第39話 駆け出し冒険者はドジっ子ポーターの実力を知る

 アンデッドをなぎ倒しながら、合流するアルスロッド。

「話ってなによ。この忙しい時に」

「ちょうど良かった、みんな居るな」

「すまねえ、ダンナ。ドロンジョだけは居場所がわからなかった」

「それはしょうがないよ。もしかしたらこの街にいないかもしれないし」

 アルスロッドは一番新しいメンバーの女魔法使いが欠けた元パーティメンバーを見回した。

「今日この場限りでいい。この騒動が収まるまでドラゴン騎士団を再結成しないか?」

「ちょっと、待ってくれ勇者さんよ。蝶子さんを連れて行かれてたら、ぼくらはどうするんだ」

「当然、君たちも含めた形でだ。この乱戦が続けば、そのうち、こちらは個別撃破されてしまう。ボクたちドラゴン騎士団が先頭に立って指揮しないと、この戦いは終わらない気がする」

 アルスロッドの提案に真っ先に賛成したのはエルシーだった。

「いいじゃないの? アルたちが指揮して戦えば、みんなの士気も上がるだろうし」

「良かった。エルシーが賛成してくれて。他の皆はどうだい?」

「うちのパーティも一緒だって言うなら、いいわよ。エルシーも良いって言うし」

「まあ、エルシーがいいって言うならオルコット君たちも参戦のだろう。それなら僕も手伝いましょう」

「よし、話はまとまった!」

「へ!? ちょっとまって! わたしたちもそのメンバーに入っているの?」

 エルシーは四人プラス神々の雷のメンバーで動くものだと勘違いして、素っ頓狂な声を上げる。

「何言っているんだ。君が最初に賛成してくれたじゃないか」

「いやいや、わたしたちはただのE級の冒険者よ。なんでA級と特級の混合パーティに加わるのよ」

「ああ、もう、時間がないから言っちまうが、ダンナは今、広域視野を無くしているんだよ」

 その言葉を聞いてエルシーは納得した。そしてアルスロッドの考えに気がついてしまった。

「ああああ、あんた! 何考えているの! バカじゃないの! 昔とは違うのよ!」

「仕方がないだろう。なくなっちゃったものは。ボクのせいじゃないだろう」

 エルシーとアルスロッドが言い争っている間、兄妹はお互いの師匠に話しかける。

「どういうことですか? 先生」

「どういうことなのですか? 師匠」

 頭にクエスチョンマークをつける弟子たちに、二人は同じ答えをする。

「エルシーの面白いところが見られるわよ」

「エルシーの珍しいところが見られるから」

 蝶子とバードナなニヤニヤしていると、エルシーが折れたようだった。

「分かった、わかったわよ。その代わり、どうなっても知らないわよ」

「安心しろ。責任はボクが取る。ボイス!」

 そう言うと、アルスロッドは一つ大きく息を吸った。

「全冒険者に連絡する。たった今、ドラゴン騎士団は再結成された!」

 街中に響き渡るアルスロッドの増幅された声に、あちらこちらから歓喜の声が上がる。

 最強の冒険者パーティ、ドラゴン騎士団が結成したのだ。ダンジョンで多くの冒険者の危機を助けたドラゴン騎士団。それは全冒険者の希望だった。

「そして、勇者アルスロッドの名において全冒険者に連絡する。これより新生ドラゴン騎士団はエルシーの指揮のもとアンデッドどもを駆逐する!」

 歓喜の声は驚きと戸惑いの声に変わる。

「ドラゴン騎士団に恩を感じている者が居るならば、エルシーの命令の元に動いてくれ!」

 アルスロッドの言葉に他の冒険者だけでなく平和の鐘のメンバーも驚きを隠せない。

 ただの運搬人であるエルシーが指揮をする。

 それも勇者パーティの指揮だけでも驚きなのに、全冒険者も含めて。

 そして、ドラゴン騎士団に助けられていない冒険者パーティなど、この街には、ほとんどいない。

 ドラゴン騎士団が唯一の特級になった理由のひとつ。冒険者としての功績以上に、他の冒険者パーティを何度も、そして長年、助けたことが大きい。

 そして、ほかの冒険者を助けることを主張して、アルスロッドたちに認めさせたのはエルシーだった。

 何の能力もないエルシーは、人からの助けがどれだけ重要か身にしみている。だからこそ人を助ける。

 特殊能力『情けは人のためならず』はエルシーの生き様そのものである。

 しかし、その事は他の冒険者たちは知らないのだった。すべてはリーダーであるアルスロッドの提案によるものだと誤解している。

