第8話 新米冒険者は蝶子をパーティに誘う

 そんな風にいくつかのクエストをクリアしながら、トリステンと蝶子の訓練は続いていた。

 蝶子にとっては、朝の体操のようなものではあるが、日々成長する弟子の姿を見るのは、結構楽しいものだった。

「先生、パーティに入ってくれませんか?」

 トリステンは蝶子をパーティに何度も誘う。

「私から一本取れたらね」

 そんなやり取りは一ヶ月間ほぼ毎日したが、結局、一度も一本が取れないまま過ぎ去り、蝶子の新しいパーティは決まってしまった。

「たまには遊びに来てよね」

「あんたが二人に愛想を尽かされていなければね。トリステンのことも気になるし、オルちゃんのご飯はおいしいからね」

 今日はエルシーの家で蝶子の新しいパーティ決定のお祝いをすることになった。

「トリ君、寂しくなるのはわかるけど、そんなにむくれないの。遊びに来てくれるって言ってくれているじゃない」

 珍しくふくれてそっぽを向く、十三才の男の子は久しぶりに年相応に見える。

「なんで、なんですか? なんで俺たちのパーティに入ってくれないのですか?」

 エルシーにとっては初耳。蝶子を見ると澄ました顔で酒を飲んでいる。その態度をみて、詳しい説明をしていないことをエルシーは理解した。

「トリ君、それは無理なお願いよ。先生として訓練をつけてくれただけでも本当は破格なのよ。わたしたちのパーティランクは最低のF級、お蝶ちゃんは六つも上の特級。それもそこのアタッカー。私たちが請け負うようなクエストだと、蝶子ちゃん一人で簡単にクリアできちゃう。そうするとふたりはどうなる? なんの経験もできずにランクだけが上がって行くのよ。実力もなくランクだけが上がるということは、危険度だけが上がるのよ。そんなことしたら、ふたりともいつ死んでもおかしくなくなるわよ」

 いつになく真剣に説明するエルシーに、トリステンもオルコットも黙って聞くしかなかった。

「今回、お蝶ちゃんが加わったパーティはB級。私たちより四つも上のクラス。本当ならこのランクでさえ、お蝶ちゃんには役不足なのよ。でも、現状最高ランクであるA級のパーティの数も少なく、空きがなかったから、仕方なくB級でもA級に近いパーティを選んで打診していたのよ」

 蝶子がパーティに加わらないのはトリステン達のことを思ってだったと、エルシーの言葉で理解するトリステン。

「じゃあ、俺たちのランクが上がれば、パーティを組んでくれますか?」

「いいわよ。その時にまだトリステンが私の力が必要ならね。ただし、エルシーが言ったように最低でもB級よ」

「分かりました! やるぞ! オル!」

 俄然やる気になったトリステンとは反対に、テンションの低いオルコットは何やらブツブツと言っていた。

「やっぱり、あのおっぱいか!? エル姉ちゃんよりは小さかったけど、形が綺麗なうえに、乳首も……」

 一緒に風呂に入ったときのことを思い出したのか、オルコットは目が据わっていた。

「オ、オルちゃん。今日は送別会だから、楽しくやろう。ねっ。ああ、そういえばバードナは見つかった?」

 黒いオーラを放つオルコットをなだめながら、なんとか別の話題にそらそうとするエルシーは蝶子に問いかける。

「ギルドにも顔を出していないみたい。遊説に行っているのかもしれないわよ」

 バードナはエルシーや蝶子がいた勇者パーティの賢者のことである。攻撃魔法も回復魔法もできるマルチ魔法職。

 しかしそれは冒険職であり、元々のバードナの職は神父であり、教会で神の声を聞き、信者を良き道へ導くのが本来の役割である。その彼にとって魔界とつながっていると言われるダンジョンに挑むのは、魔界の門を閉じ、信者の安寧を獲得するためであった。

「ああ、そうかもしれないわね。でも大丈夫なのかしらね?」

「本当にね」

「そういえば、お蝶ちゃん、ゾーゲン親方とはその後、進展があったの? 親方も奥手だから、お蝶ちゃんから積極的に行かないと。ほら、包帯とって、こう、胸の谷間を強調して迫ってみたらどう? せっかくいいもの持っているのだから」

「何言っているのよ。私は見ているだけで幸せなのよ」

「えー! 蝶子さん、そんなことでどうするのですか、ガンガン行かないと」

 突如始まるガールズトーク。女三人寄ると姦しいとはよく言ったものだ。トリステンはじっと聞いているしかできなかった。

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