第6話 痛みが静かに消えていくよう……

 私は何も言えず乾燥してしまった生春巻を啄んでいる。

「喰うなら食えよう。ちびちび舐めてんな。飴じゃねぇんだから」

 何よ! 生意気な奴。私は顎が外れんばかりの大口を開けて、生春巻を突っ込み咽せた。

 秋也は笑いながら咽せる私の背中をを叩きながら耳元で囁く

「お前には、俺が付いてないと駄目だな」

「えっ! ゲホッゲホッ……もう一回言ってよゲホッ」

「うるせー馬鹿鈴」

秋也から水を受け取り、グラスに口を付けたタイミングでドアがノックされ、またしても咽せてしまい秋也に思いっきり背中を叩かれた。

「痛っ! 馬鹿本気で打つな! もう! なんなのよ」

「入りますよ~」 

二人の男性は返事を待たずに入って来た。

「如何したの? 何咽せてるの。 秋也が変なこと言ったのかな?

それに、全然食べてないじゃない」

ゆずが心配そうに私の顔を覗きこんできた。

「はぁ? 何に言ってるんだよ! な訳ないだろうな! 違うんだよ……こいつ失恋してさ、その話し聞いてたんだ」

「こいつって、先輩でしょう! もう~口悪くてごめんね」

ゆずは秋也をたしなめている夏弥を愛おしいそうに見ながら、

「失恋? こんな可愛い鈴世さんを振る馬鹿な男性もいるんだね」

なんと優しい言葉をくれる二人なのだろうか。

「まぁな、でもこいつも馬鹿なんだよ!」

夏弥は秋也の頭を軽く叩くいた。

「お前は黙りなさい。少し話しを聞いたぐらいで判った風な口を聞いては駄目だよ」

ゆずも頷きながら、

「夏の言う通りだよ。恋愛って簡単には割り切れないし、本人にしか判らない事も沢山あるんだから」

むくれる秋也の頭を今度は優しく撫でる夏弥の姿を見ていると、兄を慕い幼いながら兄を守りたいと思っていた秋也の存在を、頼もしく思っていた違いない。 

夏弥もゆずるも秋也が可愛くて仕方ないのだ。そんな三人を見ていると無性に羨ましくなる。私にも姉妹がいたら、お互いの恋愛話しも出来てただろう。

そしたら今回の事だって、深みにはまる前に何とか出来たかもしれない。

私は水の入ったグラスを持ったまま、ぼっとそんな事を考えていた。

 秋也はビールを飲み干すと、私の方に向き直り、

「然し、よく四カ月も付き合っていたな。やっぱり鈴は変だよ。

だって、休みに絶対会えないとかあり得ないでしょう? デートはいつも食事からのホテルに直行なんて信じられない。俺なら相手を喜ばせたいから、デートのプランを山ほど考えるよ。兄貴たちはどう思う?」

 夏弥はゆずるを見つめながら、

「秋也から聞いているかな? 僕たちの恋愛で親と関係が拗れてしまったこと……。だからって諦めるなんて絶対出来ない。だったら僕たちが真剣に人生かけて愛し合っている事を解って貰おうと考えたんだ。だからね、お互い出来るだけ親を刺激しないと決めたんだ。

逢いたい! 愛する人に逢いたい。けど、ちゃんと認めて貰うには、お互いに我慢と言う努力が必要だった。それでもさぁ、泣きたくなる程逢いたくなる時だってあるよね。そんの時は……秋也に手伝って貰いながら、逢える可能性があれば、ほんの少しの時間だっては惜しまなかった。例え、すれ違うだけでも良いって思ってたから。だから、その男性の気持ちは僕には判らないよ。ごめんね鈴」

秋也は私を見ながら、

「だろう? 俺だったら、俺だったら無理矢理休み合わせてでもデートする! 会社なんか休んだって逢いたいよ」

 ゆずるは私の肩に手を置くと、

「多分、鈴世さんには不安とか、疑問とかはあったはずだよね。

それは、相手を好きなら余計に感じてた筈だ。可哀想に……それは触れてはいけな事だって蓋をしてたんでしょ? 私たちはこれで良いんだって、ひとりで納得して色々言ったら駄目になるかもって。それがきっと怖かったんだね。嫌われたくない気持ちがそうさせたんだよ。

ただ……その人は最低な男性だよ。鈴世さんと真面目にお付き合いしているって思わせて、騙したんだから。別れる原因も鈴世さんに擦り付けるなんて本当に信じられない。だから、そんな勝手言い分に傷ついていたら駄目だよ。鈴世さんの大切な大切な人生が勿体ない事に為ってしまう」

頷きながら夏弥は、ゆずるの隣にそっと寄り添う。

ああ……良いなぁ……この感じ。

柔らかい陽射しを浴びているような感覚に似ている。

彼等に囲まれていると、不思議に心も体も楽になっていく。

今まで私を支配していた全ての痛みが遠のき、消えていくのを感じていた。




 

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