第31話 駆け出し冒険者はお祭りで師匠に会う

 エルシーたちがパートナーを変えながらダンスに興じている頃、マリアーヌは家族一同、集まっての食事をしていた。

「アイク、明後日のパーティの準備は大丈夫か?」

「招待客の出欠確認、部屋の割り振りはすべて全て終わりました」

「カイラ、食事や酒の準備も大丈夫だな」

「お客の好き嫌いから、食事の選定、お酒の準備も全て整っていますわよ」

 長男、長女に明後日のパーティの準備を確認するのは、この街の領主にして、マリアーヌの父親モーリス・ベンデルフォンだった。マリアーヌと同じ金色の髪を短く整え、大人の男性らしく髭を蓄えていた。

「お前も飾りつけは大丈夫か?」

「ええ、あとは当日の仕上げだけですわよ。あなた」

 モーリスは最愛の妻メアリーに確認した後、次男サイモンに領地の状況、次女タリラ、三女ナタリアに嫁ぎ先の様子、四女ハンナには学校での様子を聞いていた。

「それで、マリアーヌは、いつまで危険な冒険者なんぞを続けるつもりだ?」

「いつまでって、まだ始めたところです。婚約者が決まるまでは続けさせて頂ける約束ですよね」

「そのことなのだが、今度のパーティーに、婚約者候補を何人か招待しているからな」

「え! そんな話、わたくしは聞いていませんわ」

「だから、今話しているんだ。いいな、あちらに粗相がないようにな」

「そんな! 嫌ですわ。わたくしはまだ結婚なんてしません」

 マリアーヌは四女ハンナの結婚が決まってから、自分の順番だと思っていた。

 ハンナが学校を卒業するまであと二年ある。そこから考えて三年は先だと思っていた。

「マリアーヌ、我々貴族の義務は何だ?」

 それまで黙っていた長男アイクがマリアーヌに強い口調で問いかける。

 日々言われていることである。忘れるはずもない。

「領地と領民のために働くことです」

「そのためにお前ができることは何だ。嫁ぎ先の貴族との架け橋となり、この領地と嫁ぎ先の両方を繁栄させることだろう。カイラたちを見習え」

 領地のことと姉たちの生き様を言われれば、マリアーヌに反論する術はなかった。

 将来的に自分も姉たちと同じように、領地の利益になる貴族のところに嫁ぐようになるのは分かっていた。

 貴族として生まれた自分の義務。

 しかし、自分の夢もある。

 『竜殺し団の冒険』

 マリアーヌのバイブル。何度も何度も読み返した冒険譚。いつか小説に出てくるような勇者と一緒にダンジョンで冒険をしてみたい。

 その一歩に踏み出し始めたところだ。それなのに……。

「わかりました」

 今のマリアーヌにはそう言うしかなかった。

 そして、これでパーティーを抜け出すことが難しくなった。

 これまでのパーティーでは壁の花の一つでよかった。しかし、婚約者候補と会う事になるのでは、そうそうパーティーを抜け出せなくなる。

 お姉さまたちに連絡をしないと……でもどうやって?


