第15話 新米冒険者の新規加入者

 四人が教会の扉の方を見るとそこには金色の長い髪を結い上げて、動きやすく、それでいて女の子らしいワンピースに身を包んだマリアーヌが立っていた。

「マリアーヌ様、なんでここに? 領主様は大丈夫でしたか?」

「ノンノン、もう私たちは冒険者仲間なのですから、マリーと呼んでくださいませ」

 人差し指をメトロノームのように揺らしながら近づいて来ると、遅れてきた仲間のようにトリステンの隣に座る。

 そのあまりの自然さにオルコットも目を大きく見開くだけで、口を挟むタイミングを見失った。

「さあ、これで四人ですわ。あとは盗賊職の人が加わればいいのですのよね」

「ちょっと、まってください。マリアーヌ様」

 マリアーヌの言葉を慌てて遮ろうとするトリステンの唇を、人差し指で遮る。

「マリーですわ。同じパーティ仲間でしょう」

「いえいえ、まずそこですよ。俺たちはマリアーヌ様の加入をオッケーした覚えはありませんよ。それ以前にマリアーヌ様は冒険者じゃないですよね」

 マリアーヌは不思議そうに頭を少し傾けてトリステンの言葉を聞いていた。

「あら、そうなのですの? ではどうしたらよろしいのかしら? スティーブン!」

「冒険者になるのには冒険者ギルドで登録する必要がございます。お嬢様」

 いつの間にかマリアーヌのすぐ後ろに真っ黒な髪に真っ黒なタキシードを着た男性が立っていた。

「え? いつの間に?」

「ああ、前回この森に来た話をお父様にしたら、スティーブンを付けられたのですわ。まあ、何かと便利ですからいいのですが……ですのでまあ、お気になさらないでくださいませ。ではギルドに行って登録しましょう。パーティ名は平和の鐘ですわよね」

 マリアーヌは早速立ち上がると、街へ帰ろうとした。

「ちょっと待った! まだ、パーティの一員に認めていませんよ」

「どうすればパーティに入れていただけるのですか? お金を払えばよろしいのですか?」

「お金の問題じゃないですよ。だいたい、マリー様の冒険職は何なのですか?」

 トリステンはこのお嬢様は何がしたいのか、さっぱりわからなかった。

「あら、この姿を見てもわかりませんの? 勇者ですわよ」

 そう見ても冒険者らしからぬ丈の長いワンピースを堂々と見せる。

「マリアーヌ様、勇者は称号であって冒険職ではないですよ。ギルド内のトップパーティのリーダーに与えられる称号です」

 もともと勇者パーティにいたエルシーが勇者について説明する。実際に勇者と呼ばれていたエルシーやバードナのいたパーティのリーダー、アルスロッドの冒険職は魔法戦士であった。

「あら、そうでしたの。失礼しましたわ。ではわたくしは戦士職になるのかしらね。スティーブン」

「そうでございますね。お嬢様」

 戦士職!? ほかの人間が驚く中、スティーブンは即答する。

「ちょっと、待ってください。俺と同じ戦士職ですか? マリー様が!? ……だったら、俺と試合をしてください。それであなたが勝ったならば、パーティの一員として認めさせていただきます。バードナさん、立会人になっていただいていいですか?」

「わたくしは構いませんわよ。ただし武器は好きなものを使わせていただきますわよ」

「ええ、構いません」

 女の子でお嬢様のマリアーヌが使うとしたら、ショートボウガンや短剣、突くことを目的とした剣レイピアなどの軽いものだろう。ショートボウガンのような飛び道具も距離を取って動き回れば、そうそう当たることもないだろうし、一撃目を避ければトリステンの敵ではないだろう。そうであれば、武器の選択はトリステンにとってなんのデメリットもないはずだった。