 エルシーに対する他の冒険者の評価は、はたで見ていると面白いドジで明るい運搬人。

 勇者であるアルスロッドが、そのエルシーの指示に従えと言っているのだ。驚かないわけがない。

「広域視野。戦闘をしながらでも、全体を見通せる能力。アルスロッドは三年前にこの能力を身につけるまで、僕たちの戦闘指揮はエルシーがしていたのですよ」

「特に強敵からの撤退戦や誰かを守る防衛戦はエルシーが得意とするところよ」

 二人は懐かしそうにトリステンたちに説明してくれる。

「だから、守りのエルシー……」

「ははは、それを言っているのはバードナだけよ」

「ほら、そこ、喋っていなくてこっちきて」

 エルシーに呼ばれて、全員集合する。

 エルシーの命令の最優先事項。自分を守れ。次に市民を守れ。最後にモンスターを倒せ。

「現在、北と東の門が破られて、そこからモンスターが流れ込んでいる」

 サクヤは街中を走り回って集めた情報を、エルシーに報告する。

「ということは、西門は今のところ大丈夫ってことね。そうだとすると」

「ああ、そうだな」

「西門は罠ね。二つの門のどちらかを閉めて、士気が上がったところで、西門から新たな軍勢が入り込んで心を折る。西門から逃げ出そうとしても、外にいるモンスターに襲われるっていう寸法ね。西の門に魔法使いを配置してちょうだい。門に爆破魔法が仕掛けられているから解除して、門を守らせて。あと、教会は開放しているわよね」

「ああ、教会は救助施設になっている。西門の件は任されたよ」

 バードナは『神々の雷』の魔法使いの男と一緒に西門へ向かう。

「アル、お蝶ちゃん、まず東門を閉じたあと、全勢力で北門を閉じるわよ」

「了解!」

「エルシーさん! 力になりに来ました」

 アルスロッドたちに指示を出している時に、竜人もどきボルが闇の狩人のメンバーと一緒に現れた。

 先ほどの勇者の宣言を聞いて、やってきたのだ。

「オルちゃんと一緒に市民の救助をお願いします。薬を渡すから、西門から北門へ回るように移動して」

 そう言って、大量の回復薬と聖水を渡す。

「オルちゃん、任したわよ。マリーとスティーブンさんはオルちゃんの護衛と救助の補助をお願いします」

 エルシーは闇の狩人のメンバーと共にけが人がいないか、声をかけながらけが人を探す。

「サクヤ、情報を集めて」

「はいよ。どんな情報が欲しい?」

「今回の件は状況から見て、誰かが仕組んだ騒動よ」

「ああ、そうだな。首謀者を探すか?」

「いえ、『誰か』は、今はいいわ。『何のため』が知りたいわ。こんな騒動を起こした理由を潰すわよ」

「エルシーらしいな。分かった。まかしとけ。全てのヒップにかけて、情報を集めて来てやる」

 サクヤはそう言うが早いか、姿を消した。

「じゃあ、トリ君。申し訳ないけど、私に付き合って」

「う、うん」

 アルスロッドからドラゴン騎士団再結成の話を聞いてから今まで、唖然としていたトリステンは声をかけられて我に返る。

 エル姉ちゃんがドラゴン騎士団だけでなく、全冒険者の指揮をする。

 何の夢だろか?

 そういえば、俺たちが戦っているときも、エル姉ちゃんは常に声をかけていてくれた。

 俺たちが気づいていなかっただけ。いや、リーダーである俺に気を使って、そうと気づかせないようにしていた。

 でも、リーダーは俺だ。パーティの方向性決め、指揮をするのは俺の役割だ。

『これからも君に勇気があれば、エルシーは君たちにとって大きな力になるだろう』

 勇者アルスロッドの言葉が蘇る。

 そのときは『勇気』の意味がわからなかった。

 自分が弱いと認める『勇気』。

 そして、エル姉ちゃんを、人を認める『勇気』。

 アルスロッドはその勇気を持っていたからこそ、勇者と呼ばれるようになったのだろうか。トリステンはアルスロッドと話した内容を思い出す。

「エル姉ちゃん!」

「なに?」

「俺もエル姉ちゃんみたいになる。そして、エル姉ちゃんを守れるくらい強くなる!」

「うん。トリ君が強いのは知っているよ。お願いだから守ってね」

 あの勇者から頼られているにもかかわらず、自分を弱いと認めて、素直に他人に助けを求められるエルシーを見てトリステンは思った。

 ああ、なんかこの人には一生勝てない気がしてきた。

 トリステンは思わず今の状況を忘れて、笑みがこぼれる。

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