第38話 駆け出し冒険者のもとに勇者パーティが集まる
「てめぇらにこの街を好きにさせるか!」
そう叫んでいたのはゾーゲン親方だった。花火大会の準備のため、街に出ていた。
鍛冶仕事で鍛え上げた肉体を武器にアンデッド達を殴りつける。
しかし、多勢に無勢、ゾーゲンはアンデッド達に囲まれていた。
二匹のゾンビにかみつかれる。そして、取り囲んでいるスケルトンナイト達が剣を振りかぶっていた。
「ここまでか……」
ゾーゲンは諦めかけたそのときだった。
「させるか!」
気合いと共に真っ黒い両刃剣が飛んできて、ゾーゲンを取り囲むスケルトンナイトやゾンビ達の首をはねていった。
「親方! 大丈夫ですか!」
「坊主……」
トリステンが駆け寄る。ゾーゲンを助けるために投げた剣は、ゾーゲンが鍛えた黒龍の剣。
ゾーゲンは子供にかっこ悪いところは見せられないと言わんばかりにゾンビを引き離し、放り投げる。
「オル! 治療を!」
オルコットが駆け寄って、治療をはじめる。
「すまんな。しかし、本当に武器を投げやがって」
「え! あ、ああ、そう言えばそんな話していましたね。無我夢中で忘れていました。あははは」
トリステンはゾーゲンの言葉に初めて、鍛冶場でゾーゲンに答えた事を思い出して笑った。
「がっはははっは! そうか、そうか、無我夢中でか、ワシの見る目は間違っていなかったな」
ゾーゲンは治療を受けながら、嬉しそうに大笑いした。
「坊主、投げた剣はそこの壁に刺さっているぞ。武器は使ってなんぼじゃが、無駄にはするなよ」
そう言って指さした先には石壁に刺さった真っ黒い剣があった。
「あ! よかった~エル姉ちゃんが初めて買ってくれた大事な剣だったんだ」
トリステンは嬉しそうに剣を取りに行く。
「ワシが鍛えた剣よりも、黒龍の剣よりも、三百万マルの剣よりも、エルシーがプレゼントしたのが気になるのか。ワシもまだまだ、修行が足りんのう」
ゾーゲンはこののち、この日のことを糧に刀鍛冶の最高位、剣刀聖鍛冶師に上り詰め、数々の冒険者から頼られる存在となるのはまだ先の話だった。
「おばちゃん! しっかりして!」
子供たちの声が聞こえる。
エルシーたちがその声をする方に、近寄ると屋台の影に座り込む、はしまき屋のおばちゃんがいた。
そのおばちゃんにつきそう男の子。
お祭りでエルシーに水をかけていた男の子の一人だった。
「トム、大丈夫?」
「え、エル姉ちゃん! 僕は大丈夫だけど、ケイトおばちゃんが!」
「私は大丈夫よ、エルシー。トムを連れて逃げて」
ケイトは苦しそうな声でトムをエルシーに預けようとする。
「おばちゃん、傷を見せて! オルちゃんお願い」
エルシーは熱くなっているケイトの体を確認すると、背中に大きな引っかき傷を見つける。
傷口から広範囲で青紫色に変色していた。ゾンビ毒がかなり回っている。このままでは、すぐにでもゾンビになってしまいそうだった。
それは一緒に見ていたオルコットにもすぐわかった。すぐ傷口に魔法をかけて、ゾンビ毒を中和しようとする。
「オルちゃん、待って! 魔力切れを起こしているわ」
大粒の汗がまるで雨のように額から流れ、顔色が真っ青のオルコットを止める。
魔力切れの症状。このままではオルコットの方が倒れてしまう。
「でも、早くしないと……」
エルシーの言葉を無視してオルコットは魔法を使う。
そんなオルコットを止めるように、魔力回復薬を差し出す。
「これを飲んで少し休んで! 今、オルちゃんが倒れたら、このさき助けられるはずの何人もの人が犠牲になるのよ」
「でも、でも……」
オルコットは汗を振り払うように頭を横に振る。
「だめ!」
「そうですよ。冒険者はまず、自分が生き残ることを優先するべきです。特に回復役が倒れるのは最後ですよ。何度も教えたでしょう。さあ、ここは僕に任せなさい」
エルシーの言葉に賛同するように、オルコットの肩を掴んで、エルシーの方へ優しくそっと押し出す。
「師匠……」
オルコットには滲んだバードナが見えた。
来てくれた。自分が足元にも及ばない魔法使いにして神父で賢者。師匠が来てくれたなら百人力。
オルコットは落ち着いて、エルシーから渡された魔力回復薬を飲み、どかんと座り込んで回復を図る。
「エル姉ちゃん。食べ物と水もちょうだい。師匠には無様な姿は見せられないわよ」
