第20話 新米パーティは黒犬に出会う
「とりあえず、借りた人形を持ってあたりを回ってみましょう。この人形の匂いで寄ってきてくれるかもしれないわよ」
依頼主から借りた人形を手にして、ダンジョンをうろつく。
ゴブリンが一、二匹出て来ては、トリステンとスティーブンいやマリアーヌがあっさりと倒す。
「この剣の切れ味、すごい! 軽い上によく切れる。今までの剣がなまくらみたいだ!」
軽く、ゴブリンの血を拭きながら、驚嘆の声を上げる。
もう、あの草原で震えていた新米冒険者はもういない。ゴブリンの動きなど小さな子供のように感じ、自分の思うように動く恐ろしい切れ味の剣。
トリステンには十分、ダンジョンに挑む実力を持っていた。
マリアーヌも戦闘においては頼りになる存在だ。
そしてオルコットも回復魔法を覚え、実力を上げた。しかし問題は……。
「ねえ、エル姉ちゃん。あの箱を開けちゃだめなの?」
ゴブリンを倒したある部屋で、岩の陰に隠されるように置いてある箱を指差して、物欲しそうに確認するトリステンがいた。
「ダメよ。罠があるかもしれないのに迂闊にああいう、いかにもっていう箱は開けちゃダメなの。いま、私たちにはトラップを解除できる盗賊職がいないのだから」
「えー、もったいないな。やっぱり、盗賊の能力を身につけるか、新メンバーが欲しいな」
強いだけではダンジョン攻略はできない。危険はなるべく避ける。
ここはエルシーが何度も入ったダンジョンの第一階層。罠などはほとんど把握しているが、念のためこれまでいろいろ書き込んだ地図を見ながら、安全を確認しながら先を進む。
ある通路でオルコットが声を潜めて、トリステンの腕を引っ張る。
「あれ? お兄ちゃん、この先でなにか黒っぽいものが動いたよ」
「もしかしたらあの子の犬かな? 急ごう」
「トリ君、焦っちゃダメ。ダンジョンの中は危険がいっぱいだから」
「そうですわ。お姉さまの言うとおりですわよ」
オルコットとトリステンが走り出そうとするのを止めるエルシー。マリアーヌを見ると、走るのははしたないと言わんばかりに優雅に歩いていた。
「オルちゃん、その影はどっちに行ったの?」
「右の方向。ちらっとだけど尻尾も見えた気がする」
エルシーは地図を確認する。
右ならば、最終的に行き止まりになるはずだ。それであれば焦って動く必要はない。確実に探していけばいつかは見つかるはずだ。それに幸いなことに、ダンジョン草も右側の一番奥に生えていたはずだった。
「慌てないで、右は行き止まりだからしっかり探していけば、オルちゃんが見かけたものも見つかるはずよ」
エルシーの言葉に従って、注意しながら先に進む。
「エルお姉さまって、不思議な方ですね。運搬人ですのに、歴戦の冒険者のようですわ。まるでこのダンジョンも知り尽くしているみたいですし」
最前衛のトリステン、それに続くオルコット、エルシーを挟んで、最後尾がマリアーヌとスティーブンという布陣のため、マリアーヌはエルシーに話しかけやすかった。
まあ、十年も勇者パーティの一員としてダンジョンのもっと深い階層や、恐ろしいモンスターに出会っているエルシーにとって、第一階層は庭のようなものだ。
「まあ、一応、十年も冒険者をしていますからね。それよりもマリーちゃんは初めてのダンジョンは怖くない?」
「わたくしですか? ……夢が叶ってワクワクしていますわ。冒険者としてダンジョンに挑戦するのが夢でしたの」
「そうなの? でもマリーちゃんって」
「そうですわ。貴族で施政者の娘。最終的にはどこかの殿方へ嫁ぐことになるでしょうね。でもそれは、まだしばらく先のことですわ。五女ともなるとお父様もわたくしには、期待をしておりませんのよ。お兄様たちのことばかりで……」
