第5話 新米パーティはポイズンウルフに襲われる
エルシーの瞳は、この草原では通常見かけないモンスターを発見していた。
毒々しい深い紫色の毛並みの大型犬。鋭い瞳、口からはみ出す牙から毒がこぼれ落ちる。
ポイズンウルフ。
その毒は痺れさせる神経毒、混乱させる精神毒、通常毒など数種類の毒を扱う厄介な相手。
一頭だけでも、今の『平和の鐘』では危険な存在。それが今は群れをなして森から出てきていた。数がいる上、そのうちの一頭は、他の個体より二倍ほど大きく群れのボスらしいものまでいる。
エルシーは考えるまでもない。逃げ一択。しかしなんで、森の奥にいるはずのポイズンウルフの群れが草原にいるのか。
食事などほっぽり出して、エルシーたちは街へ向かって走る。ポイズンウルフたちもエルシーたちに気がついていた。
「あ!」
必死で走る中、転んだのはオルコットだった。足元には誰かが草を結んだ罠があった。
「オルちゃん!」
エルシーは絡まった草をナイフで切る。オルコットを背中にかばいながらトリステンは群れの先頭にクロスボウを放つと、悲鳴を上げて、一頭は倒れる。しかし、群れの勢いは止まらない。
「エル姉ちゃん、オルを頼む」
「だめ! 一緒に逃げるわよ」
ポイズンウルフの群れとの距離は約三百メートル。街までには確実に追いつかれる。
エルシーはリュックから煙玉を取り出し迷いなく使うと、赤い煙が立ち上る。救援信号。
トリステンはクロスボウに次の矢を装着するのを諦めて、剣を構える。
「ライト!」
オルコットが群れの前に光の球を放つ。攻撃力はなく、ただの光の玉だがその大きさ、光の強さから群れ全体の目くらましにする。しかし、それもほんの一瞬。その一瞬をエルシーは見逃さなかった。ありったけの煙玉を投げつける。あたりは真っ白な煙で満たされる。勇者たちならこの機を逃さずに群れを全滅させるだろう。しかし、いまエルシーが組んでいるのは新米冒険者だった。
やることはひとつ。
「今のうちに逃げるわよ!」
そう言って二人の手を引いて、街に向かってまた走り始める。
こんなところで、前途あるふたりを殺させる訳にはいかない。最後にはわたしが囮になってでも、ふたりは逃がす。エルシーの決意。
エルシーは後ろをふりかえると、混乱していたポイズンウルフたちは体勢を立て直し、また追いかけてきていた。
エルシーはリュックから炸裂玉を投げつけると、大きな音が草原に響き、一瞬躊躇するポイズンウルフたちだったが、ボスウルフの一声で、再度進軍を始める。
駄目か。ここまでね。エルシーは諦めた。
「エル姉ちゃん!」
「立ち止まっちゃ駄目! ふたりは走って!」
エルシーはリュックを下ろして立ち止まると、一頭が唸り声を上げてエルシーに襲いかかる。体をかばった腕に牙が食い込む。
「いたっ!」
他の一頭がエルシーの足に噛み付き、毒を注入する。
「ダメ!」
エルシーが二人の行く末路を見守ろうと振り返る。エルシーを無視したポイズンウルフが、今まさに二人に襲いかかろうとしていた。
その時、草原に一陣の風が吹いた。
二人に襲いかかろうとしたポイズンウルフの頭が落ちる。
気が付くとエルシーに噛み付いていた二頭も力なく、頭と体が離れていた。
しかし、ポイズンウルフの群れは次々と三人に襲いかかろうとする。
また、風が吹く。
「任せて」
その一言を残して。
次々と首を落としていくポイズンウルフの群れ。とうとう一頭になったボスは、怒り狂い唸り声を上げる。その声は、遠く離れたトリステンとオルコットをふるい上がらせて腰を抜かす。
そのボスに立ちはだかるのは、着物を来た女性剣士だった。鞘に収められた反りのついた片刃の武器、日本刀を腰に構えていた。
ボスは体を沈め、その女剣士に襲いかかろうとした瞬間、また風が吹く。それと同時に女剣士の姿は消えていた。
次に女剣士の姿が見えたのは、ボスポイズンウルフの首は地面に落ちた時だった。
エルシーはリュックを持つと、足を引きずりながら、トリステンとオルコットの元へ向かっていた。
「ふたりとも、大丈夫? ポーションは? 毒消し?」
泣きじゃくるオルコットを抱きしめている気丈にしていたトリステンも、エルシーの姿をみて泣き出した。
「エルねぇ~ちゃん」
「怪我は? 毒は受けてない?」
腕と足から血を流しながら、ふたりの前で膝をつき、ポーションと毒消しを差し出す。
「だ、だいじょうぶ。それより、エル姉ちゃんが~」
「そうよ。まずは自分に毒消しとポーションを使いなさいって、エルシー!?」
声をかけたのは、黒髪をポニーテールにしたエルシーより一回り以上小さな女剣士。血だらけの運搬人を見て、驚きの声を上げる。
「え!? お蝶ちゃん? あら、久しぶり~」
