 これも報酬の一部なのよね。できる限りたくさん出してちょうだいね。女魔法使いは欲望を隠して要求する。

「貴様ら、馬脚を現したな。この強盗め!」

 貴族の一人が我が意を得たりと言わんばかりに、女魔法使いにビシッと指す。それは、婚約者候補の一人で、マリアーヌを狐狩りに誘った男性だった。

 お、ちょうどいい的がいるわね。女魔法使いは、ほくそ笑んだ。

「ファイアアロー」

「ぎゃー!」

 女魔法使いは男に向かって炎の矢を放つ。マリアーヌの婚約者候補の足に刺さると燃え上がり、男は床を転げ回る。

「きゃー!」

 貴族たちは悲鳴を上げて、トンズたちから逃げるように広い部屋の端へ逃げる。

 ギルマスはその流れに逆らって、足を押さえて呻いている男に近寄る。その途中でテーブルクロスを引き抜き、炎を鎮めると、止血をした。

「誰か死なないと、本気だとわかってもらえないのかしら? さあ、死人が出る前に出す物を出したほうがいいですよ」

 まあ、何人かは死んでいただきますけれどね。そうでないと契約違反になっちゃうからね。女魔法使いは言葉とは裏腹な思いを心でつぶやく。

「やめろ! 宝石などでいいか? 要求をのむから、ここにいる人々には手を出さないでもらおう」

 マリアーヌの父親モーリスは他の人々を守るように前に出る。

「じゃあ、早く金目の物を出しなさいよ」

 女魔法使いは大きな革袋をグッと差し出す。

「わかった。アイク、持ってきなさい」

 長男のアイクは貴族たちから宝石など金目の物を集めて回ると、女魔法使いに渡す。

 思ったよりも多いわね。さすがは貴族様。さて、最後の仕上げをしようかね。

 女魔法使いは革袋の中を確認すると、ニヤリと笑う。

「これで満足か? おまえたちも街のモンスターも引き上げてくれ」

「何を言っているの。これは生きている人々への代償。お前たちのせいで死んでいった人々の代償をもらおう」

「これ以上、何で償うのだ?」

「失った命に対して、おまえたちの命以外に何がある?」

 女魔法使いは部屋の端で震える貴族たちに手を向ける。

「やめろ! 彼らには手を出させない! 大事な娘と約束したのだ! ここは私が守ると」

 モーリスは女魔法使いの前に立ちはだかる。

 この人は殺すなって言われているのよね。しかし、邪魔だわね。少し脅せば、どくかしら? 女魔法使いはそんな目論みを立てた。

「いいわね。だったら、まずはあなたから殺してあげましょう」

 操られた兵士がモーリスの額に剣を向ける。

 モーリスは死を覚悟して目をとじたそのときだった。

「お父様!」

 愛しの末娘の声が聞こえる。喧嘩別れをしてしまった、大事な娘。

 まあ、死に際に聞くにはいいのかもしれない。モーリスは覚悟を決めた。

「わたくしの家族に手出しさせません!」

 金属のぶつかり合う音に目を開けると、そこには乱暴に髪を切った女の子の冒険者の背中が見える。

 剣を振るい、操られた兵士に斬りかかる。

「マリアーヌ、なんでお前がここに!」

「家族を助けるのに理由が必要ですか!?」

 振り返りもせず、マリアーヌは答える。

「スティーブン! 剣をくれ!」

「はい、ご主人様!」

 モーリスは剣を受け取ると、マリアーヌを庇うように剣を振るう。

「お父様!」

「娘に守られる父親がどこにいる! 領主なんていうのは、そもそもは地域で一番強い者がなっていたのだよ」

 似たもの親子じゃないの? オルコットは貴族の怪我を治療しながら考えていた。

「ああ、ああ、もう、面倒くさい! やっておしまい!」

 女魔法使いはトンズに命令する。

 それまでおとなしくしていたレイスに乗っ取られた兵士たちがトンズに従って、マリアーヌたちに襲いかかった。

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