「でも、だからって冒険者にならなくても……」
冒険者になる者のほとんどは、田舎の次男、三男など家業を継げず仕事からあぶれた者や、一攫千金を狙ったものがほとんどだ。エルシー自身もそうだった。孤児院でドジばっかりして、みんなに迷惑をかけていたエルシーは、冒険者に憧れて孤児院を出たアルスロッドについて行ったのだった。同じ年のエルシーとアルスロッドは孤児院でも仲が良く、そのまま冒険者パーティを組んだのだった。
まれに蝶子のように自分の腕を磨くためだったり、バードナのように志を持って冒険者になったりしたものもいる。
しかし、貴族の女性が冒険者になるというのはエルシーも聞いたことがない。貴族の女性が冒険者になる必要が無いからだ。
「エルお姉様は『竜殺し団の冒険』という本をご存知ですか?」
「……え、ええ。知っているわよ」
小説『竜殺し団の冒険』とは、著者はケイビーによる、ある冒険者パーティ冒険譚である。
個性的な冒険者たちによるクエスト攻略。襲いかかる数々のモンスターと罠。そして時には、ほかの冒険者たち。この街のダンジョンを舞台にしており、リアルなダンジョン攻略物としても人気が高い。
ちなみに著者のケイビーとはエルシーのペンネームである。冒険者として、ほかのメンバーよりもかなり低い報酬を補うために、ダンジョンの地図を売ったり、経験を元に小説を書いてお金を稼いでいたりしていたのだ。当然、小説として、かなり脚色をしているが。
「わたくし、あの本の大ファンですの。もう、何十回と読み直したことでしょうか。特に勇者と姫の恋物語。勇者に守られてばかりではなく、勇者を支え、勇者とともに戦おうとする姫はわたくしの理想ですわ」
「あ、ああ。そうなの」
うっとりと小説の話をする夢見るお嬢様に、エルシーはその作者があなたの目の前にいますよ、とは言い出せなかった。
読者の夢を壊してはいけない。何よりも恥ずかしい。
「ですので、わたくし、いつでも冒険者になれるように準備しておりましたのよ」
マリアーヌは二の腕の筋肉を見せながらにっこり笑った。
わんっ!
薄暗い石の通路の奥から、聞き間違えようのない犬の鳴く声。
あずかった人形を手にトリステンがゆっくりと進むと、闇に紛れるような真っ黒な犬。
オルコットの腰くらいの体高に大きなしっぽ。
「ポチ、おいで」
オルコットが優しく声をかけたる。しかし、しばらくこちらを見て、奥へ走っていってしまった。
「あ、逃げちゃった」
「追いかけよう」
「ここは真っすぐ行った後、部屋になっているからね」
ワァン! ワァン!
奥から犬の鳴き声が聞こえてくる。それだけじゃなく、人の怒鳴り声も聞こえてくる。
もしかしたらポチをモンスターと間違えて、戦っているのかもしれない。
まずい。あの子が悲しんじゃう。
平和の鐘のメンバーはみんな、気持ちが一つになった。
奥の部屋に飛び込むと、そこには六人の冒険者と黒い犬、そして三つ首の大きな犬。
ケルベロス。三つ首の地獄の番犬
地獄の闇を思わせる全身真っ黒で、牛ほどの大きな体から出ている三つの頭からは、氷や雷そして炎を吐き出していた。
ポチはケルベロスと一緒に冒険者に向かって吠えている。
対する冒険者は戦士が二人と盗賊が一人、そして魔法使いが一人、そして竜人……もどきが二人。
そこに居たのはタラスケ率いる、闇の狩人のメンバーだった。
「ケルベロスを倒して! ランクを上げるぞ!」
「おー!!!」
タラスケはそう言って仲間を鼓舞して、ケルベロスに突っ込む。
ウァオーン!
