第2話 涙ってふざけてる。

 やっと乗り越えられたと思った。思い出すなんて事も無かったのに。

 二カ月を過ぎたある朝、突然自分の意思とは関係なく涙が溢れて来るのに愕然とした。

心が勝手に? それから毎朝涙で睫毛が……痛い! ふと、小学生の頃結膜炎だったか? トラホームにだったかに罹ったときのことを思い出した。そうだった、こうなると温タオルでゆっくりマッサージしなくてはならない。

朝から苛々し通しだ。 

けれど自然に溢れて来るものを止めることは出来ない。どうした? 私! 未練があるのか? そう毒づいては負の感情に絡め捕られる。

ああぁまただ! 止まれ! 涙! 泣きたくなんて無いのに。

 眼帯とマスクで顔の殆どを隠し出勤する毎日。

周りには花粉が酷くてと言い訳してやりすごす。

 信じられないが、

自分でも信じられないが、仕事中でも溢れ出してくる。だれが助けて! もう嫌だぁ。トイレに行くと同僚に告げ、急いで一階上の化粧室に駆け込んだ。

 マスクと眼帯を取り、鏡に映る泣き腫らした顔に流水をかける。

誰もいない休憩所に入りポーチから目薬を出していると、誰かが隣に座った。こんな顔見られるのは幾ら知らない人でも恥ずかしすぎる。私は俯くと軽く会釈をして立ち上がった。

「鈴世先輩どうしたんすか? その酷すぎる顔」

 そこには課が違うのにやたら絡んでくる後輩が座っていた。

ああ~嫌だ~面倒臭い奴。確か田向秋也だったかなぁ。

「はいはい、不細工です。花粉症なの! 君には関係ないでしょう」

 秋也は、プリプリ為ている私を面白そうに見ている。

全く馬鹿にされているとしか思えない。

「何怒ってるんですか? 俺何かしました? 八つ当たりは良くないですよぉ。あっ! そう言えば今夜暇ですか? 来月の二課合同飲み会、幹事になっているんですけど。確か……」

そう言えば今朝聞いたような気がした。

一課から私、二課から確か田向君だった。

「それなら聞いてるよ。今日? 別にいいけど」

「はい! 決まり。六時ロビー集合で良いね」

タメ口? いつもの事だから気にしなけどね。

「そうだ。先輩ライン交換してくださいよ。これから連絡すること多くなると思うんで」 

面倒だけど、文句いうはもっと面倒くさい。

さっさとラインを交換して仕事に戻った。

 六時になり一階ロビーに降りていくと、秋也が待っていた。

「お疲れさまッす。眼帯とマスク取れば?」

「何で? 醜いアヒルの子みたいなのに?」

「えっ? それは違うぞ。あれは最後美しい白鳥になるんす。アハハ 先輩がなれるのは鵞鳥かな?」

いちいち頭に来るね~こいつ。

「ぐちぐち言うなら帰る!」

「アハハ、ふくれ面してる~ブス顔だ~なんて冗談はさておき、

ちょうど良い時間だな。 

行きましょう。あそこです」

田向秋也は向かいのビルに出来たアジアン料理の店を指した。

信号が変わった瞬間、秋也は私の手を取ると思いっ切り走り出した。

その勢いのまま店に入いると、秋也は名前と予約為てあることを告げた。

おぉ個室に通されたではないか。

何となく安心したのを見透かすように、

「これで存分に泣けますからね。ククク」

ったくさっきから馬鹿にした笑いを為て先輩で遊ぶな! いや落ち着け! 兎に角下見をして少しでも早く帰ろう。

「有難うね。でも君相手に泣く理由は無いし。冗談はさて置き。ここは結構人気なお店でしょ? 当日なのに良く予約取れたね」

「まあね~捻じこんだ! 大学の

先輩がオーナーだからさ」

「嘘っ! 本当?」

「でた! 嘘、本当が。本当だよ!」

ノックのあと入ってきた男性に絶句。美し過ぎるのだ。世の中にはいるんだ……絵に描いたような美青年。

「いらっしゃいませ。オーナーの佐々木ゆずるです」

煩い心臓の音!

「はっ、初め……まして。田向君と同じ会社に勤めております、 沢 鈴世です。本日はご無理させてしまったようで申し訳ございません」

「いえいえ 秋也は弟みたいなものですから、気になさらないで下さいね」

「ゆず兄! もう良いから! 適当に下さい! 先輩ビールで良い?」

頷く私を見て秋也は、

「とりあえずビール二つお願い」

佐々木は笑顔で一礼すると部屋を出て行った。



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