異世界転移したけど元の世界に帰って来ました!(ただし私を陥れた攻略対象付きです)
九重ツクモ
第1話
「うっ……ここはどこだ……?」
「殿下! ご無事ですか!」
「凄まじい衝撃でした……。一体何が起こったというのでしょう」
「時空の歪みに引き込まれたんだ。ここは……僕たちの世界じゃない」
「マジか……」
私は自室の部屋で仰向けに寝そべったまま、天井を見上げて呟いた。
私は瀬戸口蘭。
大学3年生の、至って普通の女の子だ。
変わっている事といえば、父が宝くじで3億円当てて、不労所得だ! と1億5千万円で賃貸用のアパートを一棟購入してすぐ、両親とも事故で亡くなってしまった事くらいだろう。
私は多額の遺産を相続したけれど、お金なんかよりもお父さんとお母さんが元気でいてくれた方がよっぽど良かった。
悲しくて悲しくて、バイトを辞め大学も休学して家に引きこもり、カーテンも閉め切ってずっとベッドの上で丸くなっていた。
すると、何の前触れもなく急に部屋中が光に包まれて、次に目を開けたら、驚くことに赤ちゃんになっていた。
…………え????
と思ったのも束の間。
ぼんやりとしか見えない視力でも分かるほど、とんでもない美女が私を抱いているのに気付いた。
じっとり汗ばんだ手に掠れた声、もう明らかに産後。
この女性は今、私を産んだっぽい…………?
え、人って2回も誕生できたっけ…………?
と完全に混乱してるのに、ろくに言葉も出せないわ動けないわで絶望したのを今でも鮮明に覚えている。
ちゃんと目が見えるようになってから更に驚いたのは、周りの人が皆西洋風で、でも髪とか目の色が普通じゃないってこと。
私や両親は金髪碧眼だったけれど、それは稀な例だった。
なんか、転移したっぽくない?
そう結論付けるまでに、時間はかからなかった。
転移って自分自身が異世界に飛ばされることじゃないの?
もしくは誰かに憑依したりとか……でも私、赤ちゃんになって生まれちゃったんだけど!?
これは転生なの?
死んでもないのに?
死んだように生きてたかもしれないけど確かに生きてたはずなのに!
それとも私が知らない内にいつの間にか死んでた!?
何なのどういう状況なの!!?
とパニックになりながらも、成長するにつれ、分かってしまった。
ここ、乙女ゲームの世界っぽくない? と。
まず、私が転生?したのはクローディア・オーキッド公爵令嬢。
蘭でオーキッドって、普通ファーストネームに共通点があるものでは? 何故に家名なのか……と、問題はそこではない。
そう、公爵令嬢だということだ。
その時点で怪しいと思っていたけれど、王太子の婚約者になり、側近候補の騎士団長の息子と宰相の息子と知り合いになり、強大な魔力を持つ義弟が出来た時点で、あーこれはもうあれだと思った。
そして貴族の子息令嬢が通うアカデミーに入学したら、女たらしのイケメン教師が居て、男爵家の庶子で平民から唐突に男爵令嬢となった女生徒が編入してきて、もういよいよ確信した。
これ、私が悪役令嬢だわ、と。
いや、普通こういうのって自分がやってたゲームの中に入るんじゃないの?
悪役令嬢もののネット小説はよく読んでいたけど、乙女ゲーム自体はやった事ないんだけど?
全く、もう全く覚えのない世界なんだけど!?
前情報がなきゃ無双出来ないんだけど!!?
しかも。
しかもだ。
普通、悪役令嬢というのは絶世の美女だったりするのではないのか。
性格の悪さからヒロインより劣るのかもしれないが、大体悪役令嬢は美人なはずだ。
そうでなければ、ヒロインの障害として成り立たない。
なのに……なのに…………
髪と目の色が違うだけで、普通に私! 見慣れた日本人顔! 何回見ても蘭ちゃん!!
おかしいでしょ!!?
両親はあんなに美しくて西洋顔なのに!!
確かに日本ではそこそこ可愛い方かな? と思っていたし、割と男性からもモテる方だという自負があったけれど、そんなん2.5次元美麗顔の方々の前ではただの埴輪ですよ埴輪。
おかしいんだって。
文字通り次元が違うんだって……!
と私は色々な意味で絶望の淵に立たされた。
確信が持てない頃から、リスク回避のため出来るだけ使用人たちにも優しくしたし、ワガママも言わなかったし、例え両親に愛されなくともどうせ本当の両親ではないし、とグレずに全く気にしなかった。
本当は王太子の婚約者にならないようにしたかったけど、きちんと言葉を喋れる前にはもう決まってしまったから、どうにも出来なかったのが悔やまれる。
それならばと王太子と仲良くなろうとしたけれど、彼は「勝手に決められた婚約者」というものがそもそも気に入らないらしくて、私ときちんと話そうともしてくれなかった。
王太子がそんなんだから側近候補の2人も私にとても冷たくて、仲良くなる作戦は早々に諦めてとにかく関わらない作戦に変更した。
急に出来た義弟を虐めず優しくしたし、むしろ進んでお世話した。
アカデミーの勉強だって頑張って、成績順位学年5位くらいのそれなりに優秀な成績を残したし、イケメン女たらし教師に目をつけられないよう素行にも注意した。
けれど、そうこうしている内にヒロインと思しき元平民の男爵令嬢(ピンク髪)が入学してきたら、義弟含めてみんな彼女に魅了されていったのだ。
はっきりと自分が悪役令嬢だと確信してから、ヒロイン(仮)や攻略対象たち(仮)と関わらないよう、すれ違うことすらない様に必死に避けていたにも関わらず、ヒロイン(仮)をいじめたと詰られ、更にはやってもいない犯罪に手を染めたとオマケまで付けられて、卒業パーティーで王太子に婚約破棄を突きつけられたのが、ついさっき。
もうね、私が何をしたのかと。
呆れて最早笑いが漏れた。
何だこのベタで陳腐な展開は。
もう、どうでもいい。
勝手にやってくれ。
そう思っていたら、急に卒業パーティーの会場にブラックホールみたいなのが出来て、吸い込まれてしまった。
もしかして、元の世界に帰れる!?