「挨拶はいいから、早く薬使いなさい!」
お蝶と呼ばれた女剣士に叱られて、ようやく毒消しを飲む。その間に泣き止んだオルコットが、止血草をエルシーの傷口に当てて包帯を巻く。
「助けてくれてありがとう。でもなんで、お蝶ちゃんが、こんなところに一人でいるの? もしかして、勇者たちも一緒なの?」
「ああ、聞いてないのね。あなたがパーティから抜けた後、しばらくしてから私もパーティを抜けたのよ」
「え!? なんで? お蝶ちゃんほどのアタッカーがなんで?」
「あの後ね、勇者がえらく調子が悪くなったのよ。それまで簡単に倒せていたサイクロプスにも苦労する始末でね。呪いにでもかかっているのかと思っても特になし。それが原因で例の女魔法使いから愛想を尽かされて、荒れに荒れたのよ。それであっという間にパーティ解散よ」
二人の会話を黙って聞いていたトリステンは遠慮がちに口を挟む。
「エル姉ちゃん、この人って……」
「ああ、昔、一緒のパーティだった侍のお蝶ちゃんよ」
「それって、勇者パーティの首斬りお蝶さん?」
エルシーとお蝶は顔を見合わせる。
「ああ、お蝶ちゃん、他のパーティからそう呼ばれていたわね」
「え、嘘! なんでそんな二つ名ついているのよ? 私、非力だから、スピード特化で首狙いじゃないと厳しいから、首を狙うけど、そんな物騒な二つ名ついているの? え、いやだ! お嫁にいけなくなっちゃうじゃない!」
お蝶は真っ赤になっている頬に両手をつけて、いやいやと顔を横に振る。
「助けていただいてありがとうございます。首斬りさん、憧れています! 俺に剣を教えてください!」
そう言って頭を下げるトリステンとオルコット。
その姿を見て蝶子は冷静さを取り戻す
「ちょ・う・こ・よ。エルシーの昔のパーティ仲間だった蝶子よ。決してそんな物騒な名前じゃないからね!」
「お蝶ちゃん、物騒な戦い方をする割には、真面目な乙女なのよね」
「蝶子先生、よろしくお願いします!」
トリステンが必死で頭を下げる。
「ちょっと待って! エルシー、この二人は?」
「パーティ『平和の鐘』のリーダー、トリステン君と妹のオルコットちゃんよ。いま、わたしは今このパーティの運搬人をやっているの」
「ちょっと待って、今、パーティ名、なんて言ったの?」
「平和の鐘です」
その名前を聞いて、端正な顔が険しい表情を見せる。
「エルシー、あなた長年冒険者をしていて、こんな名前をオッケーしたの?」
「ええ、オッケーしたわよ」
「ポイズンウルフ一匹相手にできないのに?」
「一匹は倒したわよ。それにふたりも今は新米だけど、生半可な覚悟でこの名前をつけたわけじゃないのよ」
エリシーは蝶子が言わんとすることはわかる。実力も無いのに「平和」などと言う名前をつける無謀さ。他のパーティに馬鹿にされるのは目に見えている。しかし、力で平和を勝ち取るパーティを目指すとトリステンは言った。ならばエルシーとしてはその意思を尊重したかった。
しかし蝶子にはその気持ちは伝わっていなかった。
「……まあ、いいわ。申し訳ないけど、新しいパーティを探さなきゃいけないの。私も暇じゃないのよ」
蝶子はそう言って、ポイズンウルフの頭を肩に担いで、立ち去ろうとした。
「お蝶ちゃん、ひとりだったの? だから、お蝶ちゃんほどのアタッカーがこんなところにいたの? もしかしてポイズンウルフの群れを森から草原に追い出したのは、お蝶ちゃん?」
ギクッ!
真面目な蝶子は素直に反応する。
「もしかして、そのせいでわたしたち、あの群れに襲われたの? 安全な草原でツノうさぎを、安全に狩っていた私たちが?」
ギクッ! ギクッ!
蝶子は諦めて謝る。
「ごめんなさい! 一人だと追い込みきらなくて……本当にごめんなさい!」
「じゃあ、トリ君のお願い聞いてくれる?」
「お願いします」
その赤い頭を何度も何度も下げる。
蝶子は傷だらけのエルシーと頭を下げる男の子を見て、天を仰ぐ。
「ああ、わかったわよ。その代わり、私の時間が空いている時だけよ。それと私の戦い方は特殊だから参考にならないかもしれないからね」
「ありがとうございます!」
「とりあえず、こんなところじゃ、なんだから、街に帰ってから詳しい話はしましょうか? 私はボスの頭だけ貰えればいいから、あとはあなたたちにあげるわよ。その代わり、これも持って行ってくれる?」
蝶子はその黒い瞳をニッコリさせる。
「リーダー、どうする? ポイズンウルフの毛皮や牙は良い値で売れるわよ」
エルシーはわざとリーダーであるトリステンに伺いを立てる。
「ああ、エル姉ちゃん、お願いしていい?」
「喜んで!」
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