第10話 新米冒険者は再度ポイズンウルフに出会う
ゾンビは見た目の気持ち悪さやその匂いなどで、恐怖や混乱を引き起こすが、慣れてしまえば動きが遅く、頭も良くないのでそれほど脅威ではない。
しかし、気をつけなければいけないのが、引っかきや噛み付きから感染するゾンビ毒。混乱を引き起こし、そのままにしておくとゾンビになってしまう、その繁殖性。通常の毒消しでは消えないため、教会で調合された毒消し聖水か浄化の魔法が必要になる。
「こんにちは、神父さん。毒消し聖水ください」
「やあ、エルシー、久しぶりじゃないか。元気そうだね。聖水は何個必要だね」
教会を訪れたエルシーたちを、初老の優しそうな神父が出迎えてくれた。黒い礼服に首にクロスをつけたネックレスをしている細身の男性は、エルシーに声をかけながら、棚から瓶の入った箱を下ろす。
「おかげさまで、元気ですよ。神父もお元気そうでなによりです。聖水は三個ください」
「三個で足りるのかね? まあ、バードナ君もいるからそんなに多くは必要ないのか? そういえばバードナ君も元気かね。そちらのふたりは新人さんかい? 君たちのパーティにしては若い子を入れたのだね」
あれ? わたしがクビになったのって結構有名なはずなのだけどな? ここに顔を出していないってことは、バードナってやっぱり、別の街に行ったのかな? 神父の言葉にエルシーはバードナの行方を推測する。
「いま、わたしはこのふたりと三人きりで、パーティを組んでいるのですよ。前のパーティはクビになっちゃたんで……そういえば、西の街外れの廃教会ってご存知ですか?」
「西の教会? それがどうかしたのかい?」
「なんか、ゾンビが出ているらしいのですよ」
エルシーはお金を渡しながら、何か少しでも情報が得られればと話を切り出して見る。
「ゾンビ? 街中に? いや……ああ、そうすると、あれだ。昔、森の中に教会を開いた酔狂な神父がいましたね。自然が多いところが好きだと言って。だけど、森の中だったので信者が集まらずに、しばらくして閉鎖してしまったと聞いているね」
「ちなみに、その神父はその後、どうされましたか? 亡くなったとか?」
「亡くなった? いやいや、信者が集められなかったため、田舎の教会へ赴任を言い渡されて、喜々として行ってしまったよ。もう、一年くらい前かな」
もしかしたら、その神父が死んでゾンビになってしまったのかとエルシーは思ったが、そうでもないようだった。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。あ、痛っ!」
そう言って帰ろうとしたエルシーは長椅子の角に足をぶつけてしまった。
「エル姉ちゃん、大丈夫?」
「だ、大丈夫」
足をぶつけたエルシーを心配する二人を見た神父が声をかける。
「さっきの瓶はエルシー用に割れにくいものを使っているから、空き瓶はちゃんと持って帰ってきてくださいね」
二人はここでもエルシーのドジっぷりは有名なのだと、つくづく感心する。
西の街外れの廃教会と聞いて、街からすぐのところにあるもだと三人は思っていた。
しかし、今、三人は街を出て山へと続く森へと入る道にいた。
「ここでいいんだよね」
「神父の話だと、ここをまた、しばらく行ったところらしいわね」
三人は警戒しながら先を進むと、道は二手に分かれていた。左はそのまま平地、片方は上り坂になっていた。
「左に行こう」
「ちょっとまって」
トリステンは左に平地に向かおうとするのをエルシーが止める。
「なんで止めるの?」
「こっちが上りでしょう。こっちが間違っていたとしても、上からこっちの道を見て教会が見つかれば、そこから引き返してもいいでしょう。下から上の道を見るのは無理でしょう」
「ああ! たしかに、ありがとうエル姉ちゃん」
トリステンはエルシーの言葉に素直に従う。蝶子が一ヶ月もの間、新人冒険者に稽古をつけた理由の一つ。
トリステンの素直さ。
素直ではあるが、何も考えずに従っているのではない。人の忠告を聞き、その自分なりに噛み砕き、できればそれに自分の考えを足す。初クエストで自分の無力さを骨身に染みたためか、元々の性格かはわからない。しかし、それが上達の早道であった。
「きゃー!!」
女性の叫び声が山道に響く。ほかの冒険者がモンスターに襲われているのかもしれない。
「行こう! オル、ライトの準備! エル姉ちゃんはポーションの用意!」
トリステンはクロスボウを構えて、走りながらエルシーたちに指示を出す。リーダーなのに何もできなかったあの頃とはもう違っていた。
すぐに悲鳴の主は見つかった。金色の長い髪をした女の子が、山に似つかわしくない高価なドレスを着て、木の棒を振り回していた。
女の子に今にも襲いかかろうとしていたのは、草原で三人を襲ったポイズンウルフだった。しかし、幸いなことに今回は二匹しかいなかった。体の大きさも普通のポイズンウルフであるところから見ると、群れからはぐれた二匹なのかもしれない。
二匹は女の子を取り囲むように慎重に距離を保ちながらジリジリと動く。
それを見て、トリステンは迷わず走り、クロスボウの射程になると、片ヒザを立てて狙いを定める。
キャウン!
矢は一匹の太ももに刺さり、無傷のポイズンウルフは迷わずトリステンに襲いかかる。トリステンは矢を放った瞬間に当たるのを確信していたのか、剣を抜き無傷の一匹の襲撃に備えていた。
「遅い!」
トリステンは、その毒を持った牙を、大きく開けて襲いかかってくるポイズンウルフの口に、剣を突き立てる。
速さ特化の蝶子との訓練で身につけた技術。
カウンター!
相手の攻撃に合わせて反撃する。
蝶子のスピードに合わせようと努力した結果、ポイズンウルフのスピード程度では、まるで止まっているようなものだった。そのため、足に傷を負ったポイズンウルフなどトリステンの敵ではなかった。
出来るかな? トリステンは一つの技を試してみた。
まっすぐポイズンウルフに走り寄ると、相手は迎撃しようと牙をむく。
そのポイズンウルフの直前でジャンプをしながら体をひねる。ポイズンウルフの首を狙う。蝶子の得意技『首切り』
出来た!
蝶子のように完全に切り落とせなかったが、首の三分の二は切り落とされ、血が噴き出した。
「トリ君、今のって、お蝶ちゃんの……」
「そう! 首切り!」
「すごいじゃない!」
トリステンの成長ぶりにエルシーは驚いた。『男子、三日会わざれば刮目してみろ』とは良く言ったものだ。
「エル姉ちゃん、危ない!」
トリステンに近づこうとしたエルシーに隠れていたポイズンウルフが襲いかかってきた。それに気がついたオルコッはその牙を大杖で防いだ。
しかし体重の軽いオルコットはその勢いで後ろに転がる。
「きゃー!」
「オル!」
「オルちゃん!」
運悪く、オルコットが転がったところは斜面になっており、その勢いのまま、転がり落ちてしまった。
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