第21話 小さな依頼の大きな報酬

 ハァッハァッ、クーン。

 覆いかぶさりそうなケルベロスはトリステンが持つ人形を懐かしそうにクンクン匂って、懐かしそうに鳴く。大きな尻尾をふりふりさせながら。

「ポチ!」

 エルシーたちがその声に振り向くと、小さな依頼人サーシャがそこにいた。どうやら、街で待ちきらなかったようだった。

「危ない!」

 ケルベロスはサーシャを見つけると襲いかかる。恐怖のためか、動かないサーシャ。

 トリステンを助けようと動いていたエルシーたちは、その急激な目標変更に追いつかなかった。

 トリステンがされたように覆いかぶされただけでも、大怪我をしそうな可憐な女の子。その目の前に迫るケルベロス。

「シール……」

「お座り!」

 クゥーン。

 オルコットの魔法より早く、サーシャの命令が響く。ズサーっとすべりながらお座りをするケルベロスは、おとなしく三つの頭をサーシャの方へ下げる。

 サーシャは近づくとケルベロスに抱きついた。

「ヘっ!?」

「どういうこと?」

 ケルベロスの戦っている時の姿との落差に驚くエルシーたちだった。

「もう! どこに行っていたのよ、ポチ! 心配したのだからね」

 クーン。

「でも、無事で良かった。もう勝手にどこか行かないでよね」

 ワン!

 もう、間違いようがなかった。このケルベロスが、サーシャの飼い犬ポチだった。

「お姉ちゃんたち、ポチを見つけてくれてありがとう」

 サーシャはその愛らしい頭をぺこりと下げて、エルシーたちにお礼をいう。

「ちょっと待ってくれ。この犬は?」

 トリステンは大事に小脇に抱えている黒い犬を見せる。

「……知らない犬ですけど?」

 ワン!

 わん!

 ケルベロスの鳴き声に呼応するように、黒い犬も鳴く。

「ポチ、この子は友達なの?」

 ワン!

 サーシャの言葉に応えるように、鳴くポチ。


「……お兄さん、その子も連れて行っていい? ポチのお友達みたいなの」

「う、うん。どうぞ」

 素直におすわりする牛ほどもあるケルベロスの周りを、嬉しそうに跳ね回る黒い犬。

「じゃあ、帰ろう」

「あ、ちょっとまって、サーシャちゃん」

 ケルベロスと犬を連れて帰ろうとするサーシャを呼び止める。

 エルシーはケルベロスの真ん中の口に、なにかきらりと光るものが付いているのを見つけていた。

「ちょっと、口の中を見せてもらっていい?」

「大丈夫だと思うわよ。ポチ、あーん」

 ケルベロスのポチは素直に大きく口を開ける。三つの頭全て。

 エルシーは真ん中の口を覗き込む。

 このまま閉じられると私の頭がなくなっちゃうわね。あ、あった。

 エルシーはその犬歯に引っかかってある宝石のついた腕輪を見つけた。ダンジョン草のかけらのついた口の中で。

「ねえ、ポチって普段、何食べるの?」

「ポチ? 何も食べませんよ。ご飯をあげても全然食べないの。でも元気がなくなるわけじゃないし……」

 地獄の番犬と言われるケルベロスは魔力で生きている。そのため定期的に魔力を補充する必要がある。魔力のある冒険者を食べる以外に、魔力を補充する方法。ダンジョンの魔力を溜め込んで育つダンジョン草を食べていてもおかしくない。

「ダンジョン草を食べさせてあげるといいわよ」

「え、でもダンジョン草って結構、高いですよね」

「ねえ、この腕輪なのだけど、これを譲ってくれない? そうすれば時々、ダンジョン草を届けてあげるわよ」

「いいの? お姉ちゃん」

 サーシャと話をするエルシーの服をクイッと引っ張られる。

「どういうこと? エル姉ちゃん」

「これ、あの地獄の炎でも傷一つ、ついていないのよ。鑑定してみないといけないけど、ただの装飾品じゃないはずよ」

「装飾品としてもそれなりの価格になると思いますわよ」

 女三人がこそこそと話をして、三つの親指が立つ。

「任せて、サーシャちゃん」

「ありがとう! お姉ちゃんたち!」

 サーシャはその小さな手を大きく振って、太陽のような笑顔を見せた。

 平和の鐘のメンバーにとって大きな報酬を残して、小さな依頼人は帰っていった。

 サーシャとエルシーの約束を結んだ頃、トリステンはケルベロスに跳ね飛ばされたオーク三匹の首を狩ってきていた。

「クエスト完了!」

 こうして、平和の鐘のメンバーは無事にダンジョンから帰還したのであった。


「本当にあんたたちは、あっちこっちでドア壊して回るのね」

 メガネを光らせてマーヤは、平和の鐘のメンバーに文句をいう。

 ギルドのドアの修理代はエルシー個人の負債だが、ダンジョン入り口のドアはクエスト中の事故のため、ギルドの保険の適用範囲内となる。オーク三匹の討伐依頼をきちんとこなしているため、マーヤとしても断るわけには行かなかった。

「しょうがないのよ。ケルベロスが体当たりしたのだから」

「まあ、ケルベロスなら仕方ないわね……ってそのケルベロスはどうしたの!? あなたたちが敵う相手じゃないでしょう!!」

 まあ、そうです。実際に戦うとかそう言うレベルの問題じゃなかったです。

「えっと、ケルベロスのポチは、無事に飼い主の元の帰りましたとさ、めでたしめでたし」

「は!? 何馬鹿なことを言っているの? 魔王でもいたの? ……まあ、いいわ。とりあえず、第一階層にいたケルベロスはいなくなったのよね。 警戒を解除しとくわよ」

「ええ、第一階層からはいなくなったのは確かよ」

 ダンジョンの第一階層からはね。まあ、サーシャちゃんがいる限り、あのケルベロスが誰かに害を加えることはないだろう。

 ダンジョン草を定期的に食べさせていれば、ダンジョンへ逃げ出すこともないはずだ。

 とりあえずダンジョンの危険度は少し下がった。

「ねえ、マーヤちゃん。ケルベロスを第一階層から追い払ったのだから、ギルドから、何か報酬無いの?」

「あなたたちの言葉を信用していないわけじゃないのだけど、討伐したわけじゃないから、何にも出ないわよ。まあ、おまけでランクアップポイントは増やしておいてあげるから、さっさと次のクエストでもこなしてきなさいよ」

 モンスターを倒すと色々な素材が手に入る。その素材を直接、武器屋や道具屋に売ってもよし、ギルドに持ち込んで買い取ってもらってもいい。ギルドに持ち込むと買い取り金とは別にランクを上げるためのポイントも加算される。

 そのため、ランクの低いパーティは積極的にギルドに持ち込んでランクアップを狙う。

 さて、エルシーたちはケルベロスの牙に挟まっていた腕輪を、どうしようかと悩んでいた。

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