第29話 駆け出し冒険者は勇者の言葉に惑う

「怒るわよ。アル」

 平和の鐘のメンバーは驚いた。エルシーが断ったことにではない。

 エルシーが本気で怒っていることに、だ。

 どんな時も明るいエルシー。注意をしてくれる時も、優しさがにじみ出るエルシーが今、本気で怒っていた。

 勇者パーティに入る。これほど名誉で、嬉しいことはないはずなのに、それを全力で阻止しようとする。

「悪かったよ。冗談だ。まあ、そういうわけでマスター、今回のパーティーは不参加という事でお願いします」

 そう言ってエルシーを怒らせた勇者アルスロッドは、さっさとギルドから出て行ってしまった。

「なんで断っちゃったの? 良い話じゃない! バカエルシー!」

 黙って聞いていたマーヤが真っ先に口を開いた。

 そう言われると思ったから、マーヤちゃんにはこの話を聞かせたくなかったのよね。だって、しょうがないのよ。エルシーはマーヤの気持ちを知っているため、黙っていた。

「そうですわ。お姉様にバカって言うのは許せませんが、マーヤさんの言う通りですわ」

「あたしたちも一緒に入れるなら良かったじゃないの?」

 女の子二人がエルシーに詰め寄るのをトリステンだけが、冷静に見ていた。

「マリーもオルもやめなよ。エル姉ちゃんは俺たちのことを思って、断ってくれたんだよ」

「どう言うことですの?」

「今の実力で、勇者パーティに入ったら、俺たちは成長できないし、危険だからだよ」

 トリステンが蝶子を平和の鐘に誘った時に言われた言葉。レベルの違いすぎる冒険者は組むべきではない。強い者に依存して弱い者は成長できない。また、勇者パーティが請け負うような依頼内容は、今のパーティの実力では危険が大きすぎる。いざとなったら、平和の鐘メンバーは見捨てられる危険性もある。

 エルシーの様子にその事を思い出したのだが、それでも自分からは断れないほど甘い誘惑だった。

「ごめんね。みんな」

 謝るエルシーを置いて、トリステンは勇者を追いかけた。次に会った時に聞きたい事があったのだ。

 ひとり歩くアルスロッドに声をかける。

「アルスロッドさん、待ってください」

「ああ、君は……」

「蝶子の弟子って言ってた坊主だな」

 アルスロッドの隣にはサクヤもいた。

 その神出鬼没さに驚く。先ほどまでは確かに勇者はひとりで歩いていたと思っていた。これがトップ冒険者の実力。トリステンは背筋が冷える感覚を覚える。

「へ、平和の鐘のリーダーをしているトリステンです」

「ああ、そうだったね。それで用件はなんだい?」

「なんで、エル姉ちゃんをそんなにパーティに入れたがっているのですか?」

 オルコットとも話していたエルシーにこだわる理由。他の熟練の運搬人ならすぐに仲間になりそうなのに、なぜわざわざエルシーを誘うのか?

「それか~、それはな……」

「サクヤは黙ってくれ。君はリーダーと言っていたけど、冒険職はなんだい?」

「戦士です」

「サクヤの話だと以前にどこの冒険者パーティにも入っていなくて、いきなり今のパーティを立ち上げたのだよね」

「はい、そうですが、それが今の話に関係するのですか?」

 アルスロッドは、少し意地悪そうな顔をする。

「おそらく、君はエルシーの実力を知っているはずだよ。だけどそれに気がついてないだけだ。これからも君に勇気があれば、エルシーは君たちにとって大きな力になるだろう。僕はエルシーに戻ってきてほしいし、意地悪だ。ヒントはあげたのだから、あとは自分で考える事だ。さあ行こうか、サクヤ」

「ダンナ、占い師みたいになっているぜ。まあ、考えすぎるなよ。坊主。エルシーはエルシーだよ」

 そう言って二人は去って行ってしまった。

 エル姉ちゃんの実力? 俺が気づいていなくて、勇者は気がついているエル姉ちゃんのこと? 運搬人として知識や人脈、アイテム採取など、俺たちのレベルから言って破格な経験値だ。でも、それは熟練運搬人なら持っていてもおかしくない。何か俺の知らない、隠された実力を勇者だけが知っている? いや、『蜃気楼の暗殺者』もそれを知っているようだった。そうであれば、師匠も知っているのかもしれない。しかし、勇者はヒントを出したと言った。それなのに、師匠に答えを聞くのは何かずるいような気がした。とりあえず、エル姉ちゃんは平和の鐘に残る。今はマリーのことだ。そうトリステンは思い直し、みんなの待つギルドに戻ろうと振り向いた。

「トリく~ん」

 トリステンを心配したエルシーが走って来ていた。

「危ない!」

 足を引っ掛けたエルシーが身体ごとトリステンにぶつかる。受け止めようとしたトリステンの顔に柔らかな胸を押し付けて、二人とも転んでしまった。

「ごめん、大丈夫?」

 まさか、この胸が目当てではないよな、と心配しながらトリステンは立ち上がった。

「これくらい大丈夫だよ。さあ、戻ろう」

 ギルドに戻った二人が見たのは、真っ赤になって俯いているオルコットと笑いをこらえているマリアーヌの姿だった。

「どうしたの? 二人とも」

「なんでもないから、帰ろう」

 そう言って二人の手を取ってギルドを出ようとするオルコット。それを呼び止めたのはマーヤだった。

「ねえ、エルシー。二人には聞いたのだけど、昨日、ダンジョンで大声を出したパーティを知らない? なんか『お兄ちゃん、大好き』って叫んでいたらしいのよ。おかげで冒険者たちの間で、妹ブームが巻き上がっているみたいなのよね。マスターから、そんなことを叫んだパーティに注意しとけって言われているのよ」

 あーそれで、ふたりがこんな風になっているのね。オルちゃんの一言で巻き上がる妹ブームってどんなものよ。それこそ、それを言った女の子がこんなに可愛いなんて知れたら大変だ。エルシーは慌てて否定した。

「し、知らないわね。まあ、みんなには本当の妹を大事にするように言ってあげたらいいじゃない」

 エルシーたちはギルドを出て、 花火大会をどうするか話し合うことにした。

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