ケルベロスは遠吠え一声。大きな前足を振り、口から魔法を吐き、あっさりとタラスケたち三人を弾き飛ばす。
強い! 傍から見てもタラスケたちが敵う相手ではなかった。
トリステンはタラスケたちをかばう様にケルベロスに対峙する。
倒せなくても、防御に徹すれば、みんなが逃げるくらいの時間は稼げるはず。最低でも体勢は立て直せるはずだ。横にはマリーとスティーブンさんもいる。
トリステンはそんな思いを胸にタラスケに叫ぶ。
「おっさん! 引け、あんたらの敵う相手じゃない!」
「うるせえ! こっちとら、竜人様が付いているんだ! ガキどもこそ、邪魔なんだよ」
タラスケはそう叫びながら単身、ケルベロスに戦いを挑む。しかし、ケルベロスの凶悪な爪の一振りで剣は折られ、防具が剥ぎ取られる。
とどめを刺そうとケルベロスはその口から魔法を放つ。
「マジックシールド!」
それを魔法の盾ではじくオルコット。
そして追撃しようとするケルベロスに切りつけるトリステン。
魔法の守りに黒龍の剣の攻撃。息の合った二人の攻防にケルベロスも距離をとる。
「さあ、今のうちに逃げろ」
「うるせえ! バルさん、ボルさんお願いします!」
タラスケは何とか立ち上がって、バルとボルの援助を待つ。無駄なのに。二人が竜人もどきであることを知っているトリステンはそう思っていた。
予想通り、おろおろするだけのバルとボル。
「バル、ボル、みんなを連れて逃げて! ケルベロスはこの部屋から出てこないはずよ」
竜人もどき兄弟は、エルシーの提案に顔を見合わせると、タラスケたちを担ぎ上げると逃げ出した。
「ちょっ! バルさん、ボルさん、何を!?」
「た、体勢を立て直す!」
ケルベロスは逃げ出す冒険者たちを追いかけはしなかった。
そうなると、ケルベロスの目標はその部屋に残った冒険者。つまり、トリステンたちだった。
「みんな! 気をつけて!」
「わかりましたわ、お姉様」
トリステンだけでなく、マリアーヌとスティーブンも遠巻きにケルベロスをけん制する。スティーブンはマリアーヌを守るように剣を構える。
「ポチ! こっちおいで」
ウァオーン!
わぁーん!
オルコットの声にケルベロスとポチが遠吠えを上げるが、ポチはこちらに来る気配がない。
「しょうがない。オル、お願い」
「うん。クイック!」
「エル姉ちゃん、マリー、逃げる準備しといて」
オルコットの身体強化でスピードアップしたトリステンは、一足飛びにポチのそばに移動する。あずかった人形を片手に。
びっくりしているポチをそのまま抱えると、叫んだ。
「逃げるぞ!」
エルシーを道案内にマリアーヌが露払い。オルコットをはさんで、トリステンが殿を務める。
部屋さえ出れば、安全地帯のはずだった。
トリステンが通路に出て後ろを振り返ると、そこには通路いっぱいの大きさのケルベロスが追いかけてきていた。
「うそだろ!」
トリステンは思わず、叫んだ。
「トリ君、早く!」
必死で走る平和の鐘のメンバー。
それを追いかけてくる真っ黒な三つ首の番犬。
次の角を曲がればダンジョンの外になるはずだ。
「ぶひー!!!」
エルシーの前に豚の頭を持つ亜人、オークが三匹行く手を阻んでいた。
「相手にするな! オル!」
「うん。シールド」
見えない盾を先頭のエルシーの前に展開する。
カン! キン! コン!
オークの持つ血で錆び付いた剣は見えない盾に弾かれ、スティーブンの剣戟に弾かれ、マリーの華麗なステップにより壁を打ち付けていた。次の瞬間、平和の鐘のメンバーは脇を通り抜けた。
「ぶひひ?」
「!? ぶっひー!!!」
「ぶー!!」
オークたちはトリステンの後ろから追いかけてくる地獄の番犬に気がつき、両手を上げてトリステンたちの後ろを追いかけるように逃げだした。
角を曲がればもう出口だ! 外の眩い光が見えた!
平和の鐘のメンバーは、希望の光り輝く外へ逃げ出した。
「門を閉めて! 早く!」
門番たちを待たず、トリステンたちはドアを閉めて、かんぬきをかける。
「ま、間に合った~!」
ドッン!!!!
内側から衝撃音とともにドアが開け放たれ、オークたちが勢いよく宙を舞う。
その衝撃にトリステンが尻餅をつく。そこにダンジョンから出てきたケルベロスが襲いかかる!
「トリ君!」
「お兄ちゃん!」
「リーダー!」
三人はトリステンを助けようとするが、間に合わない!!
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