第14話 新米パーティの報酬
教会からの帰り道、トリステンはずっと気になっていたことを聞いてみた。
「ねえ、なんでバードナさんは、エル姉ちゃんとだけ普通に話せるの?」
「あら、私だけじゃないわよ。お蝶ちゃんとも普通に話せるわよ」
それを聞いて、トリステンとオルコットはやはり、長い間苦楽を共にしたパーティは通じるものがあるのだと感心していた。
しかし、真相はエルシーも蝶子も性別として女と認識しているが、バードナの中で女性と思っていないだけであった。バードナの女性恐怖症の正体は、女性に対して免疫がなく、女性を前にすると極度にあがってしまい、どうしていいかわからなくなり、最後に悲鳴を上げて逃げてしまうというものであった。
エルシーたち平和の鐘はその後、無事に街へ戻ると、念のため領主屋敷の門までマリアーヌを送り届けた。
街の高台に有り、街にいても遠くから見えるお屋敷。
「それでは皆様、本当にありがとうございました。また、近いうちにお会いしましょう」
そう言って大きな門の中へ行ってしまった。
近いうちにお会いしましょうとは別途お礼でも、もらえるのだろうか?
「さて、私たちも帰りましょうか?」
「その前にギルドに寄って……あー!」
トリステンはここに来て、一つ大きな勘違いに気が付いた。
「どうしたの? トリ君、急に大きな声を出して」
「い、依頼……」
「え? 依頼は完了したじゃない。ちゃんとゴブリンの角は十本以上あるわよ。ゴブリン一匹に一本しかないから、これで十匹討伐が証明されるはずよ」
エルシーはリュックから袋を取り出し、ゴブリンの角を数える。
「あー! お兄ちゃん!」
今度はオルコットが大きな声を出した。
「オルも気が付いたか。俺たちの今回の依頼はゴブリンの討伐じゃなくて、ゾンビの調査、討伐だったじゃないか。色々あって、すっかり勘違いをしていた!」
「そういえば、そうだった。え、ゾンビなんていなかったよね。じゃあ、わたしたち、今日一日ただ働き!?」
エルシーもようやく状況を把握した。なぜか三人とも初めのゴブリンの依頼が頭にこびりついていた上に、マリアーヌやバードナのことで混乱したところに、たまたまゴブリン退治をしたため、依頼を完了したものと思い込んでいたようだ。
「ど、どうしよう」
「しょうがない。とりあえず、調査も含まれているのだから、一日中森にいたけどゾンビは見かけなかったって報告するしかないのかな?」
エルシーはこんな時もあるさ、とトリステンを慰める。
「ねえ、まさかと思うのだけど、師匠がゾンビに間違えられたってことはないのかしら?」
「まさかー」
「ない、ない。仮にも神父服を着ているんだぜ」
「そうよね。じゃあ、エル姉ちゃんの言うとおりに報告するしかないわよね」
二人ともバードナのことをゾンビと間違えたことを棚に上げて、エルシーの意見に賛同する。腹を決めて、最悪は報酬無しでもいいと、ギルドに報告をすることにした。
「あら、トリステン君、オルコットちゃん、お帰りなさい。どうでしたか、依頼は?」
メガネの受付嬢はトリステン達をみて、いつものように笑顔で出迎えてくれた。基本的に常識的な冒険者、依頼者には非常に好意的な態度を示す。そして、トリステン達は非常に行儀の良い冒険者だ。ただ一点を除いて。
「マーヤちゃん、ただいま戻りました。それで、依頼の件なのだけど……」
「マーヤです」
メガネが怪しくひかり、言い直す受付嬢。
「マーヤ……さん」
「はい。依頼の件ですね」
メガネの光は消え、その奥にはニッコリと笑っている瞳をみて、トリステンは落ち着いて事の顛末を話すことができた。
「では、ゾンビを発見することは出来なかったということですね」
「そうなのよ、でも珍しい人にあったわよ。誰だと思う? バードナよ。街外れの壊れた教会を直して、住んでいるらしいの。まだだいぶ、ボロだったけどね」
「え!? それってゾンビの目撃証言と同じじゃない?」
話半分でエルシーの言葉を聞いていた、マーヤは慌てて、依頼内容の詳細を確認する。
「ない、ない、いくらバードナの顔色が悪いって言っても、彼とゾンビを間違えるなんて」
「そうよ、師匠とゾンビを間違うなんてありえないわよ」
「師匠!?」
オルコットがバードナの弟子になったことを話した時のマーヤの反応は、女性恐怖症の彼を知る者のまっとうな反応だった。
