第5話 比嘉さんは切ない。

 雪乃は、内心がっかりするものの毎度のことだと言い聞かせて、

仕事モードに入る。

今までの経緯と、これからの展望などと口走りながら、自分でも笑ってしまった。何が展望だよ……おばちょんに展望? そんな雪乃を見つめながら真剣に説明を聞いていた比嘉は、

「楽しそうで良いですね。聞いている此方もワクワクしてきますが、少しだけ足りないところがあるようですね。まず予算組です。何処にお金をかけましょう? イラストレーターにデザインをお願いしますか? それとも漫画家の先生? はまたま、自分たちで描く? そして何処に宣伝をうつか。まずは一番リスクの少ない物で商品化するのか? それとも一気に勝負するか。どの時期ぶつけるか? ターゲットは?」

困っるぅの連続だ……

「えっと、まだそこまでは練れてなくて。すみません」

「そうなんですね。こちらこそ先走りました……では、まずデザインを外注するか、中で考えるかですね。平行して予算案を出して、通さないと駄目ですから。

それは私が一度作りますから、リーダーは駄目出しお願いします」

「えっとリーダー? って誰ですか?」

聞き返してきた雪乃に、思わずキョトンする比嘉。

「あれ? チームリーダーは雪乃さんだと聞いていますよ」

 えっ!!!そうなのか! 確かに、私の出した企画ですからね。責任……取らねば。いや~取らさせるのか。

「お~ですよね。では……ここに携帯番号と内線お願いします」

お互いに名刺の端に携帯番号と内線を書いて交換した。

待て! 名刺に書いてあるのに。何やってるんだよ~私は!……なのに優しいなぁ、そこは指摘せずに書いてくれているなんぞ紳士だわ。

「ただいま!」

でかい声が聞こえてきた。やった! 順子だっ。

「間に合った! 今、もう一人のメンバーが帰ってきましたので、紹介しますね」

 雪乃は部屋を出ると猛ダッシュで順子のデスクに向かった。

「順子! 順子! 営業のお手伝いの人が! あの比嘉さんだった! 今第一会議室で待って貰っているから来て~早く早く!」

順子も何か口走っているが、そんなことに構ってられるか~

「遅くなりました! 私順子です」

「アハハハお疲れさまです、順子さん。比嘉竜です 宜しくお願い致します」

順子が思いっ切り目配せしてくる。判ってる判ってるって。

いい顔為てるけどねぇ、なんせ既婚者ですから。

もういいから~その目つきやめろ! 雪乃は無視を決め込み、話しを進める。

「一応流れはお話したんだけどね順子さん? そうしたら予算案とか作って下さることなって」

「わあ! 良かったですね雪乃さん。あなた細かい作業が苦手なんですものね。比嘉さん宜しくお願い致します!」

「こちらこそ!お役に立てれば此方としても本望です。では、企画書に基づき補足したものを、明日にはリーダーにお見せ出来ると思います。

それでは宜しければ、今日の打合せは終了で宜しいですか?」 

「はい! 有難うございました! 不束者ですが、宜しくお願い致します。」

ふたりは深々とお辞儀をする。

比嘉も丁寧に会釈をして企画室を出て行った。

 廊下に出ると、一気に頰が緩んだ。やっぱり可愛いなぁ雪乃さん! ど真ん中だよ! どうする? どうするじゃないよ。どうにかするんだ俺。

 比嘉は前々から営業から企画に転属したいと思っていたが、雪乃の存在を知って益々その気になっていた矢先、この助っ人話が部長から舞い込み、内心思いっきり飛びついたのだった。

 比嘉はデスクに戻ると、雪乃の超穴だらけの企画書に目を通しながら、新たな「おばちょん」なる企画書の作成に取りかかった。が、企画書と言うよりは、おばちょんへの思いの丈を語る文章に笑みが零れてしまう。周りに気づかれないよう下を向いて笑いをこらえている。そんな比嘉を訝しげに見る隣の矢吹がPCを覗き込んできた。

「おい! 竜 何がそんなに面白いのさ」

「いやいや、途轍もなく可愛いんだよ。此がさ」

笑いながら雪乃の企画書を矢吹に読ませた。

矢吹は何回も吹き出し、仕舞いには腹を抱え笑い出す始末。

「なっ、斬新で可愛いだろ? この企画書」

「アハッハッまあな、それよりその子可愛い?」

何故か黙り込む比嘉を見て、

「お~お~好みなんだな?」

「煩い、仕事しろよ」 

企画書を引っ手繰る比嘉に、矢吹はにやりと笑う。

「まあでも、離婚秒読みとは言え、まだ既婚者なんだからな。それを忘れるなよ」

「判ってるよ。いちいち小姑か?お前は そんなこと俺が一番判ってるんだよ!」

苛立ちを押さえ込むと、企画書作成に没頭する比嘉だった。

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