第35話 駆け出し冒険者は領主邸に忍び込む

「エル姉ちゃん、本当に開いてないの? ちょっと変わってみて」

 あと一時間もしないうちに花火が始まる時間。トリステンたちは東の裏口に来ていた。

 スティーブンから見回りの時間なども聞いており、あと十分はここには誰も来ないはずなのだ。

 開いているはずの裏口が開いておらず、焦るエルシーに変わってトリステンがドアに手をかける。

 しかし、ドアの鍵は開いていなかった。

「どうしたのだろう? スティーブンさんに限って忘れたってわけじゃないでしょう」

「まさか~わたし、じゃないんだから」

 あ、自分で言っちゃうんだ、と心の中でつぶやくオルコットだった。

「あんまり、ここでうろうろしているとまずいから、中に入ろうよ」

「中に入るもの何も、カギがかかっているから困っているのだろう」

「お兄ちゃん。これ、なーんだ」

 オルコットは袖をまくって腕輪を見せる。

 開錠の魔具。魔法で鍵を開けてしまう道具。

 オルコットが魔法を使うと、カチリと鍵の開く音がした。

「開いたから、中で待ってよう」

 オルコットはまるで、友達の家のようにドアを開けて中に入る。

 裏口ながらも、床にはふかふかの絨毯。ところどころ絵が飾っており、場違いな感じがする。

 トリステンはそわそわしながら待っていたが、スティーブンが現れる気配がなかった。

「ねえ、エル姉ちゃん。マリーたちのパーティーってどんなのか見たくない?」

「何言っているの、オルちゃん」

 エルシーは真剣な顔でオルコットをじっと見る。

「興味あるに決まっているじゃない。きっとマリーちゃん、可愛いよね」

「でしょう。ちょっと見に行ってみない? スティーブンさんがこっちに向かってきていたら、すれ違うはずだし」

「ダメに決まっているだろう。ここで待たないと」

「じゃあ、お兄ちゃん。ここで待っていてよ。エル姉ちゃんとふたりでちょっと見てくるから」

 オルコットはエルシーの手をとって屋敷の奥に行こうとする。

 トリステンは慌てて、二人を追いかける。

 一階からメイドが追加の料理やお酒を持って階段を上がっていく。

 それに付いてエルシーたちは上がっていくと、四階のあるドアをメイド達は忙しそうに入って行く。

 部屋の外から、邪魔にならないよう中を覗くとそこにはオルコットが絵本で見た世界がそこにあった。

 周りには美しい花々と料理、美しく着飾った男女が中央で華麗に踊る。

 美しいおとぎの世界。

「はぁ~」

 オルコットは思わず吐息が漏れる。

「なんだ! お前たちは!」

 部屋の中を覗いていた三人に厳しい声をかけられる。

 後ろを振り向くと全身を金属の鎧に包んだ騎士が剣を手に立っていた。

「あ、いや、俺たちは怪しいものじゃないですよ」

「マリーの冒険者仲間で」

「ちょっと、落ち着いて」

 エルシーが両方の手のひらを前にして、騎士に近寄ろうとすると、いつものように足を引っ掛けた。

「あ!」

 エルシーは騎士を押し倒すように倒れてしまった。

「曲者だ! 誰か来てくれ!」

「ちょっと、待って! 怪しいものじゃないのよ」

「うるさい! 黙れ! 怪しい奴ほどそういうものだ」

「確かにそうかもね」

 倒れたまま、騎士につかまったままのエルシーは、それもそうだと納得する。

「エル姉ちゃんを離して!」

「不審者を逃がしては、近衛騎士団は務まらないのだよ」

 いつの間にか集まった騎士たちに、オルコットもトリステンも床に押し倒されていた。

 それを見たメイドたちが、驚きの声を上げる。

「何事だ、騒がしい」

「サイモン様、不審者でございます」

 部屋の中から現れたのはマリアーヌの二番目の兄サイモンだった。今日の警備を取り仕切っている関係、すぐに様子を見に来たのだった。

「今は重要なパーティーの最中だ。とりあえず牢に入れておけ」

 雰囲気がマリアーヌに似た男はそう言うと、部屋に戻ろうとした。

「無断で入ったのは謝ります。でも、わたしたちマリーちゃんを訪ねて来たのです」

「そうです。マリーに会わせてくれたら、誤解だってわかってくれます」

 エルシーたちは、誤解を解こうと必死で悔い下がるも、サイモンは冷たい口調で答えた。

「本日のパーティー参加者にマリーという名前の人間はいない。嘘をつくならもう少しましなウソをつけ」

「いやいや、ちょっと待って、マリーちゃんはいるはずよ」

「そうよ。あたしたち約束したのだから」

「ちょっと待って、二人ともマリーは愛称だろう。本名は……あ、何だったけ?」

「あれよ、あれ」

「そうそう。マリーアントワネットじゃなくって……何だったけ?」

 慌てているためか三人はマリアーヌの名前が出てこない。

 深いため息をつくサイモンは、かわいそうな者を見る目で三人を見下ろしていた。

「マリアーヌ様でございますよ。三人とも」

 助け舟を出したのは、マリアーヌの剣にして、執事のスティーブンだった。

「スティーブン。この者たちを知っているのか?」

「はい。サイモン様。マリアーヌ様の冒険者仲間の方々です。どうか、拘束を解いていただけないでしょうか?」

「スティーブンがそういうのならば、仕方がない。おい!」

 サイモンの言葉に自由になる三人。

 領主の息子が素直に意見を聞き入れるとは、スティーブンさんってただの執事じゃないのだろうか? トリステンは不思議に思った。

 しかし、解放されたのはありがたかった。

「皆さん、どこからお入りになったのですか? 西の裏口で待っていたのですが……」

「え、裏口から入ったわよ」

「おかしいですね」

 首をかしげる二人。しかし、トリステンは気が付いていた。自分たちが入ってきたのは東の裏口であり、スティーブンが待っていたであろう裏口は西だったことに。

 完全に不法侵入。

 ここは黙っておいた方が、ことを荒立てずに済むと判断したトリステンは黙秘を貫いた。

「マリアーヌ、これはどういうことだ! 今日はお前の婚約者候補と会う大事なパーティーだと、言われていただろう! そこに冒険者仲間を呼ぶとは何事だ」

「お、お姉さまたち……スティーブン、今日はお帰り願う様に言っていたではないですか」

「申し訳ありません。お嬢様」

 パーティー会場から出てきたマリアーヌはおとぎ話に出てくるお姫様そのものだった。

「……きれい」

 オルコットはため息交じりに呟き、自分の服装を改めて見直した。

 マリアーヌは貴族だ。その家に行くのにそれなりの格好をしたつもりだった。

 しかし、今のマリアーヌの姿を見ると、自分たちの格好もエルシーが初めに着ていた普段着も、大した差が無いように感じて恥ずかしくなった。

 たかだか田舎娘のお出かけ着。

 オルコットは一刻も早く、この場から立ち去りたい衝動に駆られる。

「皆さん、ごめんなさい。事情が変わってしまって、一緒に花火を見ることはできなくなりました。申し訳ありませんが、お引き取り願いますよう、お願いいたします」

 マリアーヌが姿勢を正しくして、頭を下げる。

「マリー、どういうことだ?」

 そう言ってマリアーヌに説明を求めるトリステンに、エルシーは黙って首を振る。

「わかったわ、マリーちゃん。明日はお祭り明けでお休みだから、明後日にギルドで会いましょう」

 マリアーヌは黙って頭を下げたままだった。三人と顔を合わせないために。

「悪いが、娘は危険な冒険者などはやめさせる。君たちとは今日限りだ」

「お父様……」

 マリアーヌの後ろから、領主モーリス・ベンデルフォンが現れた。

「マリアーヌは施政者の娘として、今回、来場してもらっている貴族のもとへ嫁ぐことになっている」

「それは、マリーが望んだことなのか?」

 トリステンが一番気になっていることをまっすぐに尋ねる。

「娘の意思は関係ない。ベンデルフォン家の女として生まれた者の義務だ。他の貴族との絆となり、君たち領民のたえに嫁いでいくのだ。わかったら、帰りたまえ。そして二度と娘に近づかないでもらおう」

「それでいいのかよ。マリー! 俺は、俺たちはマリーの気持ちが聞きたい」

 マリアーヌが望んでいるならば、喜んで別れよう。そうでないのならば……トリステンはマリアーヌの言葉を待っていた。

「わたくしは……」

 その時、屋敷の外で響く大きな爆発音が、マリアーヌの言葉を遮った。

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