第30話 駆け出し冒険者のダンスパートナー
「どうして、わたくしにも話してくれなかったのですか?」
「ごめんなさい。でもエル姉ちゃんの話がうまくいけば、マリーと一緒に花火を見られたのよ」
オルコットは下を向く。マリアーヌに黙っていた事への負い目がある。
マリアーヌは困ったような、怒ったような複雑な顔をしていた。
「オルちゃん。わたくしだけ、仲間はずれはさみしいですわ」
「ごめんね。確かにマリーちゃんに黙っていたのは間違いだったわね」
「でも、嬉しかったですわ」
マリアーヌは笑顔を浮かべていた。自分との約束のために、みんなで考えて動いてくれたのだ。それも、勇者やギルドマスターにまでお願いをして……その方法は失敗したが、みんなが自分のために何かをしてくれたのが嬉しかった。みんなの仲間になれたようでマリアーヌは嬉しかった。
「でも、どうしようか? 勇者がパーティーに参加しないなら、ギルドマスターにお願いして参加する?」
トリステンはとりあえず、エルシーのことを考えるのはやめて、目の前の花火問題に集中することにした。
「みなさんが家へ着ていただけるのでしたら、話は簡単ですわ。花火の途中でパーティーを抜け出しますので、私の部屋で一緒に見ましょう。当日はスティーブンに案内させますわ」
「あれ? そんな簡単なことで良かったの?」
「わかりました、お嬢様。皆様には裏門から入っていただくことになりますが、準備させていただきます」
スティーブンは嬉し涙を抑えながら、うやうやしく承った。
そして、待ちに待ったお祭りの日がやってきた。
夕日が美しい時間、魔法によって拡張され、町中響き渡る声で、領主モーリス・ベンデルフォンがお祭りの開始の挨拶をした。
エルシーたち平和の鐘のメンバーはマリアーヌの姿を一目見ようと、領主亭前広場へ行ったのだった。しかし時すでに遅く、領主の後ろでおとなしく立っているマリアーヌの姿が、豆粒のようにしか見えない場所しか陣取ることができなかった。
エルシーたちが大きく手を振ったが、マリアーヌは気が付いていないだろう。
なんにせよ、夏祭りの始まりだ!
今晩はあっちこっちで広場中央に設置された焚き火を囲みダンスが行われる。楽団が音楽を奏で、自由に踊り始める。
若い子たちは遅くまでいられないため、さっそくパートナーを見つけて踊り始める。あらかじめ、約束をしていた子たち、お祭りで勇気を出して誘う子、ずっと前からパートナーが決まっている子、色々な子たちが楽しそうに踊る。
エルシーたち大人組は、まず酒を飲む。
この日の為に、お酒を控えていた人々もいるくらいだ。屋台で買って、乾杯! 気のいいおっちゃんがおごってくれて、乾杯! お返しにお酒を渡して、また乾杯!
元々、この街に長く住んでいる上に、誰とでも打ち解けるエルシーは、あっちこっちから声がかかる。
今日は無礼講。足を引っ掛けて、頭からビールをかけても、笑って許される。代わりに一杯おごれ、あとで一曲踊れ、とエルシーのドジも祭りを楽しむ口実にしてしまう。
アップテンポの明るい曲から、しっとりとした恋愛の曲。一曲終わるごとに、楽団前に設置している箱に、コインが投げ入れられる。有償でリクエストも受け付ける。楽団員も今日は掻き入れどきだ。
「一緒に踊ってくれませんか?」
そばかすが可愛い、肉屋の娘がトリステンに声をかけてきた。
すかさず、オルコットがブロックしようとしたところに、思わぬ伏兵が現れた。
「オルコットは僕と踊ろうよ」
ひょろりと背の高い、八百屋の次男がオルコットの手を取る。
二人ともやるじゃない。お姉さんは、ここでつまみにさせてもらうわよ。
エルシーはおっちゃん連中と飲みながら、恥ずかしがりながらも、兄妹以外と踊っている二人をニヤニヤ見ていた。
「エルシーは、一緒に踊ってくれるような良い人はいないのか?」
「そうねえ、わたしみたいなのと一緒に踊ってくれるのは、おじさんたちくらいだよ」
エルシーはなぜかおじさんウケがいい。女としてというよりも、昔からいる近所の娘としておじさんに人気なのだ。明るく、気さくで、大酒飲み。たまのドジも愛嬌だ。
「冒険者稼業もいいけど、恋の方も頑張りな。そのための夏祭りでもあるのだからよ」
「そうね。だれか誘ってくれたら、踊ろうかな?」
そんな人は誰もいないとわかっていながら、軽く答える。あとでトリ君にお願いして、一曲踊ってもらおうかな。
そんなことを考えながらビールを飲んでいると、エルシーに話しかける声がひとつ。
「ぼ、ぼくと一緒に踊ってくれませんか!」
「へ!?」
エルシーが声をする方を見ると、そこには竜人の男がいた。いや、竜人モドキだった。
兄弟竜人モドキ、バルの弟。ボルが真っ赤な顔でそこにいた。
「エルシーさん、ぼくと一緒に踊ってください!!」
「は、はい!」
突然のことで頭が真っ白になっていたのと、ボルの勢いに思わず、返事をしてしまった。
「やった!」
ボルは飛び上がらんばかりに喜んで、エルシーの手を取って、広場へエスコートした。
「ほーう、ちゃんと見ている奴もいるんだな」
「いい女だぞ、エルシーは。三十年前に知り合ってれば、ワシが付きあっていたのによ」
「おまえ、それエルシーの奴が生まれてないじゃないか」
「それもそうか。ははは」
エルシーを我が娘のように思っているおっちゃん連中は、たどたどしい二人のダンスを酒の肴にしていた。
貴族のような優雅なダンスではないが、本人たちが楽しいダンス。
エルシーもボルもトリステンもオルコットもみんな、夏祭りを楽しみ、踊る。
「ありゃ、一歩おそかったみたいですね。エルシーの一番目のパートナーになりに来たのだけどな」
「このあとは、ワシたちの予約が入っとるぞ」
「意外とあいつ、人気者なのですね」
「まあな……ありゃ、あんた。勇者じゃないか?」
そこにはビールを二つ持ったアルスロッドが立っていた。
「僕はただのアルスロッドですよ。今回のお祭りはゆっくり時間があるので、順番を待たせてもらいますよ」
アルスロッドは心底楽しそうに、エルシーをはじめ、トリステンやオルコットたちが踊っているのを眺めていた。
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