第40話 駆け出し冒険者は領主邸へ向かう

 エルシーとトリステンは街を駆け巡りながら、冒険者たちに指示を出していく。命令ではなく、お願いという形を取って。

 命令をすれば、反発が出る。お願いをすれば、しょうがねえなと聞き入れてくれる。

 力のないエルシーのできる唯一の指示の出し方。

 そうして、ばらばらだった冒険者たちが各々の目的をもって動き出した。

 東の方で歓声が上がる。そして、西の方は静かなままだった。

「エルシー、東門は閉じたぞ。西門も抑えた」

 いつの間にか、隣に来ているサクヤにトリステンはドキっとする。神出鬼没なサクヤに慣れない。

「それで、アンデッドたちはどこに向かっているの?」

「それが、何処に向かっているっていうのはなさそうなのだ。規則なく、ウロウロしているみたいなんだよ」

「……じゃあ、逆にアンデッドが行かない場所はなかった?」

 サクヤは右の眉をクイッと上げて、しばらく考えた。

「比較的、南の方はいなかった。北門からなだれ込んでいるのがメインだからだと思っていたが、東門からも入ってきているのに、南にはほとんどいなかったな」

「街は陽動? 戦力を街に集めているとして、南で何かをしようとしている?」

「南というと……」

「領主邸ね」

「え!!」

 エルシーたちが話していて気が付いていなかったが、マリアーヌたちがそばに来ていた。

「お姉様、今の話はどういうことですか?」

「マリーちゃんたち、どうしてここへ?」

「また、魔力が切れかかったの。回復薬もなくなって、貰いに来たの」

 真っ青な顔をしているマリアーヌの代わりにオルコットが答える。

 街中を走り回った上に、ぎりぎりまで魔力を使い、オルコットに疲労が色濃く見える。

 トリステンが、エルシーのバッグから回復薬と共に水と食料も取り出す。

「お姉さま、モンスターが家の近くに少ないということは、お父様たちが安全だということではないのですか?」

「わからないわ。ただ、この騒動を起こした犯人の意図が見えないの。そうすると、逆に何もないところにこそ、犯人の動機があるのかもしれないわ。サクヤ、北門はアルとお蝶ちゃん抜きでもどうにかなりそう?」

「蝶子は抜けても大丈夫だが、ダンナは難しいな。ダンナがいるといないとでは、ほかの奴らの士気が段違いだからな」

 アルスロッドはあまり細かなことを考えられない、素直すぎる性格だ。裏表がないため、人から信頼を得やすく、その実力から周りの人々に勇気を与える。そのため、くせ者ぞろいのドラゴン騎士団のリーダーを務めていた。アルスロッドが言うならば……と意見を聞いてくれる冒険者は多い。全冒険者に通達したアルスロッドが前線から退く事のデメリットはエルシーが一番わかっていた。エルシーは少し考えると、サクヤに指示を出した。

「お蝶ちゃんとバードナに至急、領主邸に来るように言って。アルには北門が閉まったら、他の冒険者と一緒に、街に残ったアンデッドの殲滅をするように言ってちょうだい」

 サクヤはオッケーのウインクをするなり、消えてしまった。

「マリーちゃん。念のため、戻りましょう」

「はい!」

「ちょっと待って、少し休ませて」

 今回、一番の働きを見せたオルコットが疲れで悲鳴を上げる。

「ごめん、オルちゃん。頑張ったわね。トリ君とふたりで、休んでいて」

「いや! あたしも行く。すぐ回復するから、置いてかないで!」

 オルコットは無理に立ち上がろうして、ふらつく。

 それを見たトリステンは背を向けて、膝を折る。

「オル、来い」

 エルシーの言葉を否定するように、トリステンがおんぶの格好をする。

「え、お兄ちゃん。お兄ちゃんも疲れているでしょう」

「妹一人おんぶできなくて、なんの兄ちゃんだ。時間が惜しいから早くしろ」

 オルコットは恐る恐る、トリステンの背中に体重をかけると、ひょいっと立ち上がった。

 久しぶりのお兄ちゃんのおんぶ。小さい頃はよくしてくれたが、いつ以来だろうか?

 あの時は少し頼りなかった背中は、今はガッシリとして頼りになる背中に体重をかけるだけで気持ちが落ち着く。

「さあ、行こう」


 そんなエルシー達のやりとりの少し前。

「全冒険者に連絡する。たった今、ドラゴン騎士団は再結成された!」

 街から勇者の声が聞こえてくる。

「あら、せっかく一年かけて、解散までこぎつけたのにあっさりと再結成しちゃったのね」

 ワインレッドの魔法服を着た女性は、フードを深くかぶり直しながらため息交じりにつぶやくと、続けてアルスロッドの声が響き渡る。

「そして、勇者アルスロッドの名において全冒険者に連絡する。これより新生ドラゴン騎士団はエルシーの指揮のもとアンデッドどもを駆逐する!」

 魔法使いの女性は、隣にいる真っ黒なローブに身を包んだ男に話しかける

「やっぱり、あの牛乳娘を殺しておけばよかったわ」

「……」

「そうね。急がないと。さっさと依頼を終わらせて帰りましょう」

「……」

「どれくらい殺せばいいかって? 皆殺しが楽なのだけど、目撃者は必要だし、当の本人を殺しちゃせっかくここまで準備した計画が台無しになっちゃうから……一人でも死ねば、計画成功だけどそれじゃあ、面白くないでしょう。半分くらいでよくない? トンズ、さあ行きましょうか」

「……」

 トンズと呼ばれた男が何かつぶやくと、数体の輪郭のあいまいな黒い人型がふらふらと現れた。

 霊体モンスター、レイス。

 小さな声で話すトンズこそ、このアンデッド集団を作り出した死霊使い、つまりネクロマンサーなのだった。

「何者だ! ここを領主邸だ! 許可無き者は立ち去れ!」

 女魔法使いとトンズは正面玄関に立つ警備兵二人から呼び止められる。

 まるで、招待客のような気安さで門に近づく怪しげな容姿の二人を呼び止めるのは、警備兵としては当たり前の職務だった。

 特に街が混乱の絶頂の時に何事もないように近づいてくる顔を隠した二人組など、どう見ても怪しいの一言だった。

「あら、なかなか良さそうな傀儡じゃないですか?」

「……」

「な、何だ! これは!」

「もしかして、レイスか!?」

 トンズの命令でレイスが二人の護衛兵に近づく。護衛兵は剣が剣を振るうが、空を切る。

 ふわふわと幽霊そのもののレイスは護衛兵たちに近づくと、体に入り込んだ。

「や、やめろ! 俺の中から出ていけ!」

「た、助けてくれー!」

 護衛兵たちは自分の中に入り込んだレイスに必死で抵抗するように、身をよじり、手を振り回していた。

 その抵抗むなしく、しばらくすると、二人は大人しくなった。目に生気がなく。

「……」

 護衛兵たちは緩慢な動きでドアを開けると、不審者二人とともに中に入ってしまった。

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