第2話

 

 ……と言ったものの、こんなに目立つ奴らを外に放っぽり出したら世間が混乱する。

 揃いも揃って無駄に顔がいいのが腹立たしい。

 さっきからギャーギャーうるさいし、外で喚かれても近所迷惑だ。


 はぁ……仕方ない。



「……というのは冗談で、まずは状況確認をしましょう。私の名前は瀬戸口蘭。多少姿が違いますが、そちらの世界ではクローディア・オーキッドと呼ばれていましたけどね」


 そう。

 不思議にも、私は元の姿に戻っていた。

 と言っても顔は同じだから、まあ色と服装だけだけれど。

 やっぱり私は死んでいなかったようだ。

 とりあえず安心。

 しかし彼らはついさっきの卒業パーティーでの正装姿だというのに、私は長らく愛用しているグレーのスウェットのセットアップ。

 何とも見窄らしい。

 しかも両親の死に落ち込んで引きこもっていた所だったので、お風呂にも数日入っていなかったはずだ。

 この姿でクローディアだと言ったとて、ちょっと自分でもドン引きする。



「なっ!? クローディアだと!? 確かに色と服装以外は同じだ……。まさか……黒の魔女だったのか……?」

「その服……さては貴様、囚人だろう! ここはどこだ! 早く元の場所に戻せ!!」


 驚愕に顔を引き攣らせるトラヴィスを守るようにニコラスが背に庇い、また室内で剣を抜く。

 やめろ天井が傷つくわ。



 ちなみに黒の魔女とは、フロース王国やその周辺国に伝わる邪悪な魔力を持つ呪われた存在のことだ。

 あちらでは、邪悪な闇の魔力を持つものは黒髪黒目であると言われている。

 黒髪黒目の者が生まれたら、赤子のうちに殺さなければならないという掟があるほど、その言い伝えは皆に信じられているのだ。

 実際にそういう色の人は見たことがないから、本当かどうか分からないけれど。

 よくある設定とはいえ、折角設定したのに使わないとかどうなってんだあのゲーム。



 しかしこの機能性抜群なスウェットを囚人服だとディスるとは……。

 無性に腹が立ってきた。



「これは囚人服ではないですし、黒の魔女でもありません。まずはその物騒な物しまってもらっていいです? ちゃんと話しますんで。というか、私もまだよく状況は分かってないんですけどね」


 とりあえず荒ぶるニコラスをどうどうと落ち着かせ、剣を仕舞うよう説得する。

 狭い部屋で長剣は扱いにくいとでも思ったのか、射殺さんばかりの瞳で私を睨みつけながらも、どうにかニコラスは剣を鞘に仕舞った。



 ふぅと一息ついた私は、これまでの瀬戸口蘭からクローディア・オーキッドへ転生?して何故か元に戻ってきた概ねの経緯を語った。

 奇想天外な話に聞いてくれないかと思ったけれど、彼らは意外にも大人しく聞いてくれていた。

 彼らも、自分たちの置かれている状況が分からず、とにかく聞いてみる気になったようだ。


 話し終わると、思ったよりすっきりした自分に気がつく。

 もしかしたら、誰かに聞いて貰いたかったのかもしれない。

 相手がこいつらなのが最悪だけど。


「という訳で、私は元の世界に戻ってきた様です。さっき確認しましたけど、時間はほとんど進んでないようですね。私がそっちの世界に転生?した日に戻ったみたいです」


 先ほどちらりとスマホを確認したら、日時が変わっていなかったのだ。

 正確な時間まで覚えている訳ではないけれど、初めてあっちの世界に行った時何度も振り返ったから日付の方は確かだ。

 少なくとも日にちは変わっていないと思う。



「そんな……。姉さんにそんな秘密があったなんて……」

「いや、秘密になんかしてなかったよ? ただ誰も私の話を聞いてくれなかっただけ。こんなこと話せるほど親しい人間がいなかっただけです」


 私がそう言ったら、シリルは一瞬顔を歪めた。

 何だよその傷付いたみたいな顔。

 弟なのに話してくれなかった〜とか言うならふざけんなぶっ飛ばすぞ。

 おっと。口が悪すぎましたわオホホホ。



「それにしても、貴女は何故そんなに落ち着いているんですか。本当に予期せぬことだったんですか?」


 そう言ってウォルトが疑いの眼差しを向ける。

 まぁ、言いたいことは分かる。

 けど……


「なんて言うか、そちらの世界に行った後、徐々に感情が死んでいったんですよね。ただでさえ落ち込んでる時に知らん世界に転生ですもん。もう勘弁してくれって感じです」

「……確かに一度も泣いたり笑ったりした所を見たことがないな。“人形姫”の二つ名はそうして生まれたのか」



 出た人形姫!

