第2話 新米冒険者はポンコツ!?

「さあ、今日はお姉ちゃんの奢りだから、じゃんじゃん食べて!」

 エルシーがふたりをお昼に連れてきたのは定食屋。味と量と種類と値段で勝負する、冒険者の味方の定食屋さん。お願いすれば弁当も作ってくれる何とも心強い、エルシーの行きつけの定食屋。

「危ない!」

 経費を抑えるためにセルフサービスのこの店は、自分で食事を運ばなければならない。

 そうなれば、当然、エルシーは両手にいっぱいトレイを持って、テーブルに向かう途中につまずき、その料理を床にぶちまけるということは容易に想像がつく。

 エルシーがドジを踏むことを予測していたトリステンとオルコットは、フォローの準備をしていたため、大事に至ることなくテーブルに食事が並べられた。

「え!?」

 エルシーが並べた食事を見て、オルコットはその赤い瞳をまん丸に見開いていた。

 鳥のから揚げ定食、野菜炒め定食、豚の生姜焼き定食、焼きそばに餃子。

 種類に文句はなかった。オルコットが驚いたのは、その量。ひとつが軽くふたり分はある。焼きそばを入れると、八人分はあるのではないだろうか?

 食べ盛りのトリステンはテーブルいっぱいの食事をみて大喜びだが、オルコットは見ただけで胸焼けを起こしそうだった。

 いただきますと言って、真っ先に唐揚げにかぶりつくトリステンをみて、持ち帰りが出来るのかしら? と心配をしながら、野菜炒めに手をつけるしっかり者の妹。

「美味しい」

「ねえ、美味しいでしょう。さあ、どんどん食べて。ふたりはまだまだ育ち盛りだからいっぱい食べてね」

 夢中で食べているふたりを見ながら、エルシーも食べ始めた。

 三十分後、テーブルの上には空になった皿が並んでいた。

 結局、エルシーひとりで半分以上平らげてしまった。それを見たオルコットは、あれだけ食べないと、あんなに胸は成長しないのだろうかと、自分の食べた量と比較してしまう。

「よう、エルシー。相変わらずの食いっぷりだね。新人さんかい。これからもうちを贔屓にしておくれよ」

 食器を片付けていると、禿げた親父が愛想よく三人に話しかけてきた。

「おじさん、相変わらず美味しいね。また、腕を上げた?」

「お、嬉しいことを言ってくれるね。今度来たとき、おまけしてやるよ」

 まさか、このやりとりが毎回重なって、あの量になったのではないかとオルコットはぞっとした。

「さて、お腹もいっぱいになったし、これからどうする?」

「初心者講習! それが終わらないと、クエストが受けられないのでしょう」

 トリステンは早く冒険に出かけたくてたまらない様子だった。それはオルコットも同じ気持ちのようで、隣で首を縦に振っている。

「良いわよ。まずわたしたち冒険者は、どこかの冒険者ギルドに登録して初めて冒険者を名乗れるの。だから、ふたりとももう、立派な冒険者よ。おめでとう」

 エルシーは二人に拍手を送る。ふたりはなんとも言えず、不思議そうな顔をする。

「まあ、ふたりとも実感がわかないわよね。実際に冒険者として仕事をしたわけじゃないから、当然だと思うけど。じゃあ、その、冒険者の仕事はどうやって取ってくるかわかるかしら?」

「馬鹿にしないでよ。冒険者ギルドで斡旋してもらうのでしょう」

 オルコットは食べすぎたお腹をかばいながら、答える。

「そう、ギルドに依頼が来て、それを請け負って、初めて仕事が始まるの。その依頼にもいくつか種類や請け負う方法があるの。それがなんだかわかりますか?」

 二人は顔を見合わせて首を横に振る。

「まず、一般的なのが、マルチクエスト。誰でもその依頼を受けられるし、一つの依頼に同時に複数のパーティが依頼を受けられるの。この場合、わたしたち冒険者からギルドには請負登録だけで済みます。例えば、裏の里山に大型のモンスターが出て、その討伐のクエストが出た場合、登録さえすれば、早い者勝ちになります。この場合、討伐条件であるモンスターの頭を持って来たものに報酬が入ります」

