第36話 駆け出し冒険者の戦う理由
その音に花火が始まったのかと、そこに居た者たちは思った。
しかし、明らかに音が違っていた上に、地響きが伝わってくる。
「何事か!」
「わかりません。直ちに調査に向かいます!」
パーティー会場の貴族たちにも異変が伝わり、動揺が走る。
「皆さま、ご安心ください。この屋敷は騎士団が護衛しております。この中にいれば、何があろうと安全です。皆さま、このままパーティーをお楽しみください」
領主らしく、人を安心させる落ち着いた声で、会場を大人しくさせる。
「エル姉ちゃん、何があったのかな」
「わたしもわからないけど、何か嫌な予感がするわ」
すでにエルシーたちのことは無視して、騎士たちは状況の把握と、護衛の強化に勤しんでいた。
「申し上げます! 先程の爆発音は東の城門が爆破された音です。そこから、百体単位のアンデッドが侵入して、市民を攻撃しております! 現在、街は混乱に包まれております。また、一部火の手が上がっている様子です」
何でアンデッドが街へ?
理由はわからない。けれども、街のみんなが危険だということだけは、マリアーヌにもわかった。
「お父様、騎士団を街へ」
「それはならん。ここに集まっているのは、重要人物たちだ。彼らに万が一のことがあっては、大変なことになる」
「では、みんなは……街の人々はどうなるのですか! いつもお父様は領民のことを考えて行動しろと言われました。それなのに、街のみんなを見捨てるのですか!?」
「……」
マリアーヌは返事をしない父親を見て、膝から崩れ落ちる。
その隣に一人の男が近づいて来た。
その男はギルドマスターだった。
「申し訳ありませんが、話は聞かせていただきました。騎士団が動かせないということであれば、緊急冒険者招集を行ってもよろしいでしょうか?」
緊急冒険者招集とは自由に活動する冒険者たちの義務の一つ。災害など不測の事態が生じた時、ギルドからの命令で冒険者を強制的に任務に従事させることである。その権限は領主承認の元、ギルドマスターが発令する。
滅多なことでは発令されない。特別な命令であった。
「わかった。全ての冒険者ギルドに承認をする」
領主の言葉にギルドマスターはテラスへ出た。
すでに薄暗くなっている街はところどころ、煙が上がっており、悲鳴や叫び声も遠くに聞こえていた。
「全ての冒険者に告ぐ! 全冒険者ギルドを代表して緊急冒険者招集を発令する。市民を守り、アンデッドどもを駆逐せよ!」
魔法で拡張された声が、混乱と悲鳴が上がる街中に響き渡った。
その声に押されるように、マリアーヌは自らの意思で立ち上がった。
「……お父様たちは、ここを守ってください。わたくしはわたくしの使命を果たしてきます。スティーブン!」
「はい。お嬢様」
いつのまにか、スティーブンはマリアーヌの剣を手に、控えていた。それを受け取ると、先程のギルドマスターと同じようにテラスへ出て剣を掲げる。
「わたくし、領主モーリス・ベンデルフォンが五女、マリアーヌ・ベンデルフォンが皆様にお願いします。市民の皆様は落ち着いて、そして助け合って、近くの建物に避難してください。冒険者の皆様、この街を、市民の皆様をどうか助けてください。わたくしも皆様と一緒に戦います。どうか力を貸してください。お願いします」
「マリアーヌ! なんてことを! お前はここに残るのだ!」
マリアーヌの父親は激昂して止めようとする。これまでは父親に逆らったことのないマリアーヌは、今初めて、真っ直ぐに自分の意思をぶつける。
「お父様! 我々貴族は領民を守る義務があります。わたくしはベンデルフォン家の一人として、領民を守って来ます」
「だめだ、だめだ、だめだ! お前をそんな危険なところには行かせられない!」
「お父様。残念ながら、先ほどお父様承認のもと、全ての冒険者に招集命令が発せられました。わたくしも冒険者です。戦う義務がございます。それでもまだ、止めるというのであれば、このマリアーヌ・ベンデルフォンは今日、この場限りで、ひとりの冒険者マリーとして生きていきます」
マリアーヌはその美しく、長い髪をバッサリと切り捨てた。
それだけではなく、豪華なティアラも投げ捨て、美しく縫い上げられたドレスも動きやすいように切り裂いた。
その所業にあちらこちらから悲鳴が上がる。
「さあ、皆さん行きましょう」
「お嬢様。私は領主様に雇われている身です。領主様の意に反して行動は出来ません」
「そうだ、スティーブン! あの娘を止めてくれ!」
必死で我が娘を止めようとスティーブンに命令する父親。
「わかりました……」
そう言ってマリアーヌはスティーブンを置いて、エルシーたちと立ち去ろうとした、その時。
「ご主人様。私スティーブン・ハミルトンは一身上の都合により、お暇をいただきます!」
「スティーブン! 貴様!」
「これで私もただの一個人です。それでは街へ急ぎましょう。お嬢様」
「スティーブン……」
自らも剣を持ち、マリアーヌに付き従う執事。
止められると思っていた。良くてここで別れるものだと。マリアーヌは自分の行動に理解を示してくれる人がいる。それだけで心強かった。
平和の鐘のメンバー五人が、街に向かうべく部屋を出るのを遮る騎士たちがいた。
「お前たち……」
スティーブンが威嚇するように目を細める。
邪魔をするならば一戦を交える覚悟が、体からにじみ出ていた。
騎士の一人が剣先を天井に向け、胸元に掲げた。
「全員! 元近衛騎士団隊長スティーブン・ハミルトン殿に敬礼!」
号令一下、騎士たち全てが同じように剣を構えて敬礼をする。
「隊長、お嬢様と街をお願いします」
「お前たち……」
そこにはもう、平和の鐘のメンバーを止められる者はいなかった。
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