第37話 駆け出し冒険者はモンスターが暴れる街に出る

 エルシーたちが領主邸から出たときには、街はモンスターと市民と混乱が渦巻いていた。

 肉は腐れて異臭を放つゾンビ。ところどころ内臓や脳、骨が現れたまま、人々を襲っている。

 そして、骨だけの姿で武器を持つスケルトン。動きの遅いゾンビを補助するかのように武器を振り回す。

 人々は悲鳴を上げて逃げ惑い、近くの家の助けを求めてドアを叩いていた。

 かろうじて、冒険者らしき人たちがモンスターに立ち向かおうとしているが、お祭りのために満足な装備をしておらず、近くの椅子や包丁で対抗していた。

「ひどいわね。このままでは私たちも満足に動けないわね。まず、装備を取りに家に戻るわよ。マリーちゃん、スティーブンさん家まで露払いをお願いします」

「分かりましたわ」

「了解しました」

 まずは真っ直ぐ家へと向かい始めた。

「エル姉ちゃん、あたし魔法は使えるよ」

「オルちゃんは攻撃に魔法を使うのは控えて、最後はオルちゃんたちの魔法頼りになるから」

「え、どういうこと?」

「あ、ちょっと待って。みんな、家に入って鍵をかけてねー。武器を持ってない冒険者はまず、装備を調えてからよ。無理をしないで」


 マリアーヌとスティーブンが先頭になり、家へと急ぐ。

 その道でエルシーは街の人々や冒険者に声をかけながら走る。

 ただ悲痛にならないよう、真剣に力づけるように声をかけていく。

 どのくらいのアンデッドモンスターが街に入り混んでいるかはわからない。しかし、すでに家に帰る道だけでそれなりの数のモンスターに出会った。

 この様子からすると街中にアンデッドがあふれているに違いなかった。

 気持ちだけが焦る中、トリステンはなぜかエルシーが人々に声をかけているのを聞いて思った。これまでどれだけの危ない場面を乗り越えてきたのだろうか、エル姉ちゃんは。

 取り乱すわけでもなく、呆然とするでもなく、あたりに気を使いながら冷静に進んでいく。

「良かった。家は無事ね。さあ、急いで準備するわよ」

 エルシーはみんなが家に入ると、まず鍵をかける。


「マリーちゃん、ふたりの準備を手伝って。スティーブンさんは、わたしの手伝いをお願いします」

 トリステンとオルコットは自分の防具と武器を身に付ける。

「マリー、サイズは違うかもしれないけど、あたしの防具を身につけて」

 オルコットは自分の予備用の防具をマリーに付ける。無いよりはマシ。しかし、この非常事態で少しでもリスクを下げるためにできることをする。オルコットも冒険者としての考えが身についてきていた。

 その頃、エルシーとスティーブンは物置に来ていた。

 そこには古い武具がいくつも置かれていた。

「これは?」

「アルたちの古い武器なの。なんとなく捨てられなくて……十分使えるはずだからこれをリュックに入れてください。まだ武器を持っていない冒険者に渡すので」

「わかりました。でも、そのリュックに入りますか?」

「大丈夫ですよ。わたしがうまい具合に入れますから」

 エルシーのリュックが魔具であることは、スティーブンには言っていなかった。そしてそれを今、説明する時間も惜しかった。

 その意をくんだのかスティーブンが運ぶ武器を、エルシーはどんどんリュックにつめていた。

 詰め終わったエルシーたちはリビングに戻ると、準備ができたトリステンたちが待っていた。

「これから街に出て、わたしたちの役目を果たします」

「それはわかっています。早く行きましょう」

「マリーちゃん。落ち着いて。わたしたち平和の鐘の役割は、アンデットモンスターを倒すことじゃないからね」

「え! じゃあ、なにするんだ?」

 トリステンはアンデッドを倒して市民を救うものだと思っていた。

 それはオルコットもマリアーヌも、そう思っていた。

「市民を助けるのがわたしたちの役目。モンスターを倒すのはもっとランクが上の冒険者たちに任せればいいの。ゾンビ毒は受けてから二時間以上たつと、ゾンビになるのよ。そうならないように、オルコットちゃんのホーリーか、聖水で毒を中和させるしかないのよ」

「だから、さっき魔法を控えるようにって」

「そう。あと、傷をうけたらすぐに言ってね。まずは自分たちの体を一番に。そうでないと助けられる人も助けられなくなるわよ」

「わかった」

 オルコットは緊張してうなずく。今回の作戦の中心が自分になる。そう言われているようなものなのだ。

「オルちゃん以外はオルちゃんを守ることを最優先、その次に自分と市民の安全を優先して。いいわね」

 三人は黙ってうなずく。

「最後に、ゾンビもスケルトンも、切り離しても動くから気を付けて。ただしゾンビに関しては手足を切ればその場から動けなくなるから、攻撃するときはそのように対処してね。それじゃあ、行きましょう」

 五人は家の外に出ると、そこには溢れるアンデッド。

 それを見てマリアーヌはひとつ息をする。腐った肉と血の匂いが漂ってくる。

 一瞬、外に出るのを躊躇する。

「マリーちゃん、行きましょう。みんなを救うって決めたのでしょう」

 エルシーがそっとマリアーヌの背中を押す。

 暖かく、柔らかく、力強い手。

「はい、お姉様!」

 マリアーヌは踏み出した。

 剣を構え、市民を守るオルコットを守る。それが、今のマリアーヌのできること。

 エルシーが市民に声をかけて回る。

 どうして? 混乱して不安な市民たちがエルシーの言葉に従うのか? 市民たちだけではない。悪態をつきながらも、冒険者たちは話を聞く。

 悲痛でなく、落ち着いて。騒ぐでもなく、明るく。みんなに話すのではなく、名前で話しかける。

 あの時にわたくしに話しかけてくれたお姉様の声。わたくしの心はあの時に……マリアーヌは思いにふける。

「マリーちゃん、気を抜かないで」

「はい! 怪我をした方は声をかけてください! ゾンビから受けた傷は毒を含んでいますが、すぐに治療すれば大丈夫です。怪我をした人はいませんか?」

 一人でも多く助ける。そのためにベンデルフォンの名前を捨てたのだから。

 マリアーヌはオルコットを助けることにより、市民を助ける。オルコットを助けるためにアンデッドに剣を振るう。わたくしはわたくしの進む道を突き進むのみ。

 平和の鐘のメンバーは次々、けが人を救助していった。

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