 二人は真剣にふんふんとうなずいている。

 可愛いな~と心の中でよだれをたらしながら、エルシーは先生の顔を崩さずに話を進める。

「マルチクエストにはもう一種類、複数報酬型のクエストがあります。例えば、ツノうさぎのツノを百本と言うクエストがあります。一つのパーティで三十本持ってくると、報酬は三十パーセント支払われます。まあ簡単な話、出来高払いです。わたしたち新米パーティはこのタイプのクエストをこなして、お金と経験、そしてランクを上げていきましょう」

「ランクって?」

「ギルドでは、ランクによって受けられるクエストが変わります。これはこれまでこなしたクエストの難しさと数で決まって来ます。わたしたちはまだ、一度もクエストをこなしていないので、F級から、スタートです。初めはランクのことは気にせず、出来るクエストをこなしていきましょう」

「ちなみに勇者ってどのランク?」

 トリステンが目を輝かせて聞いてくる。

「A級の上の特級です。これはギルド内のトップパーティひとつのみですから、それこそ特別ランクですね。わたしたちより、六つも上のランクになります」

 あまり、触れて欲しくないのよね~勇者パーティの話は。エルシーは心の中で少し困っていた。

「あと、クエストの受け方ですが、シングルと呼ばれる、クエストを独占する方法もあります。どうしてもそのクエストを他のパーティに取られたくない場合、冒険者がシングル料をギルドに支払って、他のパーティが受けられないようにする方法です。当然、ギルド側の審査も必要ですが、例えば、F級のクエストを一つ上のE級のパーティが受けるなら、だいたいシングルで受けることは可能です」

「え! じゃあ、お金さえあればクエストを全部独占できるじゃないですか?」

 うん、トリステン君。なかなか良い所ついてくるわね。エルシーは感心した。

「そう! だからそれを防ぐために、シングルでクエストを受けると、完了するまで他のクエストは受けられなくなるから要注意よ。マルチの場合は同時に複数のクエストを受けることも可能だけどね。トリステン君、なかなか鋭いわよ」

 褒められて照れる男の子、きゃわい~。だめだめ、講習を続けないと。エルシーは頑張って平静を装う。

「あと、クエストの素材をたまたま持っていた場合、クエスト受注、即終了も可能です。ランクアップにはクエスト成功までの時間も加味されます。裏技的に依頼を受注せずに、素材集めをして、即終了を狙えますが、素材集め自体あまり、ランクアップに貢献しませんし、クエスト受注してない状態で何かあってもギルド保険は使えませんから、あまりオススメしません」

「ギルド保険って?」

「クエスト中に受けた怪我などは、ギルド割引で病院にかかれます。オルコットちゃんは、回復系の魔法は使えますか?」

 オルコットはそのサラサラの髪を横にブンブンと振った。

「そうするとポーション頼りになりますが、病院に行けば格安で回復できますよ。あと、提携している店だと、ギルド割引も効きますからね。実はこの店も提携店なのよ」

「ギルドって色々便利なのですね」

「ギルドは依頼の中抜きや、独自運営店の利益、わたしたち冒険者の登録料と年会費で成り立っている協力組合だからね。細かなことは後で話すとして、お待ちかねのクエストがどんなものか、ギルドに戻ってみようか?」

「はい!」


 三人はギルドに戻ると、マーヤが嫌そうな顔でエルシーを見て、手で呼びつける。

「あなた、まさか、もうパーティ解散とかじゃないわよね」

「違う、違う! クエストの確認をしに来ただけよ。何かいい初心者向けのクエストある?」

「あらそう、まあいつもの薬草関係はいくらでもあるわよ。掲示板へどうぞ」

 カウンターの脇にある掲示板には所狭しと、紙が貼り付けられていた。その前には何人もの冒険者が自分たちに合ったクエストを探していた。

 モンスターの討伐や素材集め、マップの構築、ダンジョン内での人探しなど多種多様だった。

 近くでは東の森でポイズンウルフの群れが現れたらしく、その討伐も出ていた。エルシーたちが受けられるクエストではないが、自分たちが受けるクエストの場所の近くにどんなモンスターが現れているか確認するのも、危険を回避するために冒険者が身に付ける知識である。

 エルシーが目当てにしている薬草の依頼には数量問わずと書かれていて、いつから張り出されているのか、えらく古そうだった。

「エルシーさん、この番号は何ですか?」

「ああ、クエストを受ける時、この番号をあそこの受付で言うのよ。これだとF七ってあるでしょう。初めのFはランクを示しているの。わたしたちはまだ、このFのクエストしか受けられないから、気をつけてね」

「ねえ、エルシーさん。あなたは特級のパーティにいたベテラン冒険者なのでしょう? それでも俺たちのランクはF級なのですか?」

 ぐふぃ! 鋭い。痛いところをついてくるわね。落ち着け、わたし。エルシーは精神にダメージを受けた。

「ランクはね、パーティごとなのよ。個人につくわけじゃないのよ。だからわたしがいても、わたしたちのパーティは何の実績もないからF級からなのよ」

 あっちこっちで事情を知っているやつらが、苦笑いしているのが目に入る。でも、ランクのシステム上、そうなっているのだから、わたしの説明は間違っていないのだからね。エルシーは直接言えないため、心の中で文句を言うしかなかった。

「わかりました。じゃあ、早速このツノうさぎのツノを集めるクエストを受けましょう」

 トリステンはそう言うと、さっさと受付に行ってしまった。

 ちょっと待って、初めはモンスターと戦わなくていい、薬草集めから始めるのじゃないの? これだから男の子は! エルシーは予想と違った動きを見せるトリステンに驚いた。

 トリステンを止めてもらおうとオルコットを見ると、その可愛らしい赤い目は闘志に満ち溢れていた。

 あなたたち兄妹はどこかの戦闘種族ですか~? エルシーは思わず心の中で突っ込みを入れてしまった。

「はい、確かにクエストを登録しました」

 エルシーが止めるのを躊躇した隙にいつものマーヤの言葉が耳に響いてきた。トリステンがさっさと手続きをしてしまったのだ。

「さあ、早速ツノうさぎを狩りに行きましょう!」

「おー!」

 ちょっと待った、ピクニックじゃないんだから! 準備は出来ているの? おーって手を上げたオルコットちゃんは超可愛いですけど、そうじゃないのよ。少し待って! エルシーはギルドを意気揚々と出て行くふたりを追いかけようとした時、閉まったドアで顔面を強打した。

「むぎゅー!」

「ああ、エルシーさん大丈夫ですか?」

 慌てて、ふたりは戻って来た。

「大丈夫よ。いや、大丈夫じゃないのよ! クエストに行く前にはしっかり準備しなきゃ!」

 真っ赤になった鼻の痛みに耐えながら、さっさと行ってしまわないように、ふたりをがっしりと捕まえた。

「とりあえず、クエストをクリアするには、準備が重要です。準備がちゃんと出来ているかどうかで、クエストの成功の半分は決まります!」

「え!? だって、外に出てツノうさぎを狩るだけですよね。ツノうさぎなら、村でもたまに見かけたから、問題なんてないと思うけど」

「そうよ、これくらいならエルシーさんの力を借りなくても、あたしたちだけでも、楽勝だと思うのよ」

 エルシーは両腕を組み、ふんふんとふたりの言葉を聞いていたが、カッと目を見開いた。前髪で隠れて、ふたりには見えないけれどね。

「甘い、甘いですぞ。確かにツノうさぎ自体はそんなに危険なモンスターじゃありません。まず、お聞きしますが、ツノうさぎはこの街の周りのどこにいますか?」

「え? 郊外に出れば、その辺にいるんじゃないのか?」

「はい、次はオルコットちゃん!」

 急に当てられたオルコットは目をパチクリさせる。

「え!? お兄ちゃんの言った通りでしょう。ツノうさぎなんてその辺にいるんじゃないの?」

「ええ、ツノうさぎはその辺にいるモンスターです。ただし、今回のクエストは一本や二本では大したお金になりません。そうすると多く生息する場所に行かないと、効率が悪い上に他のモンスターと遭遇する可能性が高くて危険です。ツノうさぎが多くいるのは、東の森と草原の境のあたりです。草原はさほど危険なモンスターはいないけど、東の森にはポイズンウルフが多数いるし、毒ヘビなども草原でたまに見かけるので、毒消しは多めに必要。それにツノうさぎを見つけたとして、どうやって、ツノを集めるの?」

「ガーと追いかけて、剣でガッシンと倒しちゃえばいいですよね」

 ガーとかガッシンとか、これだから男の子は擬音が大好きだ。そういえば、勇者も一緒に孤児院を出て、冒険者を始めた頃はそんな感じだったわね。エルシーは昔を思い出して懐かしくなっていたが、すぐに思い直した。

「逃げ足の速いツノうさぎに一匹一匹、追い回していたら、あっという間に日が暮れますよ。そういえばオルコットちゃんは、どんな魔法が使えるの?」

「チャッカとライト、あとは虫除けかな?」

 え! 少し待って! 回復魔法は使えないにしても、攻撃魔法は? チャッカとライトって、それってあたしの道具箱にあるもので代用できるよね。虫除け? 虫除けの薬草もわたし持っているわよ。常備薬として。まずい、まずいわよ。いくら初心者向けのクエストだとはいえ、こんな状態で街を出たら、大変なことになるわよ。エルシーはオルコットの言葉を聞いて慌て始めた。

「えーと、トリステン君の剣の腕はどんなものなの?」

「村で五番目くらいだったかな?」

 村で五番目ってまあまあかな? エルシーはひとまず、安心する。

「上の四人ってお兄ちゃんより、ふたつも年上だから、しょうがないよ。同じ年なら、お兄ちゃんが一番だよ」

「村で五番目って大人も含めてだよね」

「なんで大人も含めるの? そんなの卑怯じゃない? 体の大きさも違うのに、村の子供の中で、五番目だよ」

「ちなみにふたりの年を聞いていいかな?」

「俺は二週間前に十三になったところ、オルは十一だよ」

 よかった! 確認しておいて、よかった! これ、絶対まずいパターンだ。どうしよう。どうしたら良い? 他の冒険者に助けを求める? たかだか、ツノうさぎのクエストに他の冒険者を雇ったら、大赤字だ。クエストも登録しちゃったし、さあ困ったぞ。困ったときにはやることはひとつ、詳しい人に聞くしかない。エルシーは即座にやり手受付嬢の名前を呼ぶ。

「マーヤちゃ~ん」

 二人に少し待っていてと言って、エルシーはマーヤを頼ることにした。

「若いとは思っていたけど、そんなに若かったの? うちのギルド最年少じゃない? まあ、とりあえず、男の子の方は武器屋の親父さんに弓や槍なんかの長距離武器を見繕ってもらって、女の子は魔法屋で魔法を増やすしかないわね。ただし、お金があるかどうかが問題だけど。新米だから実力も特にないでしょうからね。もう実践で実力を見るしかないわよ。はい、次の方どうぞ!」

 それだけ言うと、さっさと向こうに行くようにシッシと追い払われた。

「あの~ふたりとも、お金は後どれくらい残っている?」

「やっぱり、詐欺なの! 冒険者歴十年の元勇者パーティの人があたしたち、初級者冒険者なんて、相手にするわけないもの。お金だけでなく、お兄ちゃんまで狙っているのでしょう!」

 オルコットはエルシーの言葉を最後まで聞かずに、大杖を構えて威嚇する。

「違うのよ。ふたりとも装備や魔法が心もとないから、強化しておこうと思って……」

「それなら、そう言ってください。都会は危険なところだって、村で口酸っぱく言われていたので……」

 ああ、田舎あるあるだ~。わたしも初めはそうだったな~。大丈夫よ。お姉さん、妄想だけでお腹いっぱいだから。エルシーはその反応に昔の自分達の頃を懐かしく思い出した。

「ふたりであと、十万マルくらいです。でも、これを使っちゃうと宿代なんかの生活費がなくなっちゃうのです」

「もしかしてふたりとも宿に泊まっているの? もったいないわよ。だったら、あんまり広くないけど、うちで一緒に生活しない? 生活が安定するまででもいいのだけど」

「いいのですか?」

「いいわよ。そのかわり、家事は手伝ってもらうわよ」

「あたし、家事は得意ですよ」

「オルの作るシチューは絶品ですよ」

「じゃあ、まずは買い物して、荷物をうちの家に運んで、明日の朝からクエストに行きましょう」

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