第6話 新米冒険者は初めてのクエスト報酬を得る

「はい、クエスト完了届を受理しました。報奨金がこちらです。初めてのクエストが、無事に完了してよかったですね」


 やり手メガネっ子受付のマーヤがにっこりと笑って、トリステンにツノうさぎのツノと引き換えに報奨金を渡す。

 一本千マルなので一日で五万マル以上が手に入った。三人で分けても一人、二万マルのお金は、住む家がある三人にとって、一週間は十分生活できる金額だ。

 その上、大量のポイズンウルフの毛皮と牙が結構な値段で売れて、三人の懐は大いに潤った。

「はい、こちらは蝶子さんの分です。ご苦労様でした」

 蝶子が受け取った報奨金は百万マル。本来ならばトリステン達よりも二つ上のランク、D級以上でなおかつ、最低五人以上のパーティが請け負うクエストだ。それを一人で、小遣い稼ぎのようクリアする。さすが元勇者パーティのアタッカーである。ちょっとトリステン達を危険にさらしたが。

「それで、これからどうする? よかったらお蝶ちゃん、今晩うちで一緒に晩御飯食べない?」

「え! エルシーの家!? いや、それはちょっと……あのゴミが……」

「蝶子さん、大丈夫ですよ。昨日、あたしたちふたりで大掃除済みですよ」

「アレを掃除したの!?」

 蝶子のその態度から、やはり昔からゴミ屋敷だったのだと、再認識したトリステンとオルコットだった。

「蝶子ちゃんがうちに来たとき、たまたま散らかっていただけだからね」

「頑張ったわね。あなたたち……でも、エルシーが料理を作るのでしょ?」

「大丈夫です。あたしが精魂込めて料理を作りますから」

 オルコットがその可愛らしい胸を張る。

「あなた、いい子達とパーティ組めて良かったわね。本当に」

「なんか、悪意を感じるわよ。せっかく蝶子ちゃんのために、あのお酒を仕入れといたのに」

 呆れ顔でエルシーを見る蝶子に、口を尖らせながら切り札を切る。

「もしかして、日本酒?」

 日本酒とは東の島国、日本名産のお酒のことである。米から作るそのお酒は日本でしか作られず、作り方は門外不出とされている。そのため、流通が非常に少なく、入手が困難なお酒である。

「そう、蝶子ちゃんの故郷のお酒。無理言って仕入れてもらったのだから」

「行く、行かせてください。飲ませてください」

「じゃあ、決定!」

 エルシーは上機嫌で家に帰ろうとするのを、蝶子は引き止めた。

「でもその前に、エルシーは病院ね。今回は私のミスもあるから、お金は私が持つわよ」

「ほんとに!? じゃあ、行こうかな」

「やっぱり、あんた行く気がなかったでしょう。それとふたりの使える魔法を教えて」

「オルはチャッカとライト、あとは虫除けくらいです。俺は魔法を使えないです」

「じゃあ、エルシーが病院に行っている間に、二人の実力を見させてもらおうかな」


 病院へ行くといろいろな冒険者が集まっていた。腕が切れてかなり重症に見える者から、擦り傷などの軽傷の者、毒なのか、外傷は見られないが非常に顔色の悪いものもいる。そのほとんどは、戦闘の時に最前線に立つ戦闘職の者だった。

 エルシーは受付に呼ばれて治療室へ入って行った。

 しばらくして新米冒険者二人が蝶子に連れられて病院にやって来ると、治療室から出て来たエルシーに心配そうに確認する。

「どうでした?」

「ああ、大丈夫よ。毒は飲んだ毒消しで消えているから、噛まれた部分が治れば大丈夫だって。これも止血していたし、ポーションを飲んでいたから二、三日で治るそうよ」

「よかった~」

「本当に、よかった」

 長年、冒険者をしている蝶子はおよその予想はついていたが、どうしても毒はわからない部分がある。念の為に病院に連れてきておけば安心だった。

「それで、ふたりの実力はどうだった?」

 二人は気恥ずかしそうな、嬉しそうな表情を浮かべる。

「その話は、日本酒を飲みながらでもいいでしょう。さあ、行くわよ」


 今日のメインは決まっている。ツノうさぎだ。薪オーブンで二匹は丸焼きに、あとはシチューの具になった。

 丸焼きと一緒にじゃがいもと人参も焼く。草原でとった野草もサラダにして、出来上がり。

「それじゃあ、平和の鐘の初クエスト成功とお蝶ちゃんとの再会に乾杯!」

 相変わらずエルシーはビール、若い二人は葡萄ジュース、そして蝶子はお待ちかねの日本酒で乾杯する。

「これ、これ、この味! ああ、故郷の味だわ。料理も美味しい! オルコットちゃん、いい腕をしているわね」

 コップの酒を一気に飲み干した蝶子は、嬉しそうにおかわりをする。

「それで、二人の訓練は受けてくれるのでしょう。どうだった二人の実力は?」

「無理よ」

 エルシーは慌てて、酒を注ぐのをやめる。

「ちょっと、なんでやめるのよ。もっとちょうだいよ」

「何言っているの。話が違うじゃない! いくらお蝶ちゃんでも、ただ酒をあげるほどの余裕はないの」

「いやいや、私が訓練するのはそっちのトリステン君だけ、私に魔法使いの訓練なんてできないわよ。私は自分の戦い方に魔法が必要だったから、覚えただけで、それ以外使えないし、魔法主体の戦い方なんて教えられないわよ。悪いけどオルコットちゃんは別の人に頼んで!」

 蝶子の戦い方は的を絞らせないように動き続けて、最速で近づき急所を突く。実にシンプルな戦い方だが、蝶子ほどのスピードになると空気抵抗が邪魔になる。そのため、風の魔法を使い空気の抵抗をなくし、スピードを上げている。一応、魔法剣士の部類になるのだが、ほとんどの人は、ただの超スピードの剣士だと思っている。