「それでこそ、オルちゃん! 保存食だから味は勘弁してね」
オルコットが必死で薬、食べ物と水を体に入れている間、バードナは治療を終えていた。
「エルシー、治療は終わったよ」
「おばちゃん、立てる? トムも手伝って」
エルシーはケイトに肩を貸して立ち上がらせる。その反対でトムも体を支える。
小さなトムの体には、ケイトは大きかった。
「代わりますわ」
男の子の代わりに、はしまき屋のおばちゃんの体を支えるマリアーヌ。
「お嬢ちゃん、来てくれたのだね」
「約束しましたから、また来ると……さあ、行きますわよ」
エルシーの指示で、トムが近くの家のドアを叩く。家の中に人の気配はするが、ドアが開く気配はなかった。
「エマさん! エルシーです。開けてくれませんか!? ケイトおばちゃんが怪我をしたのです」
エルシーの言葉に慎重にドアが開く。
ドアの中から、三十過ぎの女性が恐る恐る顔をのぞかせる。
「エルシー! 大丈夫だったの!」
「わたしは大丈夫だけど、おばちゃんをお願いしていいですか? 治療は終わっているので」
「いいわよ。任せて、そっちの子も?」
「ふたりともお願いします」
「わかったわ」
エルシーたちは二人をエマに預けると、みんなのところに戻ってくるとバードナが渋い顔をしていた。
「エルシー、もしかして僕の武器を持ってきている?」
「そりゃあ、持ってきているけど、なんで?」
「ほら、僕も武器が必要かなと思ってね」
そう言ってバードナが指さした先に、何十体のアンデッドたちがこちらに向かって来ていた。
エルシーは慌てて、バードナが昔使っていた両手持ちの大ハンマーを取り出した。
「バードナ、魔力は回復の方に回せるようにしといて! 市民の救助が最優先よ」
「わかったよ。守りのエルシー」
バードナは懐かしい自分のハンマーの感覚を、取り戻すように軽く振り回す。
「ちょっと危ないから、僕から距離を取っておいてくださいね」
バードナは疲れているトリステンたち三人に注意する。
「さて、久しぶりに暴れますかね」
「大丈夫なのですか? バードナさん」
トリステンは肩で息をしながら魔法使いに問いかける。
「久しぶりですし、数は多いですが……まあ、どうにかなるでしょう」
大ハンマーを持ったゾンビ顔の大男が一歩踏み出したとき、一匹の蝶がアンデッドたちの頭の上を舞った。
道路の左右にある建物の壁を、何度も蹴って行き来する。
そして、その度にアンデッドたちが次々と倒れていった。
「蝶子先生!」
トリステンは壁から壁に飛びながら、こちらに向かってくる蝶子に声をかける。
「あら、トリステン君こんなところにいたの? あ、ちょうど良かった。バードナ。スケルトンはあんたにまかせたわよ。骨好きでしょう」
ゾンビたちは切り刻まれて、地面でもぞもぞと動いているが、スケルトンは再度組みあがって、立ち上がっていた。
「僕を犬みたいに言わないでくださいよ。ハンマーとスケルトンの相性がいいだけでしょうが! それじゃあ、ゾンビは任せましたよ」
「はい、はい。任せといて」
蝶子とバードナを含めた五人が大暴れしてアンデッドたちを次々と倒していると『神々の雷』のメンバーが合流してきた。
「蝶子さん、速すぎますよ」
アランはパーティの代表として注意をしながら参戦する。
「ごめんなさい。ちょっとこっちに大群が見えたから」
「まあ、いいですけど……しかし、数が多いですね」
「そうね。終わりが見えないのがね。このまま、個別で動いているとジリ貧じゃないの?」
「そこで、ダンナからの提案なんですがね」
「きゃ!」
そこには『神々の雷』の女僧侶のお尻を触りながら、盗賊サクヤが急に現れた。
お尻を触られた女僧侶は一瞬悲鳴を上げたが、サクヤの顔を見たとたん、嬉しそうな顔に変わる。
「アルスロッドの提案って?」
「アルスロッドの提案というのは?」
蝶子とバードナの声が重なり、お互いを睨みつける。
「はいはい、ふたりとも喧嘩しないの。とりあえずサクヤ話を聞きましょう」
エルシーの言葉に、サクヤに振り返る。
「ダンナもすぐに来るから、直接聞いてもらったほうがいいかな?」
「ああ、いたいた」
サクヤが言い終わるよりも早く、勇者アルスロッドが現れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます