第4話 新米パーティは初クエストに出かける
「それじゃあ、これで準備はオッケーなのですよね」
二人は装備と荷物を確認して、東の草原へ出かける準備を整える。
「ツノうさぎくらいだったら、そんなに重装備じゃなくて良いのだけど、ふたりの実力がわからないから、わたしが持っている、ポーションや毒消しは全部持って行っとくからね」
大柄な体より、さらに大きいリュックを担いだエルシーが、にっこりと二人に笑いかける。
「一週間くらいかかるの?」
「いいえ、日が暮れる前に帰るわよ」
新米冒険者のオルコットが見ても、その荷物に量は長期冒険に出かける量だった。
「ああ、これは魔具なのよ。見た目の十倍以上の荷物が入るのだけど、入っている量が少なくても大きさは変わらないのよ」
「へ~そんな物があるのですね」
「一応、魔具だからあんまり他の人に言っちゃダメよ。さあ、天気もいいことだし、張り切って行きましょう!」
春の暖かい日差しが降り注ぎ、鳥の声がさわやかな風に乗って聞こえてくる。青くさい香りが体を包み、あちらこちらに春の花が咲いていた。
「これは食用に使えるわよ。こっちは止血用の薬草」
「これは村でも取っていました。天ぷらにすると美味しいですよね」
妙に緊張している男の子をよそに、女二人は野草を取りながら移動する。
三十分も歩くと今回のクエスト予定地に着いた。見渡し限りの草原が広がり、目の前に小さな丘が見える。右手には遠くに森が広がっていた。
「さて、この辺りにはお目当てのツノうさぎがいるはずよ。ツノうさぎだけじゃなくって、ヘビとかもいるから、気をつけてね。それと単独行動とあっちの森に近づくのは禁止ね。何かおかしなことがあったらおおきな声で叫んでね。じゃあ、まずは腕試しに普通にツノうさぎを狩ってみようか?」
「よし、オル。行くぞ」
「うん。お兄ちゃん」
新米冒険者パーティ始動!
立派なツノが生えているうす茶色のうさぎが草を食べている。ツノうさぎは普段、臆病でそれほど危険性はないが、いざとなるとその硬いツノと強靭な後ろ脚で攻撃してくる。そのツノはその硬さから武器や粉にして薬としても使える。かなり使い勝手がよく、クエストに定期的に現れる。
トリステンは剣を構えて、そろりと一匹のツノうさぎに近寄り、襲いかかる。
「あれ!?」
エルシーの予想と違って、あっさりとツノうさぎを仕留めてしまう。
「さすが、お兄ちゃん!」
「なんか、村のツノうさぎより、捕まえやすいぞ。警戒心が薄いのかな?」
いやいや、この辺りのツノうさぎは冒険者の小遣い稼ぎで良く狩られるので、警戒心は結構強いはず。エルシーは驚いた。
「本当だ! 捕まえやすい!」
オルコットもその大杖を振り回し、仕留めてしまう。
あれ、あれ? ふたりとも、わたしが思っていたより、能力が高い? 警戒心が強く、素早いツノうさぎを弓も槍も使わずに倒すって、結構俊敏性がないとできないはずなのだけどな? まあ、能力が高いってことは、いいことだけれど。ああそうだ、いくら草原とは言え、わたしも役割を果たさないと。思った以上に二人の能力の高さを目のあたりにして、驚きながらもエルシーは自分の役割を思い出す。
運搬人は戦闘に加わらない。その分、状況を見極めて、必要なアイテムを渡すことと、周囲の警戒が運搬人の重要な役割になる。そうは言っても、この草原だと滅多にでない毒蛇や毒蜂くらいしか危険なモンスターはいないはずである。
一時間もしたころには、倒したツノうさぎは十匹を超えた。捕まえてはツノを切り、内臓を取り出し、毛皮を剥ぐ。ツノはギルドに、毛皮は店に売り、肉は食料にする。各々別の革袋に詰めて、エルシーが魔法のリュックに詰める。
「あまり取りすぎても、しょうがないから、次からは生け捕りにして、ツノだけ取ろうか? ツノうさぎって、ツノを取っても、また生えてくるからね」
「生け捕りって、結構大変じゃないの?」
三人は一休みをしながら、エルシーがポットからお茶を出す。春とは言え、風は少し肌寒い。温かなお茶が三人を落ち着かせてくれる。
「やり方があるのよ。お姉ちゃんにお任せあれ。ツノうさぎのツノって結構重いのよ。その上、だいたいツノうさぎの敵は自分より大きいから、上にジャンプする力は強いのね。だからツノうさぎって上り坂は結構速いけど、逆に下り坂でジャンプするとツノが地面にぶつかって、転がっちゃうのね。だから、ほらそこに丘があるでしょう。下り坂に誘導して追いかけるとあら不思議、あっという間に生け捕りができちゃうのよ」
「え、そんなの簡単にいくの?」
「まあ、試しにやってみない? あと、草を結んで罠を作ると成功率は格段にアップするわよ」
丘の向こうの草をみんなで結び、多数の罠を作ると、ツノうさぎの群れを追い回す。
「アハハハハ。なにこれ!? 面白い!」
オルコットが指さして笑った先には、地面にツノを突き刺して足をバタつかせているツノうさぎの姿があった。それも一匹や二匹ではない。十匹単位で。この丘は歴代の冒険者が、ツノうさぎを取るために定期的に柔らかくしているため、ツノが刺さりやすいのだ。
「はいはい、笑ってなくてツノを取るわよ」
三人でツノを取っては逃がし、ツノを取っては逃がして、次々とツノをリュックに詰めていった。
お昼前には五十本以上のツノを集めることができた。とりあえず、クエストとしては十分クリア出来るだけの数が揃った。あとは薬草や野草を取りながら帰れば、初めてのクエストにしては十分だった。
順調にクエストをクリアしている初心者パーティ『平和の鐘』は、見晴らしの良い場所を選び、お昼を食べることにした。
「初めてのクエストにしては上々の出だしね。今日はこれで帰りましょうか?」
「まだ時間もあるし、もう少し色々なモンスターと戦ってみたいな……ゲッフ!」
「お兄ちゃん、大丈夫?」
トリステンはエルシーから渡されたサンドウィッチを一口、食べると盛大にむせた。
「エル姉ちゃん、これ何入れたの?」
「え!? 渡したのは普通にハム、チーズとレタスにバターとマヨネーズよ」
「カラシが入っていない?」
「嘘!」
エルシーは慌てて渡したのと同じサンドイッチを食べてみる。からい。どうやらマヨネーズと間違えてカラシを塗ったようだ。
「ごめんなさい。それ、わたしが全部食べるから、こっちのサンドウィッチ食べて~」
「大丈夫だよ。はじめから、カラシが入っているってわかっていれば、これはこれで美味しいよ。あ、でもオルは辛いのが苦手だから、やめといたほうがいいよ」
トリ君、優しい~。オルちゃんの分は気をつけないと。そんなエルシーの気持ちとは別にオルコットが叫ぶ。
「そんなことないよ。あたしだって、お兄ちゃんと同じもの食べる!」
オルコットはエルシーからサンドウィッチを奪い取ると、かぶりつく。そしてトリステン以上に盛大にむせ返る。
「オル! だから、やめたほうがいいってい言ったじゃないか。ほら、水飲んで!」
ああ、素晴らしき兄妹愛! ふたりとも可愛いよ。あ、またヨダレが……いやいや、それより今はオルちゃんだ。エルシーは慌てて別のサンドウィッチを渡す。
「オルちゃん、こっち! こっちなら大丈夫だから」
エルシーはキュウリとスクランブルエッグのサンドウィッチを渡すと、涙目のまま食べ始める。
「甘い! エル姉ちゃん、また、塩と砂糖を間違えた?」
「え、オルちゃん甘いスクランブルエッグは嫌いだった? わたし、スクランブルエッグは砂糖派なのよ」
エルシーはオロオロとして、どうしたものかと困り果てていた。
「ごめん。てっきりエル姉ちゃんのことだから、また、間違えたのかと思って」
しゅんとして、その可愛い青い目を伏せる。
「いいのよ、いいのよ」
「あ~あたしが悪かったから、そのでっかい胸をこれみよがしに押し付けるのはやめて!」
可愛い、かわいいよ、オルちゃん。ずっとこうして抱っこしておきたい。
嫌がるオルコットをぎゅーと抱っこしていたエルシーは森の方を見て動きを止めた。
「ふたりとも、逃げるわよ!」
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