「ああ、そういえば、そうよね。それはしょうがないか」

 そう言って再度酒を注ぎ始めるエルシーにオルコットがストップをかける。

「いや! あたしお兄ちゃんと一緒がいい」

「でも、オルちゃんじゃ、お蝶ちゃんと目指す方向が違うのは確かだし……」

 そう言ってなだめるエルシーを無視して、オルコットは蝶子の胸をびしっと指す。

「だって、蝶子さん、お兄ちゃんが好きそうなささやかな胸じゃない! あたしの知らないうちにお兄ちゃんが誘惑されたら困るぅ~!!」

 ブッファっと口に含んだ飲み物を吹き出すトリステンと蝶子。

「あ~、それなら大丈夫よ、オルちゃん。お蝶ちゃんは、ああ見えて筋金入りのおっさん好きだから。確か狙っているのは鍛冶屋のゾーゲン親方だっけ? 確か五十才の」

「違うわよ! まだ四十九よ。来月末に五十才になるの!」

 真っ赤になって否定する蝶子を見て、エルシーはニヤニヤといやらしく笑う。

「それにね。お蝶ちゃんの胸、包帯で抑えているけど、実は結構あるのよ。あとで一緒にお風呂に入ってみたらいいわよ」

「え!? どうしてそんなことしているのですか?」

 オルコットは蝶子に近づいて胸元をじろじろと見る。

「あ~ちょっと離れて。この服はね、あまり胸が大きいと綺麗に着られないのよ。それに抑えてないと動き回るときに邪魔になるね」

 そう言ってオルコットから両腕で胸元を隠す蝶子に、ちょっと良く見せてくださいと食い下がるオルコット。その二人を止めたのは、この場で唯一の男の子だった。

「あの~。俺、そんなに胸ばっかり見ているみたいに思われているのですかね? それよりもリーダーとして、今後のことの話を進めませんか? オル、あとで話があるからな!!」

 脱線した話を修正するリーダーの男の子がそこにいた。

「トリステン君の実力は、今日初めてクエストに出たとは思えないほど良かったわよ。これまで戦い方、誰かに習ったの?」

「村では昔、冒険者だったって言うおっちゃんから習っていました」

「そうなのね。まず、トリステン君は射撃がいいわね。まだ力が弱いからクロスボウだけど、弓矢の命中率が良いわ。できればショートボウでも扱えるようになると、危険が減るわよ。あと、剣の腕はまだまだね。まあ、これは私の得意分野だからこれから鍛えてあげるわよ」

 エルシーは蝶子の説明に納得する。あのポイズンウルフの群れが襲ってきたときに、ろくに練習していなかったボウガンで、しっかりと一頭仕留めている。

「オルコットちゃんは、まだまだこれからね。ちなみにオルコットちゃんはどんな魔法使いになりたいの?」

「本当はお兄ちゃんと一緒に、バンバン戦える魔法使いになりたかったのだけど……」

「だけど?」

 いつもはっきり言うオルコットにしては、珍しく言いよどんでいると、トリステンが助け舟を出す。

「回復魔法を先に覚えたいのだって、今日のことで」

 エルシーと蝶子は今日の戦闘を思い出す。たしかに半端な攻撃魔法よりは、回復魔法をかけながら、徐々に撤退出来た方が良かったかもしれない。

「エル姉ちゃんの血だらけの姿を見て、何も出来なかった自分が嫌だったって、なあ、オル」

「そ、そんなこと言ってないよ、お兄ちゃん! そう! お兄ちゃんが怪我した時に、エル姉ちゃんじゃなくてあたしが助けたいだけ、本当にそれだけだから! エル姉ちゃんも蝶子さんも、いいから飲んで!」

 照れ隠しに酒を進めるオルコットの顔は、酔っているのじゃないかと言うくらい真っ赤になっていた。

 照れる美少女。お酒が進むわ~。二人はほっこりとお酒を飲んでいた。

「ところでお蝶ちゃん。勇者パーティは解散したって言っていたけど、オルコットちゃんの先生に彼を紹介出来ない?」

「彼って、もしかしてバードナのこと? あー、やめといた方が良いと思うよ。能力的には最高の賢者だけど、あの性格だからね」

 そう言って、オルコットを見てため息をつく。

 オルコットとしては、勇者パーティにいたような人に教えてもらえるのはありがたいが、自分のような小娘では、やはり相手にされないのだろうと理解する。

「そう? でも、会ったら話をしておいてよ」

「いいけど話が出来たらね」

 そう言って蝶子は明後日の方向を見て、生返事をする。

「ところで、エル姉ちゃんって勇者パーティにいたのだよね。何がすごい能力あるの?」

 トリステンの言葉に、エルシーと蝶子の酔っ払いは顔を見合わせて笑う。

「トリ君、わたしは運搬人よ。能力なんてあるはずないわよ」

「いやいや、エルシーなら、『ドジ』と『怪力』があるじゃない」

「わたしも女なんだから、『酒豪』とか『大食らい』とか言われないだけマシね」

「あんた、一応、自覚あったの? アハハハハ」

 結局、エルシーは自分の本当の能力を知らないでいた。

 エルシーの特殊能力『情けは人の為ならず』。

 エルシーのドジを助けたり、許したりすることによって、運が良くなったり、能力が勝手に上がったりする特殊能力。トリステンが練習していないクロスボウがうまく当たったり、オルコットのライトが目くらましになるほど大きく眩しくなったりしたのもエルシーのこの能力のおかげだった。

 こうして、ドジっ子ポーターエルシーと心優しい新米冒険者の真の冒険が始まるのであった。

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