第9話 新米冒険者はクエストを横取りされる

「マーヤちゃん、いいクエストが入ってない?」

「マーヤちゃん。ガツンとランクが上がるようなクエストない?」

 エルシーに続いてトリステンもメガネ受付マーヤに声をかける。

「あら、いらっしゃい。あちらのクエスト掲示板を見てください……エルシー、ちょっとおいで」

 あ、マーヤちゃんのメガネが光っている。嫌な予感。エルシーは身構える。

 二人が掲示板に行くと、エルシーの襟はぐっと引っ張られる。他には聞こえない声の大きさで、エルシーに話しかける。恐ろしくドスの利いた声で。

「なんでトリステン君まで『ちゃん』呼ばわりなのよ。ちゃんと年上に対する口の利き方を教えておきなさいよ!」

「わかった、わかったから襟引っ張らないで、首が絞まっちゃう! ねえねえ、本当に苦しいから」

「これでも荒くれ者相手の仕事だから、変に舐められると仕事がやりにくくなるんだからね。それはそうと、あなた、最近太ってない?」

 マーヤは襟から手を離して、顎の下をたぷたぷと叩く。

「いや~オルコットちゃんのご飯が美味しくてついつい、食べ過ぎちゃって。これまで、わたしの料理って、たまに独特な味がしていたから……」

 調味料の種類を間違えてつくった料理の味を、独特の味と言い切るエルシー。

「そ、そう、良かったわね。じゃあ、クエストが決まったら持ってきてください」

 エルシーが掲示板の前に行くとほかの冒険者達に混ざって、二人は慣れた手つきでクエストを探していた。

 掲示板はランク別に分けられているものと別に、ここ一ヶ月以内に出てきた新クエスト掲示板がある。慣れた冒険者はまず、この新クエスト掲示板を確認する。

 エルシーはついつい、A級やB級から見始めてしまう。ミノタウロスのツノやサラマンダーの毛皮など、上級の素材から領主令嬢の捜索などの人探し、妖精の探索などが新しく出ていた。しかし、ダンジョンに入らなければクリアできないものが多かった。ダンジョン探索はE級以上でないと許可が出ない。自分はF級だと、思い出し、Fと書かれたクエストを探す。

「なにか、いいクエストあった?」

「ええ、これとか良いかな?」

 西の森に現れたゴブリン十匹の討伐だった。

 ゴブリンとは身長百三十センチ程の小鬼。緑色の肌を持ち、髪の毛はなく、一本のツノを持つ戦闘能力がそれほど高くはないが、群れをなして数で押してくるモンスターである。

 十匹くらいなら、ゴブリン相手であれば、大丈夫だろう。マルチであれば最悪、全部倒す必要はない。そしてゴブリン相手にしては、何故か報酬が良かった。

「いいじゃない? しっかり準備しておけば、今のふたりなら大丈夫じゃないかな」

 トリステンがメモを取ろうとすると、別の冒険者がそのメモを取って行った。

「邪魔だ! これはシングルでもやる価値があるな。初心者は引っ込んでいろ」

「え!」

 ルール違反ではない。クエストは基本早い者勝ちである。そして、マルチよりもシングルが優先される。

 しかし、マナー違反である。クエストを受けようとしているほかの冒険者を押しのけて、なおかつ挑発までする。

「ちょっとまって、俺たちもシングルで受ける!」

「ちょっと、トリ君! もったいない。それにわたしたちだけでシングルは早いよ」

「その姉ちゃんの言うとおりだよ。子供はそのへんの草でも取っていろ」

 メモを横取りした男は鼻で笑って、受付へ行ってしまった。

「くっそう!」

「お兄ちゃん!? これ!」

 恨めしそうに男の背中を睨むトリステンに、オルコットが一つのクエストを指差す。

 それは先ほど取られたクエストの下に隠れていたクエストだった。

「ゾンビの調査もしくは討伐?」

「どれどれ、西の街外れの廃教会にゾンビが一体目撃。ゾンビの数と危険性の調査。可能であれば討伐だって。一体だけだし、調査だけでもいいのならありがたいわね。今回はこれにしましょうか?」

「よし、これを受けてくる!」

 そう言ってトリステンは、勢いよく受付に行ってしまった。

「え! そういう意味じゃなかったんだけど、ゾンビってあれでしょう。死体が動くやつ。ところどころ腐っていて、蛆虫やハエがたかっているモンスター。気持ち悪い。近づきたくないって意味だったんだけど……」

 そう言って泣きそうになっている美少女は、いつも強気なだけに、可愛く見える。

「じゃあ、このクエストをやめるように言ってくるね」

 しかしオルコットは、そう言って受付に行こうとするエルシーを止める。

「いい、お兄ちゃんがあんなに張り切っているから、我慢する。どっちにしても冒険者を続けるのだったら、避けて通れないでしょう」

 健気や~。そうだよね。腐った死体が大丈夫な女の子って少ないよね。でもこれかもトリ君と冒険者を続けるなら乗り越えないといけないよね。かわいいよ、かわいいいオルちゃん。エルシーは思わず、オルコットを抱きしめる。

「だから、その脂肪の塊を押し付けないで! 今度、お兄ちゃんにそれしたらご飯抜きにするからね!」

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