第3話 これからは今まで以上に……

 もう無理なの? 口から吐き出される言葉がお互いを傷つけ合う。こんな事言いたいんじゃないのに止まらない。つくづく自分が嫌になる。愛してる……愛している筈。待って、愛ってなんだろう。惚れた腫れたは遠い昔の話し。

 お互いを認めながら、見ないでおこう決めている事柄が増えて行くのが判る。それが嫌だとかじゃない。助かっていることだってある。掛け合う言葉は少なくても、

あの懐にのそのそ入っていけば、黙って受け入れてくれる。そこは安心出来る場所。そしてキスのひとつも貰えれば上出来。そのままスヤスヤ眠りにつく。まるで赤ちゃんのように。あの人だって同じだったはずだ。

 更年期障害になるまではそれで良かったのに、私の体が、ホルモンが、脳みそが今は納得為てない。ネットで検索しようが、本をどんなに読もうがこの気持ちの行き場が無いのだ。

要するにあれだけ拒絶していたのに、今の私は抱いて欲しいのだ。

本当このホルモンって勝手だ。 鬱陶しくて、鬱陶しくて面倒で知らん顔していたのに。今更ホルモンが騒いでるので抱いてくださいなんて言えるの? 言えない。

それに、多分だけど、あの人も男の更年期障害とやらになっている節がある。急に不機嫌になったりしているし、ホットフラッシュに襲われているようだ。この間は珍しく仕事で失敗したと沈んでいた。集中力が続かないみたい。

そんな人がその気になるか?

ならないだろう……たぶん……いや絶対ならない。


 そして今夜の話に戻る。

私がコーヒー豆を買いに行けなかった……ただそれだけなこと。それだけで言い争いが起きる。

おかしいでしょう。一日中嵐のような雨が降っていて、駅まで二十分歩いて行けと言うのか。薄情者! だからライン入れたでしよ? 雨が酷くていつものカフェに買いに行けないから、駅ビルで買って来てって。

自分がラインに気が付かなかったくせに。

「電話しろよ! ラインなんか判るか!」って怒鳴った。こうなる事は薄ら予測は付いていたんだ。きっとケンカになるって思ったけどかけなかった。如何してだか判らないけどかけたくなかった。

 なにさ! もはや言い合いも面倒臭いの? ねぇそうなの? 

 出て行ってから三時間以上が過ぎている。雨はやまない、それどころかどんどん酷くなる。窓ガラスを煩いくらい泣かせてる。

あの人大丈夫かな。どこかお店に入っているよね。もう怒りは消えたよ。だから早く帰ってきて。

風が心に棘をまき散らして、痛くて痛くて悲しくなって、心細くなって、あいつのところに帰るかって思ってよ。あいつなら、あいつならて思ってよ。

 着替えも用意している。

小腹がすいているならあの人の好きなホットサンド作る。ああ、何でもするからそう思わせて。

 膝を抱え玄関を見つめ続けているとインターホンが鳴った。

転びそうになりながらボタンを押すと液晶パネルに、あの人が情け無い姿で映っている。

「はい!」

「鍵忘れた……開けてくれ」

「はい!」

バスタオルを持ってエレベーターの前に立つ私。

扉が開いて降りてきたあなたは

案の定びしょぬれ。

タオルをかけると、苦笑い為ながら

「腹減ってる」

「ホットサンドでいい?」

「うん」

「良かった」

「なんだ? なにが?」

私は黙って腕を組む。

「俺も若くないんだな」 

「そう? なんで?」

「どこか店に入ることも考えたけど、お前のホットサンド食べたいなんて思っちまったからさ」

「ケンカ為てたのに?」

「ケンカ? 為てたか? 俺の我が儘だろ?」

「……ううん……私の我が儘」

「我が儘の応酬だ」

「ごめんね」

部屋に入ると、あの人はシャワー、私はキッチンへ。

ハムとオムレツにミソマヨネーズを薄く塗り焼くだけのホットサンドがお気に入りのあの人。テーブルにコーヒー豆が置いておいてあった。

「気持ち良かった~」

「豆……有難う」

「ごめんな。さっきは嫌な男だったな」

私はホットサンドをテーブルに出して

「私も……嫌な女だった」

向かい合って座ると、あの人は

「ここにおいで」

そう言って自分の膝を叩いた。

躊躇している私の頰を触ると

「良いから、おいでって」

隣に立つと腕を軽く引っ張られて

蹌踉けながら膝に腰掛ける。

「久しぶりに触ってる」

「うん」

私は、今しか無いと思った。

「ねえ、話しがあるの、私たちの体について」

「体?」

「うん、私たちお互い更年期障害が始まっているのは判るよね、ホルモン異常がおきていて、酷くなると鬱になるらしいの。ホルモンのせいで苛々したり、ホットフラッシュが起きたり、感情のコントロールが上手く出来なかったり……でね、恥ずかしいんだけど、今抱いて欲しくて仕方ないの。ホルモンバランスのせいで……」

真剣に話しをしている私を抱き締めながら、

「え~ホルモンバランス異常じゃなきゃぁ許してくれないの?」 

「もう~」

あなたの肩に顔を埋める。

「お互いそんな年なんだな。俺も体調が思わしくない事が多くて。精神的にも肉体的もおかしかったから、お前に気遣いできなかったな」

それから私たちはお互いの心のことも体のことを隠さず話すそうと決めた。特に助けて欲しいときは正直に話す。その時々で自分の様子を伝え合う事ができれば大分楽になる。何に傷ついたのか言わ無ければ判らない。察して欲しいなんて言ってられないのだ。何故なら自分でも持て余している状態なんだから。相手に判れと言っても無理がある。

 その夜は、思い切り激しく激しく? 甘えさせて貰った。

あの人は自分でも驚いていたが、何十年かぶりに言葉を駆使し、官能の世界に私を招待するべく頑張ったそうだ。

私は……久しぶりに、ホントに久しぶり快楽に堕ちていった。

ああ~私の行き場……あの人の腕の中で安心して眠りに着くことが出来たのだ。

 それからも喧嘩はある。

でも、疑心暗鬼にはならなくて済んでいる。

今はそれがとても楽。



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