「嘘でしょう! あのバードナが! 女性の弟子? それもオルコットちゃんみたいな可愛い子を? そうか、あの人女嫌いじゃなくてロリコンだったか!」
「ロリコンってなに?」
「こら、マーヤちゃん、うちの可愛いオルちゃんに変な言葉を教えないで。それよりクエスト報酬をお願い」
エルシーは慌てて、話題を変えるとマーヤは手をぽんと叩いて、自分の仕事を思い出した。
「はいはい、ゾンビの調査報告は二万マルよ」
「えーそんなに安いの?」
「当たり前よ。見なかったって報告なんて、下手すりゃ行かなくても出来ることよ。報酬が出るだけでも、ありがたく思いなさい。あとこれはゴブリン討伐の報酬の四分の一」
メガネの受付嬢は用意していた報酬を渡す。
「マーヤ……さん。俺たちゴブリン討伐のクエストは受けてないのだけど?」
「パーティ闇の狩人のタラスケさんから伝言も預かっていますよ。クエストを手伝ってもらった義理は果たした。本来なら半分だが、血をぶっかけた洗濯代を差っ引かせてもらうぞ、だそうですよ。どうせあなたが、やらかしたのでしょう」
どうやら、ゴブリンから助けたあの冒険者は一応、冒険者内の暗黙のルールを守ってくれたようだった。シングルで依頼を受けても、助けを受けたパーティにはそれ相応の報酬を払う、ごくまっとうな冒険者内のルール。おかげで今回平和の鐘のメンバーはタダ働きしなくてすんだ。
実のところ依頼人が見たゾンビは教会の周りを整備していたバードナだった。そのため、この依頼はしばらく未完了のまま掲示板に張り出されたままになるのであった。
次の日からオルコットはバードナのもとで修行を始めた。バードナのことを考えて、オルコットは男物の服を来て、長いきれいな髪はまとめて帽子の中に押し込んだ。それでも、初めは話すことも一苦労だったが、一週間もするとバードナも少し慣れてきたようで修行は徐々に進んだ。
そして「僕が教えるからには、蝶子の弟子なんかより、よっぽど強くなってもらいますからね」とまで言い始めた。
バードナと蝶子はあまり仲が良くない。ちょっとしたライバル関係にあると言ってもよい。それを知っているエルシーはオルコットを弟子にするのをしぶった時に、蝶子の名前を出してたきつけたということもある。
その間、トリステン達は薬草などの素材集めの依頼を受けながら、教会の修理を手伝っていた。
マリアーヌはちゃんと約束を守り、あの事件があってから一週間後には教会の補修に男たちが派遣されてきた。一ヶ月もしないうちに教会は見違えるように綺麗になった。
そしてその間に領主の娘の捜索という依頼が、ひっそりと取り下げられたことを、誰も気がつかなかった。
「トリステンさん、君たちはそのうちダンジョンに挑戦するのだよね。今のままで、ダンジョンに挑戦するのはおすすめしないよ」
教会の修復もほとんど終わり、オルコットの修行も進んだころ、バードナは平和の鐘のリーダーに今後についての話をしていた。
「それは俺たちの実力が足りないってことですか? それなら俺も一緒に鍛えてください! お願いします」
蝶子やバードナと知り合ってしまった新米冒険者は、自分たちの実力不足を痛感していた。そしてそれが一足飛びに実力がつかないことも知ってしまった。
「実力もそうですが、パーティの人数は最低でも四人、できれば五人は欲しいですね。僕たちもエルシーを除いて五人のパーティだったのですよ。最低でも君たちに加えて、盗賊職が一人、戦士職が一人を仲間にしたほうがいいですよ」
仲間不足、基本的に冒険者パーティの戦力に運搬人は数えない。現状、罠や施錠など必要のない森や草原のみで活動しているため、盗賊職の出番はなかった。しかし、ダンジョンに挑戦するのならば、罠感知や罠解除ができる盗賊職は必須だ。実はエルシーもそのことに気が付いていたが、ダンジョンに入ることができないF級の平和の鐘には不要なため、後回しにしていた。E級になってから、改めて募集をかければいいと考えていた。それをバードナは先を見据えて、アドバイスをしてくれたのだ。
「分かりました。考えてみます」
そう若き冒険者パーティのリーダーが答えたとき、教会の扉が勢いよく開けられた。まるで外で聞き耳を立てていたかのようなタイミングで。
「話は聞かせてもらいましたわ! わたくしが仲間になって差し上げますわ!」
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