第7話 新米パーティは新しいクエストを受注する
トリステンと蝶子の訓練は早朝にエルシーの家の庭で行われていた。
訓練が終わると、平和の鐘のメンバーは冒険者ギルドに行き、クエストをこなす。
そんな日のある日、請け負ったのは畑を荒らす熊の撃退。倒さなくても、畑に来ないように追い払えば良い。倒してしまえばそれで終わりだが、追い払うならば、また畑に来ないように一週間ほどの見張り付きの依頼。
エルシーは無理に退治する必要が無い。現れる場所が特定できるから、罠の設置もできる。そう判断して、トリステンが依頼を受けることに賛成した。
「おい、いくら何でもガキ過ぎじゃないか。『冒険者の円卓』もえらく質が落ちちまったな。それとも儂の依頼を馬鹿にしているのか? こっちは命より大事な畑を合わされているって言うのによ」
依頼人の腰の曲がった白髪の老人は文句を言う。
「大事な畑だって言うことは重々承知しているわよ、トーマスさん。私たち、まだまだ駆け出しだけど、頑張るから」
エルシーはトーマスの言葉に文句を言いかけたトリステンとオルコットを押さえて答える。
「ふんっ! エルシーじゃなけりゃあ、他の冒険者を派遣してもらうんだがな。まあ、せいぜいしっかりやってくれよ」
そう毒づきながら畑を荒らされたトーマスは去っていた。
「なんだ、あれは? 頼んできたのは向こうの方だろう? 俺たちが若いってだけでなんであんなことを言われなきゃなんないんだ?」
「そうよ! お兄ちゃんの言うとおりよ!」
兄妹は老人の理不尽な言葉にプリプリと怒っていた。
「まあ、二人の気持ちもわかるけど、トーマスさんも大事な畑を荒らされてイライラしているから勘弁してあげて」
エルシーはトーマスの代わりに二人に謝る。
「まあ、仕事は仕事だから、やってやるよ」
「熊を追っ払うだけでしょう。さっさと追い払ってあのじいさんを見返そうよ」
オルコットが言うように、熊を追っ払うだけ。その依頼の危険度は低いはずだった。
それなのにトリステンの目の前には怒り狂った熊が立ち上がっていた。
三メートル近い巨体。
トリステンの目の前に立つと、大きな壁のように見える。よだれを垂らし、牙をむき、敵意をむき出しにしていた。
熊を見つけたトリステンはクロスボウで矢を撃ったのだ。
エルシーは威嚇のつもりだと思った。しかし、トリステンは熊を倒すつもりで放った。追っ払うだけでは気に食わない。熊を退治してあのじじいを見返してやる。オルコットはそんな気持ちで矢を放った。
しかしその矢は厚い毛皮に阻まれて、中途半端に刺さって止まった。怒り狂った熊はトリステンに襲いかかってきたのだった。
「トリ君、危ない!」
相手の手が届かない距離では冷静に攻撃できた。しかし、いざ相手が明確な殺気を持って目の前にたつとトリステンの体はすくんでしまった。
エルシーに噛みつくポイズンウルフ。そして今にも自分たちにも襲いかかろうとしていた敵をトリステンは思い出してしまった。
「避けて!」
エルシーの言葉になんとか反応とするも落ち葉で滑って、トリステンは尻餅をついてしまった。その尻餅をついてしまったトリステンの頭の上を熊の巨大な手と爪通り過ぎる。その爪は巨大な木の幹をそぎ取った。エルシーの特殊能力『情けは人の為ならず』による幸運が発動した。
「ひぃ!」
思わず悲鳴を上げるトリステン。
「オルちゃん、チャッカ!」
エルシーの指示でトリステンと熊の間の枯れ草に火をつける。
一瞬ひるむ熊。
「落ち着いて。よく見て! お蝶ちゃんよりよっぽど遅いはずよ。トリ君なら出来る。勇気を出して!」
トリステンは蝶子との特訓を思い出す。
そうだ! 蝶子先生の剣はこんなに遅くない。
エルシーの言葉と能力で、トリステンの胸に『立ち向かう勇気』が大きく芽生えた。
「きゃー!」
尻餅をついているトリステンを無視して、熊は魔法を使ったオルコットに向かっていた。
「オル!」
トリステンは剣を手に立ち上がると、走った。唯一の妹を守るために。
よく見ろ! 焦るな。冷静に対処しろ。
トリステンは先ほどの自分同様、恐怖で棒立ちになっているオルコットをタックルして、熊の攻撃からオルコットを逃がす。
「オルちゃん、ライトで援護して」
エルシーの声に応えてオルコットは熊の目の前にライトを放つ。
目くらましを食らった熊はむやみに腕を振ってうなり声を上げる。
オルとエル姉ちゃんは俺が守る! トリステンはその決意を胸に、熊の腕をすり抜けると、足に斬りかかる。見えない状態から攻撃を食らった熊はゴロゴロと転がった。
「とどめだ!」
トリステンはジャンプ一番、仰向けになっている熊に体重を乗せた剣を突き立てる。まともに熊の首に刺さる剣。そこから噴き出す血。油断なく暴れる熊の動きを見極めるトリステン。どのくらい時間がたったのだろうか。熊は動かなくなっていた。
「トリ君、大丈夫?」
「う、うん。オルとエル姉ちゃんを守らなきゃって思ったら、なんだか力が湧いてきたんだ」
自分の実力以上の力がでた。トリステンは自分でもそう感じていた。
「すごいよ。あれだけ大きな熊を倒せるなって、お蝶ちゃんとの特訓が生きたんじゃない!」
蝶子先生との訓練が生きたのはその通りだと思う。しかしそれ以上の何か別の力が助けてくれたような不思議な感覚にトリステンは戸惑っていた。
「お前たちが、あれを倒したのか!?」
倒した熊を見せるとトーマスは目を大きく開けて驚きの声を上げた。
「ああ、依頼通り俺たちが退治したぜ。これで文句ないだろう」
トリステンはどうだと言わんばかりに胸を張って答える。
「お前たち、怪我はないのか? 無茶をしやがって……」
トーマスはその農作業で日焼けした眉間にしわを寄せる。
「怪我なんてするもんか。俺たちは一人前の冒険者だぜ」
トリステンはまた、馬鹿にされるのではないかと思って、構えて答える。
「そうか、怪我はないのか。良かった。ガキが怪我をする姿なんぞ見たくないんでな。ありがとうな」
トーマスは照れ隠しのようにトリステンに背を見せながら、お礼を言った。
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