 お祭り本番。今日は水かけの日。

 人を見かけては水をかける。人に見つかっては水をかけられる。

 かけて、かけられて酒を飲む。

 竹で作った水鉄砲を大人も子供も手に持つ。

 当然、屋台道路は水かけ禁止。

 大人も子供に戻って水をかける。

「オルちゃん。朝からご機嫌斜めみたいだけど、どうしたの?」

 今日は屋台を食べ尽くすため、朝食から屋台に向かっていた。

「別に、普通よ」

「さては昨日の夜、トリ君を他の女の子に取られたからじゃないの~」

「別にそんなんじゃないんだから」

 どう考えても、図星の様子だった。

 トリステンと微妙に距離がある事から明らかだった。

「オルだって、楽しんでいたじゃないか。俺だけ責めなくてもいいだろう」

「だから、何も言ってないでしょう!」

「じゃあ、なんでそんなに機嫌が悪いのだよ」

「最後……」

 オルコットはトリステンから目をそらすように下を向いて、小さな声で呟いた。

「なんだって?」

「最後は! ……お兄ちゃんと踊りたかったの」

 オルコットは両手をギュッと握り締めていた。

「……なんだよ。そんなことかよ」

「そんなことって!」

 トリステンはオルコットの頭をそっとなでた。

「オルなら、いつでも踊ってやるよ」

「お兄ちゃん」

 オルコットは大好きなお兄ちゃんに抱きついた。

 ああ、美しきかな兄妹愛。でもそろそろ、オルちゃんも、お兄ちゃん離れする時期じゃないかな? ほかの子たちと踊っているとき、そんなに嫌そうではなかったみたいだったよね。エルシーはオルコットのそんな変化を見逃していなかった。

「ところで、エル姉ちゃん」

「なに? オルちゃん」

「なんで、昨日は勇者と踊らなかったの?」

 昨夜、竜人モドキのボルと踊ったあと、アルスロッドが来ていたのには気がついていた。

 けれども、アイテム屋のおじさんに誘われて、もう一曲踊っているうちに、アルスロッドは他のおじさんたちに酔い潰されていた。

 全く飲めないわけではないが、かなりお酒には弱い。数曲踊ったあと、アルスロッドを見ると、テーブルに突っ伏して眠っていた。

「別に避けていたわけじゃなくて、アルが勝手に酔いつぶれただけよ。お酒に弱いくせに、勧められると断れないのだから」

「本当に~?」

「本当よ。だいたい、あそこに来るなんて知らなかったのよ。いつもはギルドの寄り合いに参加していて、ダンスになんて来ないのだから」

 エルシーの言葉が本当ならば、普段参加しないのにわざわざ、エルシーと踊るためにやって来たと言う事なのか? 本当にエルシーと勇者の間に男女の感情はないのだろうか? トリステンの疑惑は深まるばかりだった。

「あ! エル姉だ!」

「エル姉!」

 近所の小さな子供たちが水鉄砲を持って近づいてきた。

「あら、みんな、おはよう」

「おはよう。えい」

 子供たちが手に、手に持っている水鉄砲を、一斉にエルシーへ発射する。

「きゃ、冷たい」

「ハッピーサマー!」

 エルシーはびしょ濡れになりながら、袋に入れていた水鉄砲を取り出した。

「わー、にげろー」

「待ちなさ~い。わたしにもかけさせろ~」

 エルシーは散り散りに逃げる子供たちを、笑いながら追いかけていった。

「エル姉ちゃんっておじさんたちだけでなく、子供にも人気だよね」

「でも、年頃の男性にはモテないよな」

「ええ、本当にそうですね。たぶん人間的にはいい人なのですけど、女性として見られないタイプなのでしょうね」

「ああ、それで、なのね」

「うん、わかる気がする」

「え!」

「あ!」

 いつの間にかトリステンとオルコットの間に男性が立っていた。オルコットが見上げるほどの大男。それなのに病的に細い体つき。青白い顔。元勇者パーティの賢者にして、オルコットの魔法の師匠バードナ。

「師匠! なんでここに?」

「久しぶりだね。オルコット君。お昼から中央広場でミサが開かれるのですよ。僕も神父として参加するのですよ」

 体に合わせて仕立てられた真っ黒な神父服は、初めて会った時にゾンビと間違えたのが恥ずかしくなるほど、立派な姿だった。

「お久しぶりです。じゃあ、今日は忙しいのですか? せっかくですから、お祭り一緒に回りましょう」

「そうですね。今日は一日、教会の仕事がありますから無理ですが、明日なら大丈夫ですよ」

「じゃあ、約束ですよ」

 オルコットが迂闊にもバードナの手を取る。しかし、初めて会った時のように悲鳴を上げるようなことはなかった。

「わかりました。それでは明日のお昼くらいから行きましょうか」

「あら、珍しいもの見たわ。エルシーの話は本当だったのね」

 明日の約束をしている三人に話しかける女性の声が聞こえてきた。

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