 そして予想通り、マリアーヌはトリステンから距離をとっていた。

「ふたりとも準備はいいですか? 危険ですので寸止めとし、僕が危ないと判断したらすぐに止めに入ります。それでははじめ!」

 バードナは二人の間に位置して戦いを見守る。

 トリステンは盾を左手に、剣を右手に持って油断なく構えている。

 対するマリアーヌは両手に何も持たず、仁王立ちになっている。

「さあ、行きますわよ」

「手加減しませんからね」

 飛び道具どころか武器を持っていないワンピースの女の子の意図がわからないトリステンは、距離を保ちながらマリアーヌの周りをゆっくりと回る。

「行け! スティーブン」

「はぁ!?」

 それまでどこにいたのか、マリアーヌの言葉に合わせて、真っ黒いタキシードを来た男が剣を片手にトリステンに襲いかかる。

 呆気に取られたトリステンは為すすべもなく剣を突きつけられる。

「やめ!」

 即座にバードナが声をかける。

「あら、わたくしの勝ちですわね。これで正式にパーティの一員ですわね」

「おめでとうございます。お嬢様」

「ちょっと待ってくれ! なんでこの人が乱入しているの?」

 喜ぶマリアーヌに当然の抗議をするトリステン。

「あら? 武器は好きに選びますと言いましたわよ。わたくしの武器はスティーブンですのよ」

「いやいや、おかしいでしょう。それじゃあ、戦士職じゃなくて召喚職でしょう!」

「ちょっと、トリ君、論点がずれているよ」

 あまりのことに混乱するトリステンに助け舟をだす。

「なんにしても今のはなし! スティーブン禁止!」

「あら、そうですの? まあいいですわ」

「バードナさん、すみませんが、もう一度お願いします」

 先程より近い距離を取るマリアーヌにトリステンは非常に警戒していた。相変わらず、手には武器を持っていない。常識が通用しない。何をやってくるかわからない。次はお金でも武器にするつもりか? しかし何なのだ、この子は?

「はじめ!」

 混乱したままトリステンは、バードナが開始の合図を聞いた。

 それと同時にマリアーヌは自分のスカートをめくる。セルフスカートめくり。

「へぇ!?」

 呆気にとられたトリステンに向かって短剣が数本飛んでくる。顔面に飛んできた短剣を弾いたが、そのほかの短剣が体に刺さる。

「やめ!」

 いつの間にかマリアーヌは距離を詰めて、短剣をトリステンに突きつける。

「今度はよろしいかしら? リーダー」

「な、なんだ!? 今のは?」

 トリステンはバードナの治療を受けながら、マリアーヌに文句を言う。

「女のスカートの中は武器なのですわよ。ねえ、エルシーさん」

 うふふと答えながら、エルシーに賛同を得ようとする。そもそもスカートなど履かないエルシーはブンブンと頭を横に振る。

「それに、トリステンさん、貴族や領主なんていうのは、そもそもはそこ地域で一番強い者がなっていたのですわよ。わたくしも訓練は受けておりますわ。淑女のたしなみとして」

 ここに来て始めてトリステンは勘違いに気がついた。見た目はトリステンと同じくらいの年の世間知らずのお嬢様だと思っていた。

 しかし、この女の子は一人で森に薬草を探しに来たり、今回もお目付役一人のみでここまでやって来たりと、とんでもなくお転婆だと気がついた。世間知らずのお転婆娘。

 しかし、約束してしまった。自分から条件を出して。

 この約束を破ってしまうのはパーティのリーダーとして、やってはいけない。

「分かりました、マリー様。あなたを平和の鐘の正式な一員として認めます。ただし、領主の娘ではなく、ひとりの冒険者として接します。いいですね」

「当然ですわ。その第一歩としてマリーとお呼び下さいませ」

 マリアーヌはそう言うと握手を求めるように手を差し伸べた。

「これからはよろしくお願いします」

 こうしてお嬢様冒険者マリアーヌは平和の鐘の一員となったのだった。あと武器としてスティーブンも。

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