やっと、このつまらない世界から解放される!!
と、喜んだのも束の間。
確かにここは元居た私の部屋だけれど、どうやらブラックホールに吸い込まれたのは、私だけではなかったようだ。
「一体、ここはどこだ……? 随分と手狭な場所だ。倉庫か?」
この私の1DKの根城を倉庫扱いする不届き者は、トラヴィス・ローゼン・フロース。
私が転移した世界のフロース王国という国の王太子で、クローディアの婚約者である……いや、だった。
銀のふわりとした短髪に金の瞳という、実に目に優しくない色合いの美男子だ。
王太子らしく堂々と自信に溢れた姿は様になっていて、非常に令嬢たちからの人気が高い。
しかし王族らしい傲慢さを持っていて、まあ所謂俺様系だ。
付け加えるなら「親の敷いたレールの上の人生なんて〜」という厨二的理由で、17年間もクローディアを無視しまくったガキである。
「倉庫の割には、どうやら人が住んでいる気配があります。しかし、見慣れないものばかりですね」
そう言って乙女の部屋を執拗に眺め回す不届き者は、ウォルト・ハイドレンジア。
フロース王国の宰相の息子で、トラヴィスの側近候補だ。
アカデミーを卒業した後は、正式に側近になることが決定している。
青く長いサラサラストレートなロングヘアに、ミステリアスな赤みの強い紫の瞳と眼鏡が知的で素敵と言われている。
物静かで誰に対しても丁寧な話し方をするから、周りからは紳士なんて言われているようだけれど、私からしたらこいつの腹の中は真っ黒だ。
クローディアに対して実に陰湿な攻め方をしてくるし、自分以外はみんな馬鹿だと思っている勘違い野郎である。
「おい、そこの女! お前は何者だ!? それにその髪と瞳……さては黒の魔女だな! あの時空の歪みはお前が引き起こしたのか!?」
この家賃月7万円の駅近1DK物件の中で長剣を引き抜くというとんでもない不届き者は、ニコラス・セロシア。
騎士団長の息子にしてウォルトと同じくトラヴィスの側近候補である。
燃えるように赤い短髪と明るいオレンジの瞳のthe・体育会系。
男らしい体躯と裏表のないさっぱりした性格が、これまた女性陣にウケているという。
まあ私からしたらただの脳筋バカだ。
何かあるとすぐにクローディアを疑って、卒業パーティーでは「この罪人め!」と言ってクローディアを力付く押さえ付けた。
あの時クローディアは肩を脱臼したのだ。
蘭に戻った今は大丈夫な様だけれど、絶対に許さねーぞこの野郎。
「いや、この女人からは何も魔力を感じない。あなたは誰? 何故ここに……もしかして……姉さん……?」
今のところ何も不届きなことをしていないこの男は、シリル・オーキッド。
クローディアの義弟だ。
ピンクの瞳に緑の髪を肩丈で切り揃えた美少年。
元はオーキッド公爵家の傍系であるエケベリア伯爵家の子息だったが、あまりに強い魔力を持つために伯爵家は彼を持て余していた。
そんなシリルに目を付けたクローディアの父が、養子として引き取ったのだ。
オーキッド公爵家は偉大な魔導士を祖とする一族で、代々強力な魔力を持つ子どもが生まれてきた。
しかしクローディアは雀の涙の方が若干多いと言えるほどの魔力しかない。
というかほぼゼロに等しい。
もしかしたら私が転移したことと関係あるのかもしれないけれど、まぁそれが理由でクローディアは両親から冷遇されていたのだ。
政略結婚で、二人の間に愛情は微塵もないしね。
そんな訳でシリルは6歳の時に私の義弟となり、一つ屋根の下で10年もの時間を過ごした。
こいつはかなりの確率で攻略対象だと思った私は、それはもうシリルに優しくした。
いじめたりもしなかったし、出来る限り仲良くしようと友好的に接した。
……けど、こいつはそもそも人に興味がないんだよね。
幼い頃は姉さまと慕ってくれていたけれど、ある程度の年齢になったら完全に無視してくだせえましたよ、ええ。
それでコロッとヒロイン(仮)に引っかかるんだから、こいつもポンコツですわ。
まぁ彼らの紹介はここら辺にして。
まずは目の前の彼らを片付けよう。
「ここは私の家なんで、皆さんとっとと出てってもらえます?」
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