第11話 オルコットは廃教会を見つける
まずい! オルコットはそう思った瞬間、反射的に叫んでいた。
「プロテクション!」
オルコットは自分に防御の魔法をかける。それはオルコットが覚えていない魔法だった。通常が突然使えるようになることはない。しかし、落下の危機に瀕したオルコットの頭に急に魔法が浮かんできた。
「あ、痛たたた」
プロテクションの魔法のおかげでオルコットは軽い打撲と擦り傷だけで済んでいた。その魔法はエルシーを助けたおかげで発動した『情けは人のためならず』の能力で使えるようになっていたのだった。しかしそんなことは、オルコットにはわかるはずもなかった。不思議に思いながらも今は、トリステン達のところに戻ることが最優先だった。しかし、落ち葉で滑ってしまい、うまく登ることができない。
「お兄ちゃ~ん! エル姉ちゃ~ん!」
オルコットは上に向かって叫んで見ると、何やら上から声は帰ってくるのだが、何を言っているのかまでは聞き取れなかった。あたりを見回すと、幸いなことに獣道をすぐに見つけることができた。
一旦、街の方に戻ろう。道が見つかれば、合流できるはずだ。オルコットはそう決めると、太陽の位置を確認して、街の方向へ歩き始める。
歩き始めてすぐに道に沿って、綺麗な小川が流れているのを発見した。泥を落として傷口を洗い、水を飲んで水袋に水を補充して、また歩き始める。
ひとりっきりになるのは、いつぶりだろうか? いつも兄と一緒だったオルコットは考える。
まだオルコットが小さい時、些細なことで父親と喧嘩して、里山に逃げ込んだ時だろうか? いつも遊んでいた里山だったが、いつしか雨が降ってきて、心細く後悔したことを覚えている。
その時にオルコットを見つけてくれたのは、兄のトリステンだった。
それから、オルコットはずっとトリステンの後ろを追いかけていたように思う。
トリステンが冒険者になるといったときも、迷わずついていくことを選択した。この時ほど自分に魔法の才能がってよかったと思ったことはなかった。しかし、いまのオルコットが使える魔法は数少なく、一人でモンスターに出会ったときに有効な魔法はまだ持っていなかった。
「あ!」
背の高い草むらを抜けると、オルコットは思わず、声を上げてしまった。
目の前に見える建物、教会。一目見て誰も住んでいないことが分かる荒れっぷり。窓は壊れ、ところどころ壁も欠けて、あたりの雑草は伸び放題であった。しかし、その木陰から差し込む陽の光のせいか、オルコットはその教会に孤高の美しさを見出していた。
「こんなところに教会があったんだ」
オルコットは正面玄関に回ると、つい、中に入ってしまった。
大きな両開きの扉は、静かな森の中、錆びた蝶番の音を立てて簡単に開いた。
オルコットが通れるだけ扉を開けて、中に入るとその造りは街にある教会と同じく、信者用の長い椅子が規則正しく並べられ、奥には神様の像が祀られていた。屋根は特に雨漏りもなさそうで、最悪、ここでひと晩過ごせるのではないかと安堵した。
静かな教会の中に蝶番の音が響いた。
オルコットが振り向くと、そこには赤く汚れた神父服を着た背の高い男がいた。
いや男と言っていいのだろうか?
泥に汚れた顔は異常に青白く、眉毛がなく、深くくぼんだ目には生気がなかった。そして、オルコットに気が付いているのか、ゆっくりと一歩一歩近づいてきた。
オルコットは思い出してしまった。今回のクエスト、廃教会にいるゾンビの討伐だと。
「きゃー!」
オルコットは悲鳴を上げ、大杖を振り回しながら、教会の外に走り出る。
「きゃー!」
ゾンビの威嚇は人の悲鳴に似ているのだと、オルコットは妙に冷静に考えながら走る。
元が人間だから、当たり前なのかもしれない。そういえば、ゾンビの動きは遅いと言っていたはずだ。このまま走れば逃げ切れるかもしれない。
怖いのは毒だとも言っていた。しかし、擦り傷だらけの今の体で、すれ違いざまに傷をつけられていたとしても、どれがそうなのかわからない。早く、エル姉ちゃんたちに合流しないと。オルコットはそんなことを考えながら必死に走る。
ふと後ろを振り向くと、先ほどの男が追いかけてきていた。思っていたよりずっと速い。ゾンビの動きが遅いとはいえ、もしかしたらなりたてのゾンビの動きは意外と速いのかもしれない。
オルコットは必死にスピードをあげようとして、足がもつれて転んでしまった。
しまった! 追いつかれる! 時間を稼がなくては。オルコットは即座にそう判断すると、必死で魔法を放つ。
「ライト!」
「ダーク」
目くらましのために放った光の玉は魔法の闇によって打ち消されてしまう。
聞いてない! あたし、聞いてないよ。ゾンビが魔法を使うなんて! 闇生物だから闇系の魔法が使えるの? どうしよう。オルコットはなにか手がないかと考えていたが、もう目の前に男が迫り、思わず身を固くして目を閉じてしまった。
「助けて! お兄ちゃん!!」
「キュア」
覚悟をしていた噛み付きや引っかきの痛みではなく、全身の擦り傷の痛みが引いていく感覚にオルコットは包まれていた。誰かが回復魔法をかけてくれたようだ。
ゆっくり目を開けるオルコットの目の前には、先ほどの男が気味悪くこちらを見ていた。
「オルコット! 伏せろ!」
トリステンの声にオルコットは、反射的に頭をかばいながら、地面に伏せる。
クロスボウの矢の風を切る音。
「シールド」
矢は見えない盾にはじかれて、地面に落ちてしまう。
「トリ君ちょっと、待て!」
「エル姉ちゃんはオルの確保! 大丈夫、ゾンビがウルフより速いわけがないだろ」
エルシーの制止を聞かずに、剣を抜いて地面を蹴るトリステン。まだ到底、蝶子のスピードにまで到達しない。しかし一ヶ月前とは見違えるほどの素早さ。
「パラライズサンダー」
男は人差し指を向けると、小さな雷がトリステンを貫き、体を麻痺させる。
「ちょっと、バードナ。うちのかわいいトリ君に何するのよ! 早く麻痺を解いて!」
エルシーは二ヶ月ぶりに会う、かつての仲間、賢者バードナに文句を言った。
「え! エル姉ちゃん。このゾンビと知り合いなの?」
痺れて動けないトリステンに駆け寄ったオルコットは、二人を何度も見比べる。
「エルシー。久しぶり」
「えー!」
ゾンビだと思っていた背の高い男が、普通にしゃべるのを聞いて、オルコットは驚きの声を上げたのだった。
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