第5話 それぞれの想い

 矢島は確実に恋をしていた。

初めは、他愛のない話しができる気の良い先輩としか思っていなかった。

その頃の矢島の言えば、絵美のことでかなり悩んでいた時期だった。そんな矢島に、何かと親身になって話しを聞いてくれたのが爽だった。

矢島は、いつしか爽に声をかけられると心が温かくなり、もっと話したい、もっと爽を知りたいと思う気持が強くなっていった。

 若しかして今夜は告白するチャンスかも……よく食べよく飲む爽を微笑ましく想いながら、いやいや時期尚早と、先走る気持ちを抑え込んでいた。

「でもね、私だったらショックだよ。仮にも好きだなあって思っていた人のツーショット見たんだから。じゃない?」 

「うん、だよね。でも本当何も、何も感じなくて笑っちゃった」

それを聞くと今度は爽が空を睨む。眉間に皺がどんどん寄っていく。そんな爽を見て、

「あらら、爽じーちゃんに為ってるよ」

「うん? なに? じーちゃん?」

矢島は、ここ、ここと言いながら腕を伸ばして眉間の皺のばす。

「この皺? おっ、有難うって。やめて! じーちゃんって酷くない?」

「はいはい! それじゃ可愛い爽ちゃんでどう?」

「ふん! 可愛くないもん」

爽はぷいと横を向く。

そっかぁ。今日は慰め会じゃなくて良くなったわけだ。ホッとしたしよ。そして……。

「お~い爽さん~。お~い爽さん! もう爽! こっち見て!」

「なん?……あれ? 今呼び捨てしたよね」

「するよ。いくら呼んでもこっち見ないし。何考えてたの? 今は俺に集中して!」

集中って、してるに決まってるでしょ! でもでも、呼び捨て嬉しんですけど。

「集中って……してるよ。

ただね、今日は矢島くんを慰める気満々だったから。なんか拍子抜けしちゃったって言うか。

でも、とりあえず心に傷は残ってないんだよね」

「そうそう。全く残ってません。 

でもぉ、今日俺は超絶ラッキーだった。まず爽さんにこうして誘って貰えたでしょ。それから可愛い爽さんを沢山見られたから」

「なにぃ? どこが可愛い。目悪いのか。しっかりちろよ~矢島ちゅん」

急激に酔いが回り出した爽は、

舌は回らなくなり、目つきもかなりトロントロンしてきている。

「あらら、随分回ってきたなぁ。

さて、そろそろ帰りますよ。立てますか?」

「うん! ちょっとられ、飲みふきらけろ大丈夫れす!」

口も足どりもへろへろの爽を抱え矢島は東池袋に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る