第2話 言葉なんていらない。なにもいらない。

 瑠美はひとつの命を絶とうとしている自分がここにいて、今更さめざめと泣いている自分に腹が立ってしょうがないのだ。

結論は出したんだ。なのに止まらない堂々巡りの、オロオロしている心。後悔している! 許して! ごめんなさい! そんなこと口に出してなんになる? 判っている馬鹿な女だって事。そして薄情者だって事も。

 進は俺も辛いと何度言った事だろう。謝りもした。責任と言う言葉も無意味に放っていた。

そして瑠美は突きつけられる事になる。何一つ互いに心の中を知らないのだと言うことを。

もし、たら、れば、なんて言ってなんになる。後悔だらけだ。

 進とは早晩別れるのは目に見えている。話しをしながらビンビン伝わって来ていた。産まない選択肢が今の二人には最善だと言いたげな思いが。そりゃそうだ。こんな親の元に生まれてくる命は幸せなのか? ただ独りで闇に流されて行くその痛みの方が数段良いのか……。


判らない。判らない。判らない。


 本当は未来へ繋がっていく命なのに、それを潰す重さ、その責任は進! 私と君にあるんだ。

時は流れようとも消えはしない。


とうとう闇に踏み込み逃げ出す日が来てしまった。

結局そうなのだ。ざまあないよ。

 

 瑠美はその日、進と病院へ向かった。何かと気遣いを見せる姿が、かえって遠い存在に思えて為らなかった。

 一連の書類を出して、待合室にふたりでいても会話なんか無かった。

 暫くするとふたりで診察室に呼ばれ、医師から最後の確信をされた。

進も結構言われていた。

「行為をするには、自ずと責任が伴う。幾ら相手が大丈夫だと言っても、避妊するのは当たり前なんだよ! 男なら。今から行われる事をしっかり肝に銘ずること。

馬鹿は、何度でも過ちを繰り返すんだ。いずれこの重みに気付けるといいけどね。あなたたちが馬鹿げじゃないことを祈るよ」

進は何度も頷きながら頭を下げていた。

「頭を下げるのは、私にではないからね」

その言葉に瑠美は思わず立ちすくんでしまった。

看護師に腕を引かれ、瑠美は別室に連れていかれ処置の準備に入った。

「四カ月に入っているからいるから。軽いお産になるのよ。処置後、麻酔が切れたら相当痛むから覚悟し為さいよ」


 処置台に寝かせられ足を固定された。怖い! 怖くて歯が噛み合わないほど震える。ガシャガシャと器具が準備されていく。

「全身麻酔だから。 打ちますよ~はい 一緒に数数えるよ~

十 九 八 な……」


 次に記憶があるのは病室だった。天井が白い。

「目が覚めたね。大丈夫か?」

進がナースコールを押した。

少しして看護師が入って来た。

「これからが戦いよ。痛みが凄いから、彼氏さんはちゃんと腰と背中とか擦る事。おちついたら軽食出るから」

それから信じられない痛みが、お腹や腰を襲った。

痛くて痛くてただ泣きわめいていた。もう絶対厭だ! こんな苦しみを味わうのは。でもそれはそう自業自得だ! いい気味だ。

お腹は千切れる程痛い。いっそ千切れてしまえばいい。痛みは一時間ほどで薄れて行った。

 進はあたふた為ながら擦りまくっていた。お腹の痛みが突然、心の痛みに変わっていった。

ああ……涙が止まらない。

後悔なのか懺悔なのか。号泣している自分を抱きしめる進。

 廊下が騒がしくなった。

ドアが開きベッドが入ってくる。

「お隣に、あなたと同じ人が入ったから」

要は継続し無かった訳だ。

ああ駄目だ。猛烈に眠くなってきた……。しんどい。

「寝た方が良いってよ。体に物凄く負担がかかってるから」

進は、優しすぎるくらい優しく為てくれる。

 暫く眠り、目が覚めると進はいなかった。

ベッドから起き上がり辺りを見回していると、

「彼氏さん、受付に呼ばれていたよ」

声のする方を見ると、カーテンが開いていて、四十代の女性が横たわっていた。

「優しい彼ね! 羨ましわ~家なんか来やしない~初めでじゃないし……子供の面倒を見てるから 仕方ないんだけどね」

「はぁ~大変ですね」

大変ですねか……お前もだよ

 進が帰って来たので、トイレ行きたいと言うとベッドから起こしてくれたが、体中痛くて簡単には起きられない。

トイレまで連れて行ってくれる。

優しい彼か……優しいか。

看護師がすれ違い様に

「歩けるようになったね。じゃあ軽食出すから。四時位までには、ここ出られるからね」

今何時なんだ?

「進、今何時?」

「二時だね」

二時……もう四時間もここにいるんだ。怠さと痛みと罪悪感が瑠美を押し潰す。

 暫くして、軽食が運ばれて来たが食欲なんてあるわけない。

サンドイッチとプリン。進も要らないと言うので下げて貰った。

「先生が診察するので、彼氏さんは出てください」

カーテンを閉めて診察を受ける。

「出血量も大丈夫ね。痛みはっと、お腹押しても痛く無い?」

頷くと、

「じゃあ、いつでも帰宅していいよ。もう絶対駄目だからね。薬出してあるから受付で貰って。お大事に」

「あの……性別なんて……」

「はあ? 知ってどうするの? まだこの時期だから判別は無理」

と、ぴしゃりと言われた。

何を聞いているのだろうか。

頭ぐちゃぐちゃだ。

入れ替わりに進が入って来た。

「支払いは終わってるし、薬も貰ってあるよ」

「有難うね。何から何まで」

「辛かったのは瑠美なんだから

気にしなで」

結局病院を出たのは、四時過ぎになった。タクシーで家まで送って貰い、寄ると言う進には悪かったが断った。眠りたかった。

ただひたすらに眠ってしまいたかった。

夜中目を覚ましてお腹に手を当ててみる。もういないんだ。私が闇につき落としてきたんだ。

ごめんね……ごめんね……。

今はそれしか言えない。

 進からはあれから連絡は無い。こちらからする気もないし。

 それから……ひと月後だった。

 ああ、聞きたくない言葉が、次から次へと受話器からダラダラ流れ出してくる。

もう良いから……。やめて!


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