 めっちゃ恥ずかしいからやめて!!

 つか『見たことがない』って、あんたそもそも私の顔なんて数えるほどしか見てないでしょうアホ王子。



「……まあ、今は感情の振れ幅があまりに大きすぎて、一周回って無ってのもあります。本当はめっちゃ驚いてるしこの状況が夢であれと願っています。あ、帰ってきたことはとても嬉しいのですが、皆さんがここに居るって言うことがね。これはあくまで想像ですけど、私が元の世界に帰る引力に引っ張られて、私の近くにいた皆さんを巻き込んでしまったんだと思います。少し離れた所に居たリリーさんやロベリア先生はいらっしゃいませんし」



 リリーさんとはヒロイン(仮)のことで、名前をミシェル・リリーという。

 リリーが名前ではなく家名というのがややこしい。

 リリー男爵の庶子で、お決まりのピンク髪に青い瞳が可憐だと評判のゆるふわガールだ。

 誓って私は彼女に何もしていなかったどころか接点もなかったけれど、どうにも彼女にはそう思えなかったようだ。

 しかし私を陥れるとかそういう気配は感じず、完全に誤解されていたのだろうと思う。

 まぁ私は腐っても王太子の婚約者だし、さもありなんって感じか。



 そしてロベリア先生とは、アカデミーで経済を教えている教師のことで、名前はリチャード・ロベリアという。

 鮮やかな紫に白いメッシュが入った長めのストレートヘアに垂れ目がちな金に近い黄色の瞳で、口元のほくろが彼の色気を強調していると評判の攻略対象(仮)の1人だ。

 ウォルトは髪を結んでいないけれど、リチャードは緩く一つに結んで前に流していることが多い。

 とんでもない女たらしで有名だが、生徒には手を出さない良心はあるはず……だったのに、入学当初、私は彼にやたらと絡まれていた。


 正直に言おう。

 私はリチャードに口説かれていた。


 私はのらりくらりと彼を躱し(そもそも一応トラヴィスの婚約者だし)、そうこうしているうちに2年にあがり、ミシェルが編入して来ると他の攻略対象(仮)と同様、ミシェルにどっぷりハマって取り巻きと化した。

 彼はトラヴィスたちのように睨んだり悪態をついたりということはなかったが、時々ゾッとするような冷たい視線を向けてくることがあった。

 表面上、甘く優しめなのが逆に恐ろしい人だ。

 私が彼に応えなかったから恨まれたのか?

『この僕の誘いを断る女など悪だ!』ってこと?

 えぇ〜。





 いや、しかしマジで真剣にどうするよ。

 この人たちいつ帰るの?

 え、ずっとここに居んの?

 確かに私が向こうに行った時は17年間も居たのだし、逆パターンも然り。

 え、無理無理無理無理無理。

 だって私貴族じゃないもん!

 ちょっと普通の人よりお金持ってるかもしれないけど、それでも無限にある訳じゃないもん!

 この育ち盛りな男共4人も面倒見きれんて!?

 とやっと頭が回り始めて来たところで、トラヴィスが立ち上がり、私を見下ろした。



「お前の手など借りずとも、俺たちだけでどうとでもなる。良かったじゃないか。フロース王国にお前の居場所は最早ないのだから」


 そう言って、心底馬鹿にしたように吐き捨てた。

 こいつ、本当に今すぐ追い出してやろうか。



 いやいや落ち着こう。

 こいつはそういうやつなのだ。

 極薄ではあるが17年間の付き合いで、もうよく分かっている。

 怒るだけ無駄だ。


「あれほどの悪行を重ねる悪女だからな、関わるだけ損だ。殿下、行きましょう」

「そうですね。この女と同じ空間にいることすら苦痛です」


 ニコラスとウォルトがトラヴィスを伴い部屋を出ようと動き出した。

 放っておいてもいいんだけど……。

 今はまだ明るいしな……。


「あの。出て行くのは勝手なので止めませんけど、これを見てから考えた方がいいと思いますよ?」



 そう言って私は、部屋のカーテンを開けた。



 このアパートの売りは、景色がいいことだ。

 少々下町寄りだけれど、れっきとした東京23区。



 つまり何が言いたいかと言うと、

 窓の外には、あのスカイタワーが聳え立って見えると言うことだ。



「な……! 何だこれは!!」

「あんなものは……見たことがありません!」

「何だ!? あの巨大な塔のような物は!?」

「あんなもの、大魔道士でも作れない……」


 四人とも窓の外を見て固まっている。

 私は溜息を1つ吐くと、口を開いた。


「ご覧の通り、この世界は皆さんの世界とは全く異なる世界なんです。いいですか、今の皆さんがそのまま外に出てみてください。すぐに警察に捕まりますよ。あ、警察とはこの世界の治安部隊的なものです」

「何故だ? 何もやましいことなどない。この国の王に謁見を要請し、協力を求めれば……」

「いやいやいや。まずね、王とか居ませんから。あーそれに近いような方も居ますけど、少なからずフロース王国のような絶対的権力はないのです。民主主義ですし。出て行くにしても残るにしても、一応この世界の常識を私から聞いた方がいいと思いますけど」



 私がそう言うと、彼らは互いの顔を見合わせ、再度座り直した。



「仕方ない。話を聞こう」



 不承不承ながら、トラヴィスは真剣な瞳でしっかりと私を見つめた。

 どうやら、本気で話を聞く気はありそうだ。


「はい、きちんと理性的な判断が出来たようで良かったです。

 ではまず、この世界とあなた方との違い、その1。

 髪と瞳の色です。

 先程セロシア様や殿下は私のことを黒の魔女だとおっしゃいましたが、この国の多くの人が黒髪と黒に近い茶目なんです。

 この世界では他国を見ても、髪の色は黒か金、その中間の茶髪や赤毛、そして白髪しか存在しません。

 瞳の色も、黒か、濃い薄いはありますけど茶色とか、青、グレー、珍しい所で緑や紫くらいです。

 髪を染めたり、カラコン……ええと目に色付きのガラスのような物を入れたりして色を変えることはできますが、皆さんのような感じにはなりません。

 これが皆さんが周囲から浮いてしまう大きな要因です」



 彼らの髪は、まさしくカツラでも被らなければ出せないような鮮やかな色だ。

『アルビノの人は目が赤い』は嘘だって言うし、瞳の色もそうバリエーションがある訳じゃない。

 そんな中、オレンジやらピンクやら、トラヴィスに至っては金。

 こっちの世界にも居る金瞳とは違う、もうピカピカな金。

 違和感が物凄い。



「違いその2。服装です。

 私の今の格好を見ていただければ分かるように、皆さんの格好はもう完全にコスプレです。

 コスプレというのはですね、まあ平たく言うと仮装のことですね」


 普通のコスプレ衣装よりも俄然質が良いことは明白なのだが、それがより異様さを強調している。

 明らかに日本人ではなく、かつ顔がいいことも逆に怪しさを増している。

 ここまで顔が良いと、いっそ作り物に見えてしまう。

 乙女ゲームの攻略対象(仮)だとすれば、作り物には違いないのだが。



「それから一番注意して欲しいのが、セロシア様とシリルです。

 まずセロシア様。

 この国……名前は日本と言いますが、日本では銃刀法という法律があってですね、許可を得ないで刃物を持ってるだけで罪になるのですよ。

 しかもそのような、明らかに人斬る用みたいな長剣はもっての外。

 一瞬で牢屋行きです」

「な!? 騎士の誇りを侮辱するのか!?」


 相変わらず人の話を聞かない。

 私がいつ侮辱なぞしたのか。


「話聞いてました? それが、この国のルールなんです。

 その法律のおかげもあって、日本は世界的に見ても安全な国なんですよ。

 昔は日本にも騎士のように刀を腰に刺している人たちがいましたけど、もう150年近く前に彼らも刀を棄てました。

 あなたが外に出たいのなら、その剣はここに置いていってください」


 ニコラスはぎろりと私を睨み、疑いの眼差しを向けている。

 確かに彼らの常識から考えれば理解できないことかもしれない。

 だからと言って私を睨まないでほしい。


「それからシリル。あなたももう気付いているでしょう? 多分、この世界で魔法は使えないわ」

「な!? 本当かシリル!」


 トラヴィスが慌ててシリルに詰め寄る。

 シリルは目線を下に落とし、息を吐いた。


「ええ……。この世界では、一切マナを感じられません。先程から何度か魔法を使おうとしていますが、何も出来ません」

「そんな……」


 トラヴィスは、自らも魔法を使おうと手をかざす。

 しかし、何も起こらない。

 いや、こんな狭い部屋で火とか風とか出されてもめっちゃ迷惑だけど。


 向こうの世界で言う魔法とは、大気中に存在するマナと呼ばれるエネルギーを体内の魔力と融合させて使用するものだそうだ。

 何か化学変化みたいな? そんな感じで魔法が使えるようになるらしい。

 つまり大気中のマナと人の魔力、両方が揃わなければ魔法は使えないのだ。

 クローディアにほんの少しだけの魔力しかなかったのは、蘭に魔力がなかったからではないかと思う。

 ほんのちょっぴりでもあったのは、両親の出涸らしみたいなもんかな、と。

 だから実はこの世界にもマナが存在していて、でも人々に魔力がないから魔法が使えないのでは……と思ったりもしたけれど、先程からシリルは何度か魔法を使うような動作をしていた。

 しかし何も起こらないようだった。

 となると、やはりこの世界の大気にはマナがないのだろう。

 いくらガソリンがたっぷりあっても酸素がなければ火がつかないように、シリルほどの魔力がいくらあってもマナがなければ魔法は使えないのだ。


 シリルはずば抜けて優秀な魔導士だけど、トラヴィス達だって魔法が使えない訳じゃない。

 まああまり使うことがないのは事実だ。

 基本的には魔導士が作った魔道具に魔力を注ぐくらいしかしない。

 一般人は焚き火並みの炎を出すだけで、どっと疲れるらしいから。

 クローディアは全力を出しても辛うじて一瞬火花が散る程度の魔力しかありませんでしたけどね!


 シリルは優秀な魔導士であるが故に、生活のあらゆることを魔法に頼っている節がある。

 その魔法が使えないとなると、シリルは一気にダメ人間と化す。

 間違いない。

 お茶を飲むのですら魔法でカップを浮かせるくらいだもの。

 フォークより重たい物を持ったことがないに違いない。


「シリル。あなたは魔法を使う癖をどうにかしないと怪我するよ。3階建ての窓から飛び降りたり激流の中に入ったりしたら、普通に死ぬのだからね」


 ガーーンという効果音が聞こえて来そうなほど、シリルは落ち込み肩を落とす。

 あんたもたまにはクローディアみたいな人間の気持ちも味わうことね!


「では、あの凄まじい建造物はどうやって建てられたのだ? まさか人の手で一つ一つ積み上げたとは言うまいな」

「うーんとですね、この世界では機械という物が色々な所で活躍しているんですよ。あっちの世界の魔道具みたいな物です」

「それは魔力が動力源ではないのか?」

「ええ。動力は多くの場合電気だったり……という様々なことをお話ししていると、とても時間がかかりますね。もう少しで暗くなるし……」



 私は考えた。

 いや、最初からちらりと頭をよぎっていたのだ。

 けど私がそこまでしてやる義理もないと思っていたのだけど…… どう考えても彼らをここで放り出すのは無謀だ。

 ………………仕方ない。

 断腸の思いで、あの手を使おう。



「皆さんがいつまでここに居るのか分かりませんが、とりあえず、寝起きする場所が必要ですよね。

 非常に不服ですが、もうそれは本当に不満で仕方ありませんが、私の所有しているアパートの部屋を貸して差し上げます。

 ちなみにここがそのアパートです。

 アパートはフロース王国にもありますよね。

 平民が暮らす共同住宅のことです。

 まだ購入したばかりで住人が居ないので、部屋が余っているんですよ。

 倉庫のように狭い部屋ですけど、無いよりはましでしょ?」


 トラヴィスたちはまた互いに顔を見合わせる。

 どうやら、私の世話になるしかないと考えているようだ。

 実に不服そうな顔をしている。

 いや、不服なのは私だ。

 私のなけなしの親切心を返せ!


「致し方ない。世話になる」


 尊大な態度でトラヴィスが言う。

 私はさっきから血管がブチ切れるんじゃないかと思うほど頭に血が昇って来た。

 致し方ないのはこっちだわ!

 ふざけんなよちくしょう!

 まずだな……!


「とりあえず、皆さん靴を脱いでいただけます? 床めっちゃ汚れてるんで」


 よく見たらラグが真っ黒じゃん。

 やっぱりこいつら外に放り出してやろうか。


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