第3話 ドジっ子ポーターの家はゴミ屋敷

「げっ!? なにこれ?」

 武器屋で中古のボウガンとそれ用の矢を買った二人は、宿にあずけていた荷物を持ってエルシーの家へやって来た。

 古い家ではあるが四LDKお風呂付きと、ひとり暮らしにしては、なかなか贅沢な家であった。三人で暮らすにしても、十分な大きさだ。

 掃除さえされていれば。

 二人が部屋に入ると、そこには床が見えないくらいのゴミ、ゴミ、ゴミであった。

「ゴミ屋敷?」

「いやいや、ちょっと精神的に弱っていて、掃除する気力がわかなかったのよ。いつもはこうじゃないから、安心してね。本当よ、信じて~」

 そう言って、エルシーは自分の家に入ろうとして足を取られると、バターンとゴミの中にダイブしてしまった。

「エルシーさん、あたしたちが片付けますから、必要な物といらない物だけ判断してください」

「え、でも、ふたりはお客さんだし……」

「もう、宿も引き払っちゃったので、この家を住めるようにしないと、あたしたちが野宿になっちゃうのです! いいですか! お兄ちゃんに野宿なんてさせないですからね!」

 ええ!? わたし、ずっとこの家に住んでいるのだけれど? そんなにひどい? あと、冒険者になるのだったら野宿くらい平気じゃないとダメじゃないのかな? って言ったらあの大杖で叩かれるのだろうな。そんな思いとは反対にエルシーは二人に頭を下げる。

「わかったわよ。お願いします」

 オルコットの指示でトリステンがどんどん仕分けをして、夕方にはすっかり綺麗になり人が住める家になった。

 あれ? この家ってこんなに広かった? オルコットちゃんもしかして超優秀? 天才? そのオルコットの手際の良さにエルシーは驚いた。

「それじゃあ、今日はお姉さんが晩ご飯を作っておくから、ふたりはお風呂に入っておいで」

 エルシーの言葉に二人はお互いの顔を見て、自分がどれだけ汚れているか確認して笑いだした。

「ねえ、お兄ちゃん。あたし、気になることがあるのだけど」

「オルもか? 俺もあるんだ」

 脱衣所で服を脱ぎながら、二人はずっと気になっていたことを互いに打ち明ける。

「エルシーさんって、何の冒険職なのかな?」

「エルシーさんって、何の冒険職なんだろう?」

 二人は顔を見合わせて、けらけらと笑い合った。同じ疑問を持っていたとは。

「あとで俺が聞いてみるよ。早くお風呂を上がって手伝いしないとな、冷たっ!」

 温かなお風呂のはずが、冷たい水風呂だった。暖かくなってきた春先とは言え、水風呂は厳しかった。

「もしかして、お風呂を沸かすのを忘れていたのかな?」

「あの人ならありえる。俺が見てくるよ」

 トリステンは服を着ると、外に出て薪が釜の中で火を待っている状態になっているのを見て確信する。

「やっぱり、火をつけたと思い込んでいるよ。オル、火をつけてもらっていいかな?」

 窓を開けて、オルコットがチャッカの魔法を薪に使うと、火が燃え上がった。チャッカとは木などに火をつける魔法である。乾いた草などがあれば火付け石でも代用できる初級の魔法である。

 トリステンが火の付いた薪を釜に放り込むと、勢いよく燃え始めた。

「もう少ししたら、温かくなると思うよ」

「ねえ、あたしたち、あの人について行って大丈夫なのかな?」

 お風呂が温まるのを待っている間、二人は心配になってきた。

「ちょっと、いや、相当ドジだが、あの人は悪い人じゃないと思う。俺は信じていいと思うよ。長く冒険者をやっているだけあって、俺たちには無い知識や人脈を持っているみたいだし」

「そうね。宿まで提供してくれるのだから、しばらくはお世話になりましょう」

 二人は温かなお湯で汚れと疲れを流すと、急いでキッチンへと向かった。

「ストーーーーップ!!!」

 キッチンに入るなり、オルコットはスープの味付けをしようとするエルシーにストップをかける。

「な、なに? どうしたの?」

「それ、まさか、砂糖じゃないですよね」

「なに? いやねえ~さすがのわたしも自分の家でそんなヘマしないわよ」

 そう言って、エルシーは入れようとした調味料を念のためぺろりと舐める。

「あ、甘い。アハハハハ。ごめん、ごめん、こっちだった」

「ちょっとまって、それ片栗粉じゃない? なんで塩と片栗粉を間違えられるのよ。これから先はあたしがしますので、エルシーさんはお皿の準備でもしていてください」

「ごめんね、オルコットちゃん」

 オルコットが味見をしながら、手際よく料理を仕上げていく。

「いいですよ。家事をするのは約束でしたから。それにお兄ちゃんに変な料理を食べさせるわけにはいきませんからね。さあ、出来ましたよ」

 美味しそうな料理がテーブルに並び、三人が食事をし始めると、エルシーが真っ先に口を開いた。

「明日からのことなのだけど、パーティのリーダーを決めないといけないのだけど、トリステン君でいいかな?」

「はい、ギルドのリーダー登録も俺でしています。それと俺のことはトリでいいです。仲のいい友達はみんなそう呼びます。これから一緒のパーティとしてやっていくなら、そう呼んでくれたほうがありがたいです。オルもいいよな」

「お兄ちゃんがそう言うなら、いいよ」

「じゃあ、わたしのことも気軽にエル姉ちゃんって呼んでね。それじゃあ、平和の鐘のこれからを祝して、乾杯!」

 エルシーは自分だけビールを流し込む。二人はそれを見て、二人用に用意されているぶどうジュースを飲む。

「それで、エル姉ちゃんの冒険職は何ですか?」

「ゲッフン! ゲフ、ゲフ!!」

 トリステンの言葉に、エルシーはむせて、鼻からビールを出す。

「大丈夫? はい、水」

 オルコットは慌てて水を渡すと、エルシーはなんとか落ち着いてしゃべれるようになった。

「ごめんなさい。大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫よ。ちょっと驚いただけだから」

「それで、エル姉ちゃんの冒険職は何ですか?」

「言ってなかったっけ?」

「はい!」

 ああ、いろいろあってそういえば、言っていなかったわね。エルシーは二人と出会ってから今までのことを思い直していた。

「あたしと一緒の魔法職? 回復魔法使いだと嬉しいな」

「盗賊職? 強化魔法とか? まさか俺と一緒の戦闘職? 勇者といっしょだったんだから、その職でもすごかったのでしょう!」

 ああ、ふたりの視線が痛い。マーヤちゃんはわたしをこのふたりに押し付けるために、あえてわたしの冒険職を言わなかったのだよね。エルシーはマーヤの考えを理解した。その上で、エルシーは覚悟を決めた。

「……運搬人よ」

 エルシーは蚊の鳴くような声で答える。

「え!? なんて言ったの?」

「ただの運搬人よ」

 エルシーははっきりと大きな声で答えた。

「タダノウンパンニン? それって初めて聞く職ですけど、どんな職ですか? なんの上級職なのですか?」

「なにかの上級職じゃないの。運搬人。ポーター。荷物持ちよ。に・も・つ・も・ち。運搬人の上級職なんてないのよ」

「荷物持ち?」

 二人は目をまん丸にして、お互い顔を見合わせる。お互いの顔を見合わせながら、エルシーの言葉をゆっくりと理解する。

「え、じゃあ、戦闘は?」

「出来るわけないわよ」

「魔法は?」

「ポーションや毒消しなんかを渡すだけよ」

「……」

「……」

 ああ、呆れられたわ。しょうがないわよね。ガッツリ期待が高まっていたのだもんね。その反応を予想していたとはいえ、エルシーはどう、言葉を続けて良いかわからなかった。

「これで分かりました。だから、俺たちみたいな初心者冒険者とパーティを組んでくれたのですね」

「よかったね。お兄ちゃん、騙されていたわけじゃないんだ」

 二人はホッと胸をなでおろして、元通り食事を続けはじめた。その様子をみて、逆にエルシーが驚いて質問する。

「え、いいの? わたし、ただの運搬人よ。結構、ドジを踏むし……わたしパーティにいていいの?」

 その様子をみた二人は、顔を見合わせて笑い始めた。

「いいも悪いも、もう俺たちパーティでしょう。運搬人だって冒険には必要な職じゃないですか。それに長年、冒険者をしていた知識は本物でしょう? 今回のツノうさぎひとつでも、俺たちの知らないことをいっぱい知っているじゃないですか」

「で、でも、わたし、結構、ドジだよ」

「そんなの、今日一日、一緒にいただけで十分わかっていますよ。でもわざとじゃないのでしょう。見ず知らずのあたしたちを助けてくれた、エル姉ちゃんの優しさは本物でしょう」

「逆にエル姉ちゃんが凄すぎる人で俺たちが騙されているのじゃないかって、ビクビクしていたくらいだから安心したよ」

「そう言うわけだから、これからもよろしくね。エル姉ちゃん」

 そう言いながらにっこり笑うオルコットちゃん、マジ天使! トリステン君、イケメン! どん底のわたしに、こんな素敵な出会いを与えてくれた神様ありがとう! 神様にお礼を言うエルシーにオルコットが声を掛ける。

「なんで涙、流しているの? 料理が冷めちゃいますよ」

 ふたりが立派な冒険者になれるようにお姉ちゃん、頑張る! そんな二人の言葉を聞いて決意を新たにするエルシーだった。

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