第33話 駆け出し冒険者のお出かけ服

「お姉さまたちと連絡が取れないのですか?」

「すみません、お嬢様。朝早くから祭りに行っているようで、家にいらっしゃいませんでした。街中を探すにしても、時間が足りませんでした」

 スティーブンは申し訳なさそうに、自室で机に向かっているマリアーヌに報告する。

「明日の準備もありますからね。仕方がありません。お姉様たちには申し訳ありませんが、明日、裏口に来た時に事情を話すしかありませんね」

「申し訳ありません」

 ごめんなさい、みんな。説明と謝罪は今度ゆっくりとさせていただきますわ。

 マリアーヌは婚約者候補たちの資料を読みながら、心の中で謝罪をしていた。


 お祭り最終日、今日も晴天だった。

 燦々と振り注ぐ初夏の太陽光。山から流れてくる涼しい風。あっちこっちから、美味しそうな匂いが流れてくる屋台。

 このまま夜になれば、良い花火日和となるだろう。

 トリステンとオルコットは村から持ってきていたお祭り用の服を着る。

 どちらも綺麗な空色ベース。オルコットのワンピースはウエストが引き締められ、可愛らしいフリルがついている。トリステンは男の子用で上着とズボンに別れて、胸元にはドラゴンの刺繍がしてあった。

 どちらもよく似合っており、エルシーは一人できゃっきゃと騒ぎながらも、今日は絶対にジュースや食べ物を持って転ばないように気をつけようと心に誓った。二人の服を汚さないように。

「それで、なんでエル姉ちゃんは、なんでいつもと一緒の服なの? 今日は花火大会よ。それにマリーのところにも行くのよ。お出かけ用はないの?」

「あると思う?」

 初めてエルシーの家に来たとき、オルコットたちが片付けをした中に、服も含まれている。

 その中に、そんなものは見当たらなかった。

 おしゃれな服を買うなら、食べ物やお酒を買ってしまうエルシー。

「ないと思う。だから、用意しておいたわよ」

 そう言ってオルコットが取り出したのは、お揃いの空色のワンピース。オルコットと同じようにウエストを締めているけれど、胸元は大きめだ。

「これはどうしたの?」

「作ったんだよ。夜なべしてな」

 オルコットの代わりにトリステンが答える。

 そういえば、オルコットはここ最近、家事が終わるとすぐに部屋に戻っていたような気がする。

「……オルちゃん」

「お守り」

「え!?」

「ただのお守りのお礼だから。早く着てみて! お祭り行くの遅くなっちゃう」

「う、うん。分かった。着てみるね。ありがとう」

 自分の部屋に戻ろうとするエルシーにトリステンがささやく。

「お揃いで行きたかったんだよ」

「そ、そんなんじゃないんだから!」

「オルちゃん。大好き!」

 エルシーは思わず、その小さな妹分に抱きつく。

 それを邪魔くさそうにぐっと押しのけながら、オルコットは早く来てくるように催促する。

 エルシーが部屋に戻り、着替えて出てきた。

 お腹と胸の部分を気にしている。

「……オルちゃん、ちょっと胸とお腹がキツイかも、これだとご飯を食べたらかなり苦しいよ」

 オルコットはニヤリと笑った。

 いつも食べ過ぎだから、少しウエストを絞ったのよ。でも、胸は余裕を持たせて作ったはず、それなのにキツイってどれだけ大きいのよ。ちくしょう。あたしにも少し分けてよ。

 オルコットは予想通りと予想外のことをぐっと胸の中にしまいこんだ。

「ちゃんと採寸できなかったからごめんね。でも、今日一日だから、我慢してよ」

 ニッコリしてエルシーに我慢を強いる。

「それもそうね。せっかくオルちゃんが作ってくれたのだもの。汚さないように気を付けないと」

「大丈夫よ。洗濯するし、あとで手直しもするから気にしないで。エル姉ちゃん、妙なところに気を使うと、思わぬところでドジをするからそっちの方が厄介なのよ」

「ごめんなさい」

「さあ、行きましょう。師匠たちはもう来ているかもしれないわよ」

 そんなひと悶着の後、三人は待ち合わせ場所へ急いだ。

 すでにバードナが来ていたのだが、木の陰に隠れて待っている。女性恐怖症が少しは良くなったとはいえ、完全に克服されているわけではない。

 木の陰から出てきたバードナは神父服を思い出させる黒い普段着用の服を着ていた。

「遅いですよ。皆さん」

「ごめん、ごめん。それで、お蝶ちゃんはまだなの?」

「そうですね。まだ僕しか来ていませんね」

 バードナは知り合いと合流してほっとした表情を見せる。

「だから、今日はトリステン君たちと一緒に行から、リーダーは来ないでください」

「昨日も一緒に回れなかったじゃないですか~。あんな子供たちと一緒より、ぼくと二人で回りましょうよ」

 中肉中背の若い男性と、長い黒髪を後ろにまとめて紫の浴衣を着た女性が言い合いをしながら、こちらに歩いてきた。

 冒険者パーティ神々の雷のリーダー、アランと蝶子だった。

 昨日、一緒にお祭りに行くのを断っていたはずなのに、しつこく誘っているようだ。

「蝶子先生、おはようございます」

「おはよう。トリステン君、いい天気ね。このままだと、夜の花火は綺麗に見えるわね」

「今日の服も素敵ですね」

「あら、ありがとう。トリステン君たちも素敵ね。三人お揃いなのね」

 昨日とは違った浴衣と髪型にトリステンは思わず見とれる。

「蝶子さんってば」

「しつこいわよ。今日はこっちが先約なの。じゃあね。さあ、行きましょう」

「お蝶ちゃん、ちょっと冷たいんじゃない。夕方はわたしたち別行動だから、花火大会に一緒に行けばいいんじゃない?」

 エルシーがそう提案すると、しょんぼりしていたアランが急に元気になる。

「じゃあ、夕方迎えに行きますね。それじゃあ!」

「ちょっ、リーダー! まって」

 蝶子がそう言ったときにはもう、遠くへ行ってしまった。

「ちょっと、エルシー勝手に何、約束しているのよ」

「いいじゃない。デートくらいしてあげなさいよ。どうせゾーゲン親方は花火の手伝いでいないのでしょう」

「まあ、そうだけど……それより、花火大会は別で予定があるの? あんた、まさか男なの?」

 蝶子はエルシーに食いつく。蝶子も女の子。恋愛話は大好きなのだが、エルシーにはそんな話が湧いてこないのでさみしい思いをしていたのだった。

「違うわよ。平和の鐘のみんなで花火を見るのよ。結成一年目だから、記念にね」

「あら、素敵ね。だったら私たちはお邪魔ね」

「そうだね」

 パーティの絆の大事さを知る師匠ふたりはあっさりと